その2 魔具を求めて
「この辺りのはずなんだけどな」
幽刻が美樹人から聞いた場所――旧新宿区の片隅を訪れたのは午後5時過ぎ。学校が終わってから目的の場所へ直行したが、それでも一時間以上かかっている。
肩から下げたバッグからペットボトルを取り出し一口含むと、もう一方の手でスマートフォンを操作し周辺の地図を呼び出した。
20年前には首都であった東京も、魔法や魔術の行使に必要なマナを生む『地脈』上にないという理由から次第に人が遠ざかり、現在では東京府という一自治区となっている。
周囲には古びたビルや民家が立ち並んでいるが、人影はまばらだ。昭和時代に立てられたそれらの建築物には大勢の人が集まり賑わっていたのだろうが、過疎化が進んだ今となってはその面影もない。
「やっぱガセ情報だったかなぁ。地脈もないこんな場所で魔具を作ってるなんて。考えられないよな、やっぱり」
一瞬帰ろうかという考えが幽刻の脳裏に浮かんだが、わざわざ足を運んだのに手ぶらで戻るのも勿体ない気もした。それに同じ東京府に住んでいるとはいえ、わざわざ地脈から離れたここまでくることも珍しい。
折角来たのだ。もう少しくらい探してもいいだろう。何なら戻るのは教えてもらった場所を確認してからでもいい。
幽刻は地図を表示させたまま歩き始める。ナビを信用するならこの先の曲がり角を曲がった先にある筈だ。
歩くこと五分。確かにナビに示された場所には確かに『何か』はあった。
壊れた机や薄汚れたソファ、何かのオブジェのような鉄筋、それらが積み重なって小さな山の様になっている。普通に言えば廃棄場、良く言って粗大ゴミの山。
その山の二合目辺りに薄汚れた看板が掛かっており、そこには『魔具工房ジュンジュジュン』という文字が辛うじて見て取れた。
「ここ……か?」
疑問はその少しふざけた店名に対してではなく、主に周囲を取り巻く状況に対して発したものだった。どうみても営業中の店であるとは到底思えない。
「さて誤情報を教えてくれた美樹人に何を奢らせてやるか」という考えを巡らせながら踵を返そうとした時だった。
幽刻の視界に何かが映った。
美しく滑らかな黒髪。濃い灰色のワンピースからすらりと伸びた手足は驚くほど白い。小顔にすらっとした鼻筋、それに大きく特徴的な瞳。
だがその左の瞳は青い眼帯で隠されている。少女には似つかわしくないアイテムだが、それでも十人中九人は振り向くだろう美少女であることは疑いようがない。
そんな不思議な雰囲気を纏った少女が、ふと幽刻に顔を向けた。
隠されていない方の目がじっと彼を見つめていたが、それも僅かの間の事で、少女は粗大ゴミの山に体を向けると、『魔具工房ジュンジュジュン』と書かれた看板の僅かに開いていた隙間に体を滑り込ませていった。
突然の事に少々驚きつつ、幽刻は少女が消えた場所まで小走りに近寄った。ガラクタに紛れていて一見では分からないが、良く見るとちゃんとしたドアが備え付けられている。
どうやらこれが『魔具工房ジュンジュジュン』入り口なのだろう。どうやら廃業寸前にもみえるこの店は、一応営業をしているらしい。
「それにしても今の女の子は」
遠目でも分かる特徴的な黒髪と眼帯は、少年の記憶のデータベースにある少女と一致していた。
彼女は同じクラスの佐々木紗々奈に間違いない。あの特徴的な姿はそうそう見間違えないだろう。
知っているとはいえ、クラスで浮いている彼女と話す機会は滅多にない。親しいとは程遠い彼女が何故こんな所にいるのかという理由は、想像するしかなかった。
ドアノブに手をかけゆっくりと回すと、蝶番が小さく錆びた音を立てる。
開いたドアの先にあったのは、地下へと続く階段だ。小さな電球が足元を照らしている。
ともすれば不気味にも思える雰囲気の中、幽刻はゆっくりと階段を下りて行った。