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君が十三人目の魔法使いになるまでに  作者: 十津川
一章 落ちこぼれの少年と、落ちこぼれの少女
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その1 二人の同級生

「あ~わっかんないよぉ! 何で魔術ってこんなに複雑なのかしら」

「何言ってるんだ。そこのマナ吸収理論はかなり単純だぞ。地脈までの距離をXとして、自分のマナ動脈を係数にかけて連立方程式にするだけだ」


 机に突っ伏した涙声の女の子に、幽刻ゆうこくはヒントを教える。


「……分かんないし? ゆーこくは優等生だからそんな簡単に言えるんだよぅ」


 真城莉子(ましろりこ)は入学時からのクラスメイトで、幽刻と同じ1-Zクラスである。

 小顔に大きな瞳。茶色の髪をツインテールにまとめており、幼顔であることも相まって小学生アイドルにも見える。美人というより可愛い系統に属するだろう。


 普段は昼休みに教科書を広げるほど勤勉ではない彼女だが、期末試験が二週間後に迫ってきていれば、ある程度の焦りもあるようであった。


 真城莉子が苦手な分野を教えて欲しいと言ってきたので、同じグループの幽刻が付き合っているのである。


「ゆーこくはイイナー。頭良くって」

「そんなことないっての。本当に優秀ならクラス分けでAクラスにいるさ」

「でも中間間試験で殆どトップじゃなかった?」

「あれはペーパーだけだし、少しヤマが当たったってのもある。運が良かった。期末試験は魔術実技の試験も加わるからそうはいかないって」


 幽刻は5月に行われた中間試験で、学年総合3位という歴代のZクラスで最も優秀な成績を残していたが、期末試験は実技が加わるため、上位を狙うには中間試験よりも遥かに難易度が高い。


「運ねぇ……。あ、で、で。ここはどういうことなの? 魔法と魔術の違いとは」

「ん、第一項。魔法とはマナを利用して『超常現象』を起こす行為。それに対して魔術は人為的に『科学現象』を発生させる行為」

「もうちょっと分かり易く? お願いシマス」

「そうだな。例えば燃焼という現象は酸素との結合現象だけど、魔法による燃焼は結果自体が『燃える』という現象になるだけでそこに科学的要因はない。それに対して魔術は『化学現象として魔法を再現』する行為。魔法の燃焼が未知なる結果なのに対して、魔術の燃焼は単なる化学現象ってこと」

 

 炎色反応があればどんな化学現象が起きているか推測もできるが、魔法による燃焼はどれにも当てはまらない完全な白と言われている。

 推測はおろか、そもそも何故魔法によって燃えるのかすら、現代科学では解明されていないのである。


「つまり魔法とは、自然現象に似た『超常現象』を起こし、また自然現象をコントローすることができる行為を指すわけで……ってかお前よくこの高校に受かったな」


 説明しながら幽刻ゆうこくは少々呆れる。

 今話した内容は中学校で習う初歩の知識だからだ。


「だってそんな知識使えれば必要ないじゃない? あたしたちは魔術を使う魔術師を目指してるんだし。あ、ねね、ここは?」


 莉子りこは開いていた教科書の一文を指さすと、くいっと顔をあげて顔を近づけた。


「真城、顔近い」

「あ、ごめん! つ、ついっ」

「目悪いのか?」

「え? えっと両目とも2.0だけど……なんで?」

「そっか。よく人の顔を見て話せって言うけど、もし近視の人だったらよく見れないんだろうなって思って」

「……いやーある意味ゆーこくが近視だよ。こんな可愛い子が隣にいるってのにさぁ……」

「ん? 何か言ったか?」

「なーにーも。それでここは……」


 少し不満げな莉子が、改めて教科書に書かれていた問いについて聞こうとした時だった。


「やーやー、二人してデートの相談会? あーちも混ぜておくれよ。邪魔にならないのだったらだけどさ」


 一人の生徒が、片手を上げながら二人の席に近づいて来た。


美樹人みきひと。日直の雑用はもう終わったのか?」

「はははー終わる訳ないじゃん。Dクラスの連中に任せてきた」


 その『女生徒』は、隣の席に座って足を組むと口の端を上げてニヤリと笑った。

 八神美樹人(やがみみきひと)という男っぽい名前だが、れっきとした女の子である。

 女子にしては長身で、やや短めに纏められたショートボブは少し天然のウェーブが緩くかかっている。目は細く、良く寝ていると間違われる程だ。

 遠くから見れば少しカッコいい男の子に見えなくもないが、近くで見ればワガママボディが間違いなく女子であることを認識させてくれるだろう。


「Dクラスに任せてきたって……俺がクラス委員会で話し合った時は、今日の日直全員でやるって話だったはずだけど」

「ん、ああ。だってしょうがないよ。Dクラスの男子がどうしてもやりたいって言って来たしサー」


 細い目を更に細めてクスクスと笑う。こういう笑い方をする時の彼女は、大体よからぬことをした時である。


「あーちの手帳にたまたまその男子の好きな女子の名前が書いてあってサ。たまたまそのページが開いて、その男子の目にたまたま入っただけー」

「……それはつまり脅した、と」

「そんな脅すだなんて。随分とイリーガルな言葉ですわ。そうこれは偶然、偶然ですわ!」

「突然お嬢様言葉になって誤魔化すな。あと似合わないからやめろ」

「酷いですわぁ!」

「誰の真似だ、誰の」


 幽刻は肩肘を付いて小さく溜息をついた。

 魔術理論・技術共に優秀な彼女であるが、正確に少々難があるのが玉に傷である。


 しかしこれまでも何度も彼女に迷惑を掛けられているが、さっぱりとした性格も相まって不思議と憎めない。

 彼女もそれを察しているのか、たまにワザと問題を起こしてくる節があるのだ。


 ともあれ後々揉め事が起きても面倒だし、後でDクラスの担当に謝っておく必要がありそうだった。


「それで? 二人は何処でデートする相談をしてたのサ?」

「教科書を開いて向かい合ってるのに、何でデートの話になるのか逆に聞きたいくらいだぞ。俺と真城は普通に勉強してただけだよ」

「そ、そうだしミッキ! あたしとゆーこくがデ、デ、デートの相談だなんて! まだ勉強の話をしてただけだし!」


 莉子が少し慌てた様に手を振る。

 美樹人は差し指を口に付けると、悪戯っぽい表情になる。


「へぇ~。ねぇねぇ佐摩くん。ろりこは「まだ」らしいよ?」

「そ……! そ、それは言葉のあや? だし? っていうかろりこって呼び方止めてよー!」

「何でさ。可愛いじゃんろりこ」

「子供っぽいからぁ!」


 むすっとして、莉子は隣に座っていた美樹人の胸をぽかっと殴る。

 外見もそうだが、そういう無自覚な行動も彼女を子供っぽく見せている原因の一つでもある。まるで小動物の様な愛らしさ。

 美樹人もそれが分かっているから毎日からかうのである。

 彼女は莉子の反応に満足したのか「ろりこ可愛い……嫁にしたい」と満足気に頷いて幽刻の方を向く。


「でも期末試験の対策なら、佐摩くんに必要なのは実技の方なんじゃないの?」

「そうなんだよな。ペーパーはやった分だけ点数に直結するけど、実技はそうもいかないんだよな。俺に合った魔具を調整したいところだけど……」


 幽刻がほんの少し不幸だったとすれば、ちょうど天井を見上げていて美樹人がクスリと笑った所を見ていなかった事だろう。


「そこでぇー。佐摩くんにぃー有用な情報がぁーありまぁすー」

「何だよ、突然」

「魔法使いにさせてくれる魔技師の噂、知ってる?」

「何だそれ? 聞いた事はないけど」

「じゃあ隻眼の魔技師は?」

「それなら聞いた事があるな。確かトップクラスのA級魔技師だっけ」

「そうそう。彼の造った魔具が最近また市場に出回り始めてるんだ。そこでちょっと聞いた情報なんだけどね」


 魔具とは魔術の行使に必要な三要素、『マナ蓄積』『マナ分解』『マナ配分』のサポートを行う器具である。

 その製作と調整を行うのが魔技師であり、魔術が広まった世界においては一般的な職業の一つとして認知されている。


「で、その隻眼の魔技師って、今この区に店を構えてるらしいんだよね」

「ふうん」

「興味なさげだねぇ」

「そりゃ眉唾すぎるからな」

「有名な魔技師がここいらにいるって事が?」

「魔法使いにさせてくれるって辺りもな。第一そんな簡単に魔法使いになれるんだったら、世界にはもっと魔法使いがいてもおかしくないだろう」

「あはは、そりゃそうだ」


 美樹人は楽しげに笑った後、


「でも有能な魔技師ってのは周知の事実だよ。期末試験の実技対策にはうってつけだと思うけど?」


 顎に指をつけて流し目を送る。


 魔術は魔具のサポートに大きな影響を受ける。現代において魔具とは、魔術師にとって必須のガジェットなのだ。

 もし高名な魔技師の調整を受けることができたなら、実技試験で高得点を取れる可能性が出てくる。

 魔術の行使自体が『苦手』な幽刻にとって、それは聞き逃せない情報だった。


「もし本当にこの近くにいるなら、そりゃ調整を頼みたい所だけどさ」

「具体的な場所は……そうだね。明日から一ヶ月、佐摩くんがあーちの下僕になるって契約を結ぶなら教えてあげてもヨイカナーとか思ったり?」

「何だよ、下僕って」

「主に学校にいる時の身の回りのお世話、的な? 感じ? あ、そんな部屋に来てえっちなお世話まではしなくてもいいよぉ? してもいいケド」

「誰がするか、誰が!」

「ま、性的なお世話はご冗談だけど。……どうする? それなりに魅力的な情報だと思うけど」


 ニヤニヤと笑いながら美樹人が身を乗り出す。

 からかうターゲットが、莉子からいつの間にか自分へと変わっている。彼女の悪い癖だ。

 とはいえ今の話は幽刻にとって、期末試験に向けての有益な情報である。


 悩んだのは数秒だった。幽刻は小さく息を吐いて決意の表情を浮かべる。

 それを見て美樹人は満足そうに一つ頷く。


「ま、代わりにあーちの昼ご飯をオゴッてくれるってのでもいいけ……」


 からかうのに満足した彼女が代替案を口を開いた時だった。


「ゆーこくは試験でも上位を狙える安心感系? そういう系のはある系だとは思う系だけど。あたしはほんとダメ系だし。狙えるなら教えてあげてっていうかイジワルしないで教えてあげてっあひゃ!」


 隣で聞いていた莉子が美樹人に抗議し――そして突然抱き付いた。

 いや正確には意思を持って抱き付いた訳ではなく、単に椅子から立ち上がった時に足を躓かせて美樹人に倒れ込んだだけであったのだが……美樹人にはそれで十分であった。


「んふぉお!? ろりこぉ!? あーち教えちゃう。あーち全然教えちゃううぅ!」

「ちょま、ミッキちょっと!」

「美樹人、いいから鼻血拭け。制服が汚れるぞ」


 幽刻は美樹人が莉子に抱き付き返そうとするのを止めつつ、ポケットティッシュを差し出した。


 結局美樹人から場所を聞けたのは、保健室に連れて行って寝かせて、鼻血が収まるのを待ってからであった。




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