その7 ご飯
「いやー。満足。幽刻くん、君料理上手いにゃあ!」
幽刻の作った卵焼きを頬張りながら、エミルは満足気に頷いた。炒飯と他には卵を溶いた中華スープも口に合ったようで、幽刻はホッとする。
「ふふふ……どうだい」
「お前がドヤ顔してどうする。何もしてないだろーが」
「あいたっ」
ドヤ顔で胸を張った隣の紗々奈を軽く小突く。
「な、何するんだい! ボクが材料を買ってきてあげたんだぞ!」
「ああ。米10キロと、卵10パックな。他にもっと何かあっただろ! こうオカズ的な何かが!」
「ふふん。自慢じゃないがボクは出来合いなモノしか買ったことはないからね! 買い物に行かせた方が悪い」
何とか台所の掃除を終わらせたところへ紗々奈が戻ってきたのだが、その両手いっぱいに抱えた米と卵を抱えていたのを見て、流石に口をぽかんとさせたものだ。
仕方なくフライパンで米を炊き、奥で眠っていた塩と粉末調味料、それに干からびたベーコンを水で戻して炒飯と、それにそれっぽいスープに仕上げたのであった。有りモノで賄ったにしてはまずまずの味だ。
店の方の掃除も時間が掛かったが終わらせることができた。扉の破片を片付けながら「どうやって扉を破ったんだろう」と思ったりもしたが。
結局、全てが終わってカウンターで食事を始めたのは9時であった。
「さて、改めて自己紹介しよう。あたしは凍瑞エミル。この店のオーナーであり、紗々奈の師匠であり保護者でもあるわ」
「保護者……」
「あどけない少女らしさは残しているけど、これでもね」
「それを自分で言うか、このバカ師匠は」
肘をついてそっぽを向いた紗々奈。それをチラリと見て一瞬苦笑するエミル。
「元々趣味でやってた店で、殆ど営業なんてしてなかったんだけど。ちょっとした切っ掛けで彼女を引き取ることになってさ。それでカジッてた魔具製作の知識を教えてあげたってわけ」
「なるほど。それで魔具製作ができるように」
「才能があったんだろうね。ちゃんとできるようになったからここを任せるようになったのよ」
「ハッ! ボクに魔具製作の才能があったのは『アイツ』にとって誤算だったようで嬉しいけどね」
紗々奈は才能という言葉に少し苛ついたように返答した。
「だからこうしてチャンスがきている」
「紗々奈。まだ、魔法使いを創るのを諦めていないの」
「ボクがまだ生きている理由はそれだけだから」
「……そう」
「とにかく! 師匠を呼んだ理由はメールに書いたとおりだよ。やってくれるよね?」
彼女を見てエミルは真顔になる。
傍から見れば幼い姉妹にしか見えない二人であるが、双方とも他人からは見えない闇を抱えているようであった。
「適応配分を埋め込んだ魔具を、体内に融合させ魔法使いに必要な才能を疑似的に植え付ける、か……。良くもやろうと思ったものね。普通なら魔具の製作段階で机上の空論として片づけられる案件だもの」
「だけど実際に、三軸の才能を一つに集めた『前例』が既にある。やろうとしているのは似たようなものよ」
「……まぁそうだね。で、そこの彼は貴女の実験に『納得』してるの?」
エミルが幽刻に視線を投げると、紗々奈も同様に向ける。確認の意思を秘めた視線と、微かな不安が混じった視線。それらを受けて幽刻は口を開いた。
「魔法使いになるための覚悟ならあります。でもマナ動脈と結合させて、魔具を融合させるなんて事は本当にできるんですか?」
「可能よ。でも普通の医療魔術師には無理ね。あたしにとってそれは難しい事じゃない。むしろその先が問題なの」
「その先?」
「融合させた魔具は才能に見せかけた疑似的な能力。魔法使いが魔法使いたり得る所以である、三軸の能力の調和は本来得られない。だから体内を巡るマナと同期させる必要があるの。そしてそれには地脈のマナが大量に必要となるわ」
紗々奈は地脈から無尽蔵のマナを吸い出す限界無制限を持っている。
彼女がマナを調達すればその問題はクリアできるのではないかと幽刻は言ったのだが、
「ううん。紗々奈ちゃんの能力は確かにすごいけど、今回はマナを集める能力だけではダメ。地脈の流れと一致――正確には誤認させるんだけど――には、ある場所で大量のマナを使うのが重要なのよ」
魔法使いでもないはずなのに、エミルはやたら魔法使いの能力に詳しいようだった。紗々奈が詳しいのはエミルの知識が教え込まれているからだろうが、ではその師匠たるエミルは一体何処でその知識を得たのだろうか。
「地脈の交差点と呼ばれる一点がある。複雑に絡み合う地脈が複数交わっている稀有な場所。そこに流れるマナを体内に流し、掃き出し、循環させ続ける。そうすることでマナの同期が得られるはずよ」
「マナの同期……ですか」
「そ。でもやるのは明日よ。あたしも準備しなきゃならないし……何よりあなた達汚いし!」
エミルはびっと二人を指さす。流石にあれだけの掃除をした後なので、体は埃まみれであった。食事の前に手を洗ったくらいだ。
「取りあえず二人ともお風呂に入ってきなさい。それと貴女たち明日休みでしょ? 幽刻くん今日はここに泊まっていきなさい」
「は!?」
「聞こえなかったのかしら。お風呂よ、お・ふ・ろ。あたしは汚いのはぜーったい許さないし」
「い、いやそこじゃなくて泊まっていけってどういうことですか!?」
「だって明日また来るの待つの面倒じゃん。ほらもう食べ終わってるんだから紗々奈はさっさと片付ける! ちゃんと洗うのよ! 幽刻くんは風呂を沸かす! 台所の奥の階段上がって二階、向かって右側が湯船だからお湯張ってきて! ああ、その前に多分汚いだろうから掃除ね!」
有無を言わせぬ迫力でテキパキ指示を出すエミル。
泊まっていくという事は、当然紗々奈と一緒になるという事であるが……良いのだろうか。
「別に一緒に寝る訳でもないし良いでしょ。あ、もしかして一緒のベッドで寝るとか考えちゃってた?」
「……してません!」
エミルの茶化しに頬が熱くなったのを誤魔化すように、幽刻は奥の階段へ小走りに向かった。




