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君が十三人目の魔法使いになるまでに  作者: 十津川
二章 二人の交差路
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その6 師匠

「既に魔具自体の製作は、ほぼ終了している。完成度は99%」

「もう殆ど終わってるんだな。しかし早い。まだ一週間も経っていないってのに」

「元々別件で着手はしていたからね。全体設計は終わらせていた。コアとなる宝石が手に入った時点で作業は8割方終わったようなものだよ」


 紗々奈はカウンターの引き出しに掛けてあった魔術施錠を外すと、中から小さな器具を取り出した。

 白く塗装されているそれはマッチ箱よりも少し小さいくらいだろうか。中央に鈍く黒い光を宿した宝石がはめ込まれている。


「これが……そうなのか」

「そうだ。世界で唯一、魔法使いの才能の一つ、適応配分(ラギルオン)を得ることができる魔具。ボクでも同じものはもう作れないだろうな。それ程の傑作だよ」


 自信家な彼女であるが、それでもここまで自負するのは初めな気がする。それ程の力作なのだろう。

 驚くべきはそのサイズである。魔具の小型化は近年急速に進んではいるが、それでも拳大程の大きさなのが一般的だ。こんなに小さいのは見たことがない。


「しかし借りてきた宝石の大きさはもっとあった気がするが、よくこんなに小さく収められたな。流石は一流魔技師といった所か」

「うん、半分に割ったから」

「……えええ」


 道理で小さいはずである。成程、元々の半分の大きさなら納得も行く。……ついでに穏便に返すことも出来なさそうなことにも。


「安心したまえ。例え宝石が小さくなっても性能に変わりはない。必要だったのは宝石の中の更にコアな一部分だったから」


 確かに本人が言うように性能は折り紙付きの様だ。触れるだけでも分かる。

 指から漏れる僅かなマナがこの魔具に流れるだけで、数倍に膨れ上がり白光していく。配分に特化した市販の魔具と比較しても明らかに次元が違っている。

 指で触れただけでこうなのだ。限界無制限(アペシオン)超高速分解(マナリオン)という才能と併用した場合、一体どうなるのか。想像もつかない。


「驚いてもらって大変恐縮だけど、これはこのまま使用することはできない」

「え、どういうことだ?」

「何故ならこれは。君の体内にあって初めて動作するように設計してあるからだ」

「……は?」

「こいつを君の体内に埋める。君が持ちえないマナ動脈と直結させ魔具を才能の一部として融合させることだ」


 本気か、と言おうとして幽刻は気が付いた。

 これは魔術関連の話をする時の、本気の紗々奈だ。

 いつの間にか先程とは打って変わって温かみを感じない声になっている。眼帯で隠されていない方の目は、凍てつくような冷たい瞳になり、幽刻を見据えていた。


 そんな視線を向けられながらも、幽刻の脳裏には一つの疑問が湧き上がっていた。

 何故魔術を生業としているくせに、まるで魔術を恨んでいるかのような態度を取るのだろうか。

 魔術の事になると彼女はこんなに冷めた少女になってしまう。普段はあんなにも温かみのある――それこそ年相応の女の子なのに。


「99%完成しているといったが、作業工程が全て終わった訳ではない。残り1%の最終調整を行うために今日君に来てもらった」

「待て」

「待たないけど聞くだけ聞こう」

「待たないのかよ……。いや百歩譲ってその魔具を体内に入れるとしてだ。一体どうやるんだ?」

「ボクの知り合いの魔術医術師にやってもらう。安心しろ、魔術医療界でも屈指の腕だ。間違って死ぬとしても安らかに逝けるだろう」

「いやいやいや。明らかに聞き流せないレベルのNGだろそれ」

「ま、腕は確かだから安心したまえ。そもそもボクも君に死んでもらっては困るしね」


 紗々奈は小さく笑った。先ほどまでの凍てつく瞳が、ほんの少しだけ溶けた気がした。


「まあもし、仮にだ。万が一、億が一失敗があるとしたら魔具の方だが、それもありえないだろう。つまり成功率100%と言っても過言ではない」

「凄い自信ってのは分かった。それと机上の空論ってのもな!」

「安心してもらったようで何よりだ」

「今の会話でいつ俺が安心したという結論になるのか聞きたい所なのだが?」

「さて、そろそろ戻ってくる時間のはずだけど……」


 紗々奈は掛け時計を見た。何だかんだでもう7時近くになっていた。

 地下にある店であるため外の様子は見えないが、外は徐々に暗くなりつつある頃で、更に付け加えるならそろそろ夕飯時である。そろそろ腹の虫がなっても不思議ではない。


「お腹減ったあああああああよぉぉ!」


 だからこんな声が、入り口の扉を突き破って聞こえてきても別におかしいとは思わない。おかしいとしたら扉が「開いた」のではなく「物理的に突き破った」方だろう。

 爆音とともに扉が砕け散り、まるで散弾銃にでも撃たれたかのように部屋に散乱する。

 同時にあまり掃除されていない部屋の埃が大量に舞い上がった。


「ちょ、ちょっと! 掃除! 掃除はちゃんとしなさいって言ったでしょお! コホコホ」


 咳き込みながら侵入者が非難の声をあげた。次第に収まってきた埃を払いながら出てきたのは、意外にも小柄な少女だった。

 白を基調としたゴスロリの服装。白く細い腕で裾を払うと、銀髪のツインテールがふわりと揺れる。


「お腹減った」


 何事もなかったかのように、少女は一言呟いた。


「それは扉をわざわざ破壊して言うべきことではないとボクは思うのだがね」

「にゃはは。半年ぶりに帰ってきたんだからちょっとのアピールはいいでしょー!」

「そのちょっとのアピールとやらで扉を治すのは想像以上に大変なのだけどね。……主にそこの彼が」

「直すの俺かよ!」

「ん? よく見ると紗々奈以外の存在がいるね。しかも男、若い男だっ」


 幼い声や服装から察するに小学生くらいだろうか。その割に口調はやけに大人びているのがアンバランスである。改めて見ると天使が造形したのかと思うほど整った容姿だ。


「こんばんは。えっと……」

「あたしは凍水(しみず)エミル。あんたは?」

「佐摩幽谷。高校一年生で紗々奈のクラスメイトだよ」

「へぇ~クラスメイト。紗々奈が友人を連れてくるなんて珍しい事もあるもんね。あ、もしかして彼氏?」

「違う」「違うね。どれくらい違うかというともし転生があるとしてボクが三回転生してチートハーレム異世界に生まれ変わってそこで9人の夫を持ちなさいと言われたとして仮に悲惨な容姿な男や触れるのもおぞましいカエル男の様な異世界人しかいないとしてもその中かから彼を選ばないほどには違うね」

「無酸素呼吸で否定しなくてもいいだろうに。そこまで否定されると逆に彼が可哀想だけど。ま、いいか」


 口の悪さはどことなく紗々奈に似ている。紗々奈の家族……にしては余り容姿が似ていない。一致しているとすれば二人とも(方向性は違うが)美少女である、という点くらいである。


「紗々奈、この子は?」

「……ん、彼女がさっき話した医療魔術師だ」

「えっ!? こんな小さい子が?!?」


 どうみても小学生にしか見えない、年齢もせいぜい10歳前後。彼女が高度な医療魔術を駆使する魔術師だと言われても直ぐに信じる者はいないだろう。


「見かけだけだ。実年齢はボクが知る限り、ご」

「にゃはは。紗々奈ちゃん? それ以上は口にしない方がいいにゃ? それとも彼に紗々奈ちゃんの8歳の写真を見せてもいいのかなァ?」

「……それは止めて」

「はい、じゃあごめんなさいは?」

「……ん……さい」

「聞こえなーい。幽刻くんだっけ? 部屋の奥にプライベートな……」

「うううう! ごめんなさいってば!」


 そんなやり取りを見て、幽刻は少々驚いていた。珍しく、というより初めて紗々奈が押されているのを見た気がするからだ。


「ま、よろしい。じゃあちゃんと彼に紹介してあげて」

「くっ……」


 紗々奈は不服そうな表情を隠さないまま、女の子に手を向けた。


「彼女は凍瑞(しみず)エミル。医療魔術師であり、この店のオーナーであり、ボクの魔技師としての師匠だよ」

「へぇー師匠……師匠!?」

「そうだ。彼女にマナ動脈と直結させる最終調整をやってもらう」


 信どうみても子供にしか見えない彼女だが、しかし二人のやり取りを見る限り幼い少女の方が立場が上なのは確かなようであった。


「しっかし! 紗々奈ちゃんから依頼があったから半年ぶりに戻って見れば……店はこのありさまだよ!」

「いやこのありさまにしたのは師匠……」

「とりあえず掃除! それとご飯! 話はそれからだー!」


 原因が声高に宣言した。渋面の紗々奈であったが、それでも渋々従う所を見るとどうやらエミルには頭が上がらないようである。


「大変遺憾だが、まずはこの砕け散った扉を片付けて埃まみれの部屋を掃除する。君も手伝いたまえ」

「分ったよ。えーっと掃除道具は……」

幽刻ゆうこく。こっちだ」

「ああ」


 数歩歩いてからふと気が付いた。彼女が自分の名前を呼んだのは初めてではないだろうか、と。

 だが紗々奈は特に気にした様子もなく、扉の残骸を踏み越え奥の部屋へ進んでいった。

 小部屋に入るとさらに埃っぽさが増す。半分物置になっているようで、最後に掃除をしたのは恐らく半年以上前だろう。

 汚部屋へ恐る恐る足を踏み入れた紗々奈は、辺りを探っている。


「ええっと、確かこの辺に……あった」

「うお、今どき魔具掃除機ですらないホウキが現存するとは……」

「骨董品といってもいい。師匠の趣味」

「ま、取りあえずデカいのは俺が片づけて掃いておくから、紗々奈は散らかった魔具の処理を頼むよ。後はオーダーされたのは晩ご飯か……作れる場所ってこの店にあるのか?」

「ふむ。台所があるかという質問であれば、あると答えるよ」

「どこ?」

「ここ」


 紗々奈指さしたのは自分たちが立っている場所。つまり物置だと思っていたここが――あまり考えたくはないが――かつて台所だったようだ。


「……オーケーだ。ここも俺が掃除する」

「何のためにだ? 食事なら近くに不味い中華料理屋があるから、そこで出前を頼むつもりだが」

「何故分かっているのにわざわざ不味いのを頼もうとする!? いいから。俺がここで作るから」

「な、何! ま、まさか幽刻は食事を創造する魔術を使えるというのか!?」

「そんなんある訳ないだろ。いいから魔具を横にどけたら近くで適当に食材を買ってこい」


 紗々奈をただの物置でしかない台所から追い出すと、明らかに水を出したら何かが起こりそうなシンクから片付ける事に決めたのであった。




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