最後の一歩を、進める前に
「君が魔法使いになるためには、いくつか方法があり、そのどれもが困難を乗り越える必要がある」
隣を歩く佐々木紗々奈が言った。
特徴的な長く艶やかな黒髪。灰色のワンピースからは伸びた手足はすらりと長く、陶磁器のような白い肌が鮮やかなコントラストを描いている。何より特徴的なのは左目にした青い眼帯だろう。
佐摩幽刻が彼女と行動を共にするようになってから、一週間が経っている。
同じクラスであってもこれまで話す機会は殆どなく、親しいとは程遠い彼女と一緒に何故こんなことになっているのか。考えれば不思議だ。
「『マナ蓄積』『マナ分解』『マナ配分』。魔術三大要素の内の二つの才能を、君は取り戻した。魔術師を相手にするなら既に敵なしだろう」
紗々奈は白く細い指を、幽刻の鼻先に突き付ける。
「しかし残る『マナ放出』だけは魔具での代替は効かない。実際にその能力の元となる器官が身体に無くては、流石のボクでもどうしようもない」
「……ああ」
「つまり何故ここへ来たのか、分かってるだろうね」
「……勿論だ」
二人が歩いているのは旧東京都の一角。人口密度が大きく下がった旧新宿区の片隅だ。
30年ほど前は首都であった東京も、地理的に魔術経済に適していなかったために衰退し、今では東京府という自治区の一角に過ぎない。
紗々奈は小さく頷き、正面に視線を向けた。
「君はあそこにいる天津豊久を殺して、奪われた最後の才能を取り返す。そして13人目の魔法使いになって願いを叶えるんだ」
殺すという非日常の言葉が、幽刻の耳にこびりついた。無論これまでに人を殺めたことなどない。
だが、そうせざるを得ない理由が彼には――そして彼女にはあった。
「準備はいいかい?」
「ああ、もう覚悟は決めた」
古びたビルが立ち並ぶ中、正面に少し風変わりな和風の屋敷が建っている。その正門へ紗々奈は迷うことなく歩き始めた。
「さて……魔法使いになるための最後の仕上げに行こうじゃないか」
これまで殆ど接点がなかった二人が何故こうなったのか。彼らを良く知る友人達であってもその経緯を詳しく知る者は殆どいない。
発端は一ヶ月前の放課後まで遡ることになる。