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君が十三人目の魔法使いになるまでに  作者: 十津川
二章 二人の交差路
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その4 もう一人の来訪者

「さて、ボクは先に戻るとするよ。あまり遅れると給料泥棒が見せしめに説教するだろうしね。下らない授業だが下らない理由で時間を取られるのもまた下らない」


 一つ背伸びをした紗々奈が面倒くさげに言った。

 今日初めて会った講師を給料泥棒扱いするのはどうかと思うが、時間がもったいないという意見には同感であったため、幽刻も顔を洗って準備をする。


「ああ、そうそう。例の魔具がほぼ完成した。学校が終わったらボクの店に来るように」


 「例の魔具」とは、魔法使いに必要な才能の一つを補うために紗々奈が作成に取り掛かっていたモノの事だろう。


「もう出来るのか?」

「夜の学校に忍び込んでまで得た貴重な宝石のお蔭で、これまで進めていた行程が4段階くらいジャンプアップしたからね。君は近いうちに適応配分(ラギルオン)を得られるだろう」


 紗々奈は自信ありげに胸を張ったが、幽刻の方はと言えば、本当に魔法使いになれるのか未だ半信半疑である。ともあれ妹を助けると言う願いを叶えるためには藁にもすがるしかないのであるが。

 それに、楽しそうな紗々奈を見ているのは何だか楽しい。


「流石は隻眼の魔技師だな」

「褒めても何もないよ。まあ楽しみにしている事だ」


 紗々奈はてくてくと体育館へ戻っていったが、その足取りが心なしか軽いように見えたのは気のせいだろうか。


 その背中が建物の陰に隠れるまで見ていた幽刻は、大きく背伸びをする。

 魔法使いになれるかはともかく、とりあえず授業を受けて基礎的な魔術の力を向上させておくのに損はない。努力で何とかなる物は、努力で何とかするというのが彼のポリシーなのである。


 ところが戻ろうとした時、全身の毛が身も立つような感覚に襲われた。背後から膨大なマナの気配を感じたからだ。

 それは人を殺すに、いや跡形もなく消し去るに十分な殺意の量。心臓が止まるほどの緊迫感が幽刻を覆った。

 もし幽刻が並の高校生であればあと10秒は動くことができなかったであろう。振り向くことができたのは、幽刻が「膨大なマナ」に対してある程度の耐性ができていたからであった。


 背後に男が立っていた。

 年齢は30代後半くらいか。精悍な顔つきにざっくばらんに切られた髪。その前髪から覗く眼光は極めて鋭い。全身を包む黒衣は裾が長く、ともすればローブのようにも見える。

 しかし最も特徴的なのはその圧倒的な威圧感だ。恐らく普通の人間――魔術を嗜んでいない人間――であればその正体は分からないであろうが、そうでない人間であれば極めて高濃度のマナに覆われているのが原因だと分かるだろう。

 辛うじて振り返ることができた幽刻であったが、それ以上のアクションはしないで――いやすることができないでいた。


「ちょっと気になる人物を見に来たのだが」


 低い声を男が発した。それと同時に威圧感が薄れる。黒衣の男を覆うマナが散ったためだ。


「……天津豊久なら、今は体育館だけど」


 何とか声を絞り出してから、幽刻は可能性の高い生徒の名前を挙げた。名門校であるため将来有望な魔術師は多数いるが、わざわざ見に来るといえば彼をおいて他にいないだろうという推測だ。

 そもそも当たってようがいまいが、間違いなく部外者であるこの男にわざわざ教える必要ない。だが微かに残る威圧感が、幽刻にそう言わせてしまったのだった。


「でも部外者の方が入っていっても止められると思いますよ」

「いいや、見に来たのは彼ではなく君だ。佐摩幽谷君」

「俺……?」

「そうだ。君は魔法使いを目指し、願いを求め、叡智の王冠を巡る争いへ参加する気なのだろう」


 予想外の発言に、幽刻は驚きを顔に出さないようにするのに必死であった。

 驚いたのは「魔法使いを目指す」という部分ではない。世界中の何処かで誰かが言っているような陳腐な言葉だ。

 しかし「叡智の王冠」という言葉は違う。幽刻も紗々奈から聞くまで、その存在すら知らなかったし、そもそも本当にあるのかすら疑っていた。魔法使いを巡るキーワード。

 しかし今、目の前の黒衣の男はその言葉を、確かに口にした。


「世界中に数多人が生まれようと、才能を持って生まれる者は数えるほどだ。その気になれば知ることなど造作もない。だから君が超高速分解(マナリオン)を持っている事も、当然把握している」

「…………」

「そこで一つ相談なのだが。その残された最後の才能を、天津豊久に譲る気はないか?」

「才能を譲る? はは、何言ってんだよ、オッサン。才能何てモノじゃあるまいし、渡す渡さないなんて簡単に出来る訳ないだろ。もう出てったら? 部外者は先生にトっ捕まるよ?」


 幽刻は軽く笑って返したが、直感では別の判断を下していた。

 危険だ。

 コイツは間違いなく「魔法使い」を知っている。そして紗々奈と同じく魔法使いに必要な才能は「何らかの手段で移す事が可能」であることを知っている。


「才能はより適した人間が扱うべきだ」

「はっ! 余計なお世話だ。第一俺が魔法使いになれるかどうかなんて、そんなのやって見なきゃわからないし、そもそもアンタには関係ない」


 こんな訳の分からない奴の戯言は適当に聞き流せばいい。理性ではそう分っていたのにムキになって反論してしまった。何故だか分からないが、紗々奈が侮辱されたような気がしたのだ。


「あながち無関係という訳でもないのだがな。……まあいい。いずれにせよ次の魔法使い候補は一人でいい」

「アンタ一体何……」


 問い返そうとした時、突然男の身体が揺らめいた。それは輪郭を失い、陽炎が消えるが如く立ち消えた。目の前にいたのは、幻影の魔術で生み出された投影だったのだ。

 同じような魔術を従兄のA級魔術師に見せてもらった事があるが、目を凝らせばでも僅かな違和感は分かるし、そもそも音声を出すことはできないと言っていた。

 だが今見ていた魔術は、実際に消えるまで実体にしか見えなかった。従兄でもああも上手く創りだすことはできないだろう。


 魔法使い、才能、そして叡智の王冠。

 先日まで全く無関係であった自分が、何か大きな渦に巻き込まれているのではないか。そんな気がしてならなかった。

 幽刻は暫くの間、男が消えた場所をじっと見つめていた。




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