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君が十三人目の魔法使いになるまでに  作者: 十津川
二章 魔法使いへの一歩目
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その7 原初の力

「さてどうするか」

「仕方ない。盗ってきたばかりで早速だが、コイツを使おう」


 幽刻の背中越しに紗々奈が見せたのは、先ほど校長室で拝借して来たが取り出した宝石であった。


「多少実験してからにしようと思っていたが、この際そうも言ってられない」

「どうするんだ?」

「コイツはボクの無限蓄積(アペシオン)を受け入れられる貴重な器だ。そしてコイツを君の体内に埋めこむ」

「よし分っ……って何だと!?」


 驚いた幽刻は背負った紗々奈に振り向こうとしたが、ゴーレムの片足を避けるのに精一杯で行動に移すことはできなかった。


「これが体内にあれば、とりあえず君はマナ蓄積の能力を得ることができる。そしてボクがありったけのマナを注ぎ込む。魔具がないから術式のサポートはできないが、マナそのものを飛ばす原初的な魔術なら使えるはずだ」

「そん……なっ! っと! 無茶な!」


 ゴーレムから繰り出される物理的な攻撃を避けながら非難する。


「多少の無茶は受け入れてもらう」

「だけどそんな方法聞いた事ないぞ! 安全性とかは!?」

「実験が成功すれば安全だよ」

「成功前提かよ!」

「これは魔法使いになるために必要な事だ。だけどボクも鬼じゃない。もし君が嫌ならこのままここで大人しくお縄になってもいい。ボクの魔法使いを創る道も閉ざされる。但し、魔法使いにはなれないという事は、君の願いも叶わないと言う事だがね」


 耳元で紗々奈が囁いた。


「……あーくそっ! 好きにしろ!」

「決断が早くて助かる。取りあえず仮縫いで君の腕に括り付けるだけにしよう。戻ってから本格的に魔具として埋め込むから」


 そういって紗々奈は鞄から小さな針と糸を取り出しマナを通す。


「魔術医療に使う特殊な針と糸だ。部分的にこの宝石とマナ動脈を繋げる」

「痛いのは勘弁してくれよ」

「注射をする程度の痛さだ。我慢してくれ給え」


 紗々奈が腕を動かしたと思った瞬間、チクリと右腕上腕に痛みが走った。更に痛みが来るのかと警戒して体を強張らせたが、その痛みも直ぐに治まった。


「終わったよ」

「随分と一瞬なんだな……。痛みは殆ど無かったし」

「ああ。痛みが来るのは今からだよ」

「なっ」

「今から無限蓄積(アペシオン)を使ってマナを送り込む。本来ならマナ動脈を通して宝石へ蓄積させるが、今回は直接宝石へ送る。通るべきない場所へマナが通るから激痛が来るはずだ。我慢してくれ」


 紗々奈が説明している間も、ゴーレムの双腕が二人を押し潰そうと攻撃してくる。このまま背負ったまま避け続けるのは、幽刻の運動神経をもってしても限界だ。


「時間がない! 早いとこやってくれ!」

「もし死んだら謝るよ。君の死体にね」

「……鬼じゃないって自分で言ったな。あれ前言撤回してほしい」

「生きてたらね。じゃ、行くよ」


 直後。地面から無数の蒼白い光の糸が湧き上がった。紗々奈が地脈から直接マナを呼び起こしたのだ。それは宙に舞い、一瞬停滞した後、全てが幽刻に向かう。

 触れると当時に、激痛が体内を駆け巡っていく。それは棘のある小さな枝が渦巻きながら動脈を通っていく感覚に似ている。


「ふっ……ぐ……ああああああああああ!」


 糸が幽刻に触れるたび、その痛みが倍増されていく。一本ですら耐え難いそれが、無数に飛び込んでくる。常人であれば狂死するに違いなかった。

 実際、無意識に超高速分解(マナリオン)を使わなければそうなっていただろう。

 マナを飛ばすという『魔術ではない原初的な攻撃方法』を行うには、マナは分解せずそのまま宝石へ流れるままにしなければいけないが、死なない程度に分解して無害にできたのは、幽刻の生まれ持ったバランス感覚の賜物であった。


 全てのマナが体内を通して右腕に縫われた宝石に集まるまで、時間にして一秒にも満たなかったはずだが、幽刻にとっては無限にも近い時間であった。額には大粒の汗がいくつも浮いている。


「ハッ……ハァ……おわっ……た!」

「よく耐えた。流石はボクが縫い付けただけはある」

「……な……んでお前なんだ……っての……ハァハァ」

「文句はいいから、その右腕に集められた原初のマナを握りたまえ」


 右上腕に付けられた宝石の中央が光を帯びている。それは宝石から出られないマナが反射しているためであるが、それが分かるのは紗々奈だけであった。

 痛みの中、幽刻は言われたままに左手で宝石を握ると白い光がその拳に絡みつく。体を巡る痛みは治まり、手のひらに心地よい熱さが伝わってくる。

 あとは何をすればいいか、本能的に分かっていた。


「グオオオォ!」

「うおおおおォォォ!」


 ゴーレムの咆哮と幽刻の咆哮。音量や質は全く似ていなかったが、相手を倒す意思があるという点だけは共通していた。

 土人形は振りかぶった右腕を人影に向かって叩きつけ、幽刻は左手の熱い塊をソレに向かって『投げつけた』。


 放たれた光の塊はゴーレムの右腕を粉砕し、威力衰えぬまま突き進み頭部を砕くと、夜空を煌めく一閃となった。


「……は、はは。やったぞ」

「ご苦労だよ、ボクの下僕としては当然の働きだがね」


 残った土の身体は崩れ去り小さな土砂の山となっていた。幽刻はそれを見つめながら笑い混じりの小さく溜息をつく。


「下僕としては大分やれることの限界を超えたつもりだ。もう少し労いの言葉を欲しいところだけどな、佐々木」

「……ふん。だったらその佐々木という呼び方はやめることだ。嫌いなんだよ」

「じゃあ何て」

「紗々奈でいい」


 響くような凛とした紗々奈の声が、幽刻の耳を打った。それは不思議と心地よく暫く頭に残りそうな程だった。

 と、校舎の方から複数のライトの明りが蠢いているのが見えた。恐らく騒ぎを聞きつけた警備員たちだろう。


 紗々奈はぎゅっと幽刻の肩を握るとフェンスを指さした。


「さて。さっさと脱出するとしようか」


 どうやら自分の足で歩く気はないようだ。幽刻としてもそっちの方が手っ取り早いのは確かだが、紗々奈の当然の様な行動には苦笑せざるを得ない。


「了解だ。……よっと」

「きゃっ」


 背負い直すために体勢を立て直すと、背中から小さな声。

 普段からは想像もできないようなその可愛い声にクスリと笑うと、背中から聞こえてくる警備員の声を遠ざけるように走り出した。

 夜の学校に忍び込み校長室の隠し部屋に侵入、お宝の拝借にゴーレムとの戦闘。彼女と関わった僅か二日間だけで、真面目な幽刻のアイデンティティは崩壊しそうである。



 でも今までの人生に無い小さな冒険に『こんなのもたまにはアリかな』とも思ったのだった。




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