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君が十三人目の魔法使いになるまでに  作者: 十津川
二章 魔法使いへの一歩目
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その5 一つの宝石

「単純だ。つまりボクが集めた大量のマナを、君がマナ分解するだけ。後は魔具が術式を発動してくれる」


 紗々奈が説明する。

 例えAライセンス魔術師が霧散霧消(ディサペイツ)行使したとしても、機能の一部しか止められないだろう。必ずどこかでマナの流れを検知するのが霧散霧消の術効果である。

 だが自然現象そのもの――マナの流れも自然現象の一つ――に干渉可能レベルまで引き上げれば、マナの流れを全て止めることも可能である。


「……と、ボクは踏んでいる。計算上だけど」

「って確実じゃないのかよ!」

「当たり前だ。まだ検証段階だもの」


 綿密に計算しているように見えて、割と行き当たりばったりなのはクリエーター気質のためだろうか。

 幽刻が内心で小さくため息をついたその時、背中に何か温かい感触が触れた。

 何事かと思って振り向いた幽刻は思わず声をあげそうになる。紗々奈が背後から立ったまま抱き付いていたからだ。


「ちょ、なにす……」

「じっとしてて。まだ限界無制限(アペシオン)で吸い出したマナを君に送る手段がないから、こうやって直接触れてやるしか方法がない。は、肌を合わせるなんて、ボ、ボクとしてもはなはだ不服なのだからねっ……」


 彼女何か言っていたが、幽刻の鼻孔に女の子特有の甘い香りが入ってきたため、焦った彼は半分くらいしか聞き取ることはできなかった。


「と、とにかくマナ分解だけすればいいんだな?」

「うん。術式は魔具がサポートするから。それとも止める? 止めるなんて言わせないけど」

「どっちだよ。ここまで来たらなるようになれだ」

「そうじゃなきゃ。じゃ、行くよ」


 言い終えた瞬間、奇妙な感覚が背中を通して幽刻の体内へ流れ始めた。それは熱いマグマのような激流であり、それでいて氷柱のように刺々しく冷たい。

 純粋なマナが体内へと流れ込み始めたのだ。それは濁流のように勢いを増し、幽刻の体内を冒していく。


 この量のマナを分解しきれるのはAライセンスの魔術師でも困難であり、できなければそれは体内で破裂し術者に死をもたらす。

 だが幽刻の持っている唯一の才能――超高速分解(マナリオン)の才能は――その全てを瞬時に分解した。

 二人を覆う膨大な白光が増えていくのを見ながら、少女は微かに笑った。


「もしこの現場を見ることができた幸運な学者がいれば、喜びのあまり卒倒してしまうかもしれないね」


 なおも流れ込み続ける膨大なマナを処理し続けながら――幽刻は懐かしい感覚に囚われていた。

 それは彼自身覚えていない事であったが、幼少時、まだ彼が『完全な才能の塊』であった頃の記憶であった。

 そして全てのマナの分解が終わると、白光が眩いばかりに二人を覆っていた。


「さあマナは満ちた。魔具に注ぎ込み、そして唱えなさい」


 背中越しに聞こえる凛とした声に幽刻は意識を戻される。

 懐かしい感覚を感じながら、彼は意識を集中させた。


霧散霧消(ディサペイツ)


 その言葉に反応し、全ての白光がこぶし大ほどの魔具に吸い込まれ、仕込まれた術式に行き渡ると魔術が発動する。

 まるで触手の様な青い光の筋が、まるで触手のように対象の箱に伸びていく。

 あやとりのように絡み合ったA級魔術プロテクトに絡みつくと微かに振動し、自身もまた音もなく散り去った。


「やった……のか?」

「成功よ。プロテクトのマナの流れを全て断ち切ってる」


 背中から離れた佐々木は、躊躇うことなく箱に手を掛ける。

 幽刻は一瞬ドキリとしたが周囲に変わった様子はなく、改めて高難易度の魔術が成功したことを知った。


「やった……」

「その台詞は大体やっていない時に使われるものだから、無暗に口にするのは止めた方がいいね」


 ちょっとした嫌味なのだろうが、紗々奈の白い肌は僅かに紅潮していた。


「……大体負けることしかないからな。一度言ってみたかったんだよ」

「天才魔技師であるボクと組んだんだから、今日から負けはない。これからは常に常勝」

「常に常勝って日本語がおかしい。意味が被ってる」

「ふふ、優等生は細かいね」


 霧散霧消(ディサペイツ)が成功したのは、膨大なマナを一瞬で分解させた幽刻の力が大きい。だがその膨大なマナを余すことなく使い切れたのは、魔具に仕込まれた術式が優れているからであった。

 並の魔具ならばマナを使い切るどころか暴走して破損していただろう。

 隻眼の魔技師の技術の高さの一端を見た気がした。

 

「さて成果は、と」


 紗々奈が箱を開けたので幽刻も近くに寄る。

 肩越しに覗き込むような形になり、佐々木が僅かに眉を動かしたが特に何も言う事はしなかった。


「間違いないね。これが世界で最初に創られた魔具『ファースト』だ」

「これが……って、でか!」


 箱に入っていたランドセルほどの大きさの魔具を見て驚く。魔具と言えば小型で主に腕に装着するタイプしか見たことのない幽刻からしてみれば、そのサイズは規格外であった。


「最初に創られた魔具は背負って使っていたからこんなビッグサイズになっているけど、実際のコアは……」


 彼女は魔具の背面に触れて何かを操作すると、人差し指程の宝石を取り出した。


「これだ。当時、最もマナの保存に適していたのは宝石で、最初に創られた魔具はその中でも最上級の宝石が選ばれた。世界に一つの指(ワンハンドスピア)と呼ばれたブラックダイヤ」


 指二本分ほどの宝石を手のひらに乗せ、幽刻に見せる。


「水晶じゃないのか」

「今のように安価なマナ水晶が使われるのはこれが創られてから10年ほど経過してからだね。今じゃこんな高級なコアが使われるのは最前線で戦うAライセンス魔術師くらいだろう」

「軍事レベル……ってことか」

「魔法使いに軍事も日常も関係ないさ」


 紗々奈は形の良い薄いピンクの唇をあげて笑い、宝石を二人の顔と顔の間に掲げる。


「さてこれで魔法使いに更に一歩近づけたわけだが。どう? ワクワクしてきただろう」


 宝石越しに佐々木の眼帯を付けていない瞳が見える。黒い宝石を通しているせいか、その目は何処か暗く感じる。


「……そりゃ、まあ少しは」

「ふむ。君はもっと感情を前面に押し出して喜んでボクへの感謝の気持ちを表すべきだな」

「もの凄く上から目線だな」

「それはボクが君を魔法使いにしてやれる唯一の存在であり、更にご主人様であるからだよ」

「調子に乗るな」

「あいたっ」


 幽刻は軽く小突くと立ち上がる。


「目的のモノは『借りられた』んだからさっさと出よう。万が一誰かに見られでもしたら言い訳が大変だ」

「ふむ。まあ確かに盗れたからここに用は無いしね」


 微妙な言葉の違いが気になったが今は気にしている場合ではない。彼女の手を取って、隠し扉へ進もうとした瞬間だった。


「あっ」


 急に触れられた佐々木が、ビクッとして一歩退く形になる。

 そしてその形の良いお尻が、展示されてあった別の魔具――運悪く別のプロテクトが掛けてあった――に触れたのだった。

 一瞬ドキッとした幽刻だが、警報が鳴ったり突然照明が点いたりするようなことはなく、周囲に異常は見られなかった。


「……大丈夫、ぽいな」

「バカ!プロテクトは作動してる! 君がボクに突然触れるなどというバカな事をしたせいで!」


 佐々木がやや慌てた口調で背後を指さす。見ると隠し扉が丁度閉じられたところだった。


「す、すまん。てっきり妹と間違えてうっかり手を取っちまった」

「何でボクと妹と間違えるんだ!」

「いや確かに全く似ていないんだけど……。妹はもっとおしとやかで礼儀正しいし」

「謝りつつさり気なくボクをディスるとはいい度胸だよ……。お仕置きと言いたいところだが、まずはここを出ないと。ほらどきたまえ!」


 彼女は急いで鞄から何かを取り出すと扉に取り付ける。


「何か会場の魔術を仕込んだ魔具を持ってきてるんだな。さすがA級魔技師」

「はい、下がって」


 直後、小さな爆発音と共に扉が崩れ去った。


「魔具じゃなくて単なるC4」

「爆薬かよ! 魔技師が何でそんなもの持ってるんだ! 爆弾魔か!」

「趣味。だけど今重要なのはボクの趣味ではなく、学校からさっさと撤退すること。ほら行くよ」


 言うがいなや、紗々奈は壊れた扉を器用に滑り抜けていった。




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