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呼べるものなら

作者: 当 佩十

※「呼んでくれたら」の勇者パート。先にあちらをお読み頂いた方がよいかと思います。

 ――俺を護ってくれる者。せめて守ると決めた者。

 ――万民のために生まれ、ただ一人のために命をかける。

 ――俺はそういう奴だから。




 精霊に霊力があるように、魔族に魔力があるように、人には魂力というものがありまして。

 たとえば普段はビクともしない家財道具を火事場で軽々担ぎ出すような、あるいは伸るか反るかの大博打で想像を絶する結果を掴みとるような。要不要に関わらず引き出し方もよく分からない力。

 俺に言わせりゃ根性のコン力。それが生まれつきべら棒に、どうやら俺にはあるらしい。


 予言通りその日その時その場所で生まれてすぐ両親から引き離され、王宮の奥深くに隔離される。

 理由――魔族どもの手から運命の子の命を守るため

 なんじゃそら。運命の子だの、神託の子だの言って国を挙げて囲いこんだら余計、目ぇつけられるだろうが。

 両親は「息子を誇りに思います」と言ったらしいが、そらそうだわな。「なんでウチの子が」状態だったとしてもこんな重い鎖、何の力もない夫婦二人で断ち切れるわけがない。俺が親でも間違いなくそう言うな。


 とは言うものの俺、渦中の真っただ中にいるわりに、魔族について曖昧すぎる気がするんですけど。

 隔離されてるからとかじゃなく、各国から集められたという戦術・武術指南の先生方も、人間の叡智とやらで開発された対魔族用武器の研究者たちも、実は何度も王宮から抜け出したとき会った傭兵たちもみんな仮想宿敵みたいな扱いで、絶対悪であるとの一点張り。益々不信感つのってる今日この頃。

 ホントにそんな悪い奴らばっかなの魔族って?  この世から消し去ってしまわなけりゃならんほどに?

 確かめようがないけども、行くっきゃないならしょうがない。魔族だって悪い奴らばかりじゃないかも、なんて議論する段階はもうとっくの昔に通り過ぎている。神託が下り俺が生まれたその瞬間に。


 各国選りすぐりの討伐メンバーとの合同訓練も仕上げを迎えた頃、人間の一大事をこっちに丸投げしている王が、おもむろにこう言った。


「討伐隊最後の一人を迎えに、精霊山へ行け」と。


 なんすかそれ。もう訓練終わっちゃってますけど。今更もう一人追加入りまーすとか、ふざけんなって話。

 どんな野郎かと、よくよく話を聞いてみりゃ、まだ卵から孵ってすらない精霊だという。

 ついでに言えば野郎ですらない。精霊の中には性別のない者もいて、どうやらその子も無性種族らしいとのこと。


「この日のためだけに生まれた」だとか、

「魔族を葬り去る力を持っているから役に立つ」だとか、

「今こそ魂力と霊力を合わせ、魔力を消し去る時」だとか、

 耳にタコができるくらい聞きあきたお題目。

 今さら自分の、いや討伐隊の存在価値を念押しされるような言葉など、ヘとも思わない。

 だが、とどめに告げられた王の言葉に俺は正直、打ちのめされた。


「運命の子よ、名を呼ぶがいい。その精霊は与えられた名と引き換えに、其の方に命を捧げるため存在するのだからな」


 俺のために生まれ、俺のために死ぬ。


 雁字搦めの俺自身が、その子にとって非情な鎖そのものであると思うと、会ったこともない精霊が、ひどく哀れに思えてならなかった。



 会うものか、絶対行かない、名前は呼ばない。

 俺は自分の鎖を断ち切れなかったが、お前の鎖は俺になら切れる。




 戦いは熾烈を極めた。

 当然ちゃ当然だ。もともと伸るか反るかの大勝負であったのに、俺の一存で手札を捨てて挑んだのだから。

 そのせいで討伐メンバー内の契約精霊たちまでもが、力を出し渋っているなどと言いだすやつもいて、隊の統制にも影が差す。踏んだり蹴ったりだ。いや、俺が言っていい言葉じゃないが。


 魔族と人間の間には確かに大きな隔たりはあった。

 姿形も違えば、食する物も違う。残酷に弱者を淘汰し、同族ですらむさぼるその姿。

 だが、何が違う? 神託だか何だか知らないが俺の人生をむさぼり、残酷に権力で死地へと押し出し、人々はそれが当然のように激励の声を上げる。あの顔の下にこそ醜悪な姿が隠されているのじゃないのか。


 精神は疲弊していた。だが体は条件反射のように魔族を仕留めていく。人間と同じように上がる血しぶき、人間と変わらないうめき声、苦悶の表情。

 同じだ。魔族の中にだって大事な者をかばって死ぬ奴がいる。仲間が殺されるのを見て、絶望と悲しみと怒りに満ちた目で、俺を殺そうとするやつがいる。

 同じだ、同じだ、同じじゃないか。何でこうなった。全部、全部、本当に殺さなきゃ終わらないのか?


 俺さえ生まれなけりゃ、こうはならなかったんじゃないのか。


 疲れ切った心が悲鳴を上げたそのとき、淡い光が俺を包み込んだ。

 戦いのさなかに行使される霊力は、最早身近なものになっていたが、誰の契約精霊の力か分からない。

 そう思った瞬間、脳裏に水辺に浮かぶ何かがよぎった。


「……たまご?」


 無意識だった。言葉にしたとたん、その力を拒絶していた。

 だめだ、何してんだ! こんなことに関わんな。お前はこんなことのために生まれてきたんじゃない。

 俺に縛られるな。何にも縛られず、むさぼられず、殺し合うこともなく生きろ、お前の命を。

 利己的と言われようが、せめてお前の命がこの先続いて行くことに、俺の戦う意義が見出せるように。



 それから幾度となく、かの精霊からの力を感じた。俺を必死に守ろうとする、優しい力。まるで俺の姿が見えているかのように。

 繰り返し繰り返し拒絶する。

 来てんじゃねぇよ戦場なんかに。お前の力は俺じゃなくお前のために使え。

 何度突き放しても、寄り添おうとしてくれる心。

 それを拒絶する痛みと、それを上回って余りある喜びと感謝。


 戦場でいつしか、俺の心は驚くほど穏やかに凪いでいた。




 魔王城の外ではまだ激しい攻防が続いている。

 俺は城内でただ一人、強大な魔力の塊と対峙していた。

 俺の最優先すべき使命。俺の生まれた意味。俺の存在理由。――魔王の撃滅。

 正直、いまだに魂力ってのがよく分からない。けどただの人間で、霊力の助けも拒み、それでも俺は今ここに立っている。


「あぁ、今にも吹っ飛びそう。魔王ハンパねぇ。けど……」

 これで終わんだなぁ。そう思うと笑みがこぼれた。


 魔を打ち払うという聖水が刀身から滴り始める。落ちた雫が、ジュッと床を焼いた。





 サラマルティナ・ファトルシア・オンディアナ・シルファリス・ノーマナリス・シェイディス・エレメントラ・……

 旅の途中に思い浮かんだ名前の数々。もしも付けるなら人間じゃないし、精霊っぽくと思いつつ、っぽいってどんなだと思案し、隊員が呼ぶ契約精霊の名を耳にしては、あれもいいこれもいいと考える。

 そのひとときが一番満ち足りていた。


 それにしても呪文のようだなこりゃ。俺どころか、名付けられた本人も忘れちまいそうだ。

 頭文字だけ繋げてみるとか。サ、ファ、オ、シ…………なんじゃそら。

 くっそ絞れねぇ。

 頭を掻きつつ笑みがこぼれる。


「あー、まぁ」

 いいか。


 もしも生きて帰れたら、会ってギューッと抱きしめて、まずは自己紹介。

「傷つけてごめんな」って許してもらえるまで謝って、「護ってくれてありがとう」って気のすむまで感謝して、日が暮れても夜が明けてもたくさん名前を呼んであげて。それから「家族になってよ」ってお願いして、そんで


 そんでずっと、大事に大事にするんだ。




 後に訪れる魔軍割拠の時代。

 魔王の一人「黒き両翼の王」は魔力と魂力を併せ持ち、戦場から戻った彼の傍らには常に、一人の精霊が寄り添っていたという。

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