甘い夢はかくも儚く
――――――憎い。憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。
殺してやる。絶対、ここを逃げ出して殺してやる。何処までも追いかけて、存在が消え去るまで抹消してやる。一人残らず殺してやる。
あぁ、憎い。疎ましい。苛立つ。
何故私が。どうして私達がこんな目に遭わなくてはいけないのだ、何も知らず、何もしていない私達がどうして苦しまねばならない。
私達だけが苦しむなんて、そんなの認めない。私は全てを否定してやる。
……そうだ、どうして私達だけが苦しむのだ。どうせ苦しみを身に受けるのであれば、全ての人が苦しめばいい。
死んでしまえばいいのだ。
この世界が滅びようと、私が知るものか。あの子が、妹が生きて行けるのであれば、全てが壊れてしまえばいい。あの子だけは、私が死のうとも救ってみせる。
『お姉ちゃん。大丈夫、わたしは大丈夫だから』
最後の、あの子の声だけが耳にこだます。悲しくて今にも泣いてしまいそうなのに、必死で堪えて飲み込んで、それでもあの子は笑っていた。
これから受ける苦しみを悟っていながら、何でもないように私の身を案じた。
あの子は優しい子なのだ。
痛みとか、そういうものを感覚で理解している。人のことを自分のことのように悲しんで、悩むことが出来るのだ。
自分が居なくなることで、どれだけ人が傷つくか。それも分かっていて、それでも他人を優先するおひとよしとしか言えない、私とは全然違う人種。
私は妹が大好きで、この世の何よりも大切だった。
それなのに。
『世界の柱として、太陽の姫君と月の姫君の身柄を拘束させて頂きます』
それなのに、奴らは私達を引き離した。
遠く、遠く、あの子を感じ取れないほど何処か遠くへあの子を連れて行った。
私は、手足を鎖で拘束され、窓も無い壁の中に閉じ込められた。
……きっとあの子も私と同じ。否、もっと酷い目に遭っているかもしれない。そう思うと、身が引き裂かれそうな気がして、どうしようもなくて、私は手足を傷めるのも厭わずに鎖を引きちぎって逃げ出した。
“魔術”というものがあるらしい。それは此処へつれてこられる前に聞いたこと。
“魔力”というものがあるらしい。それは此処へつれてこられる前に見たこと。
なんとなく思い出しながら、乱暴で粗忽ではあるけれど無理矢理それっぽい物を押し込んで、流し込んで、腐食させて引き千切った。
時の流れなんて感じることは無かったけれど、その時には私の身体は使い物にならなくて、引きずるように歩くのが限界だった。
転倒して、擦って。日本の巫女装束もどきな服もボロボロになったけれど、私は外へは行けなかった。出る前にいとも容易く捕まって、戻された。
けれど、拘束の仕方まで戻った訳ではない。
魔力を使ったのだと判ると、奴らは更に厳重に私を捉えた。
手足の鎖は、ひと目で見てゴツイと思う程増やされた。その上から魔力封じの呪語が書かれた布を巻かれ、視界も塞がれて、辛うじて息が出来るような状態になる。その上から更に鎖を全身に巻き、身動き一つすることが出来ない。
これを植物状態というのだろうか、と他人事にそう思った。
ふと気が付けば、甲斐甲斐しく世話をしてきていた人間達の気配を感じなくなっていた。知らないうちに年月が経ったのだろうか、腐敗した肉の匂いが鼻を付いて不快で、それもそのうち無くなった。
もしかしたら白骨化したのかもしれない。
そんな事実にも自分が驚くほど、何時しか私は感情がなくなったように、幽鬼と化していた。
何も口に入れず、それでも私は死ぬことも無い。いっそ死ぬことが出来たのならば、どれだけ救われた気持ちになることだろう。年月を積み重ねるたびに、徐々に非情と成っていく自分が恐ろしくも思えた。
そんな折であろうか。
誰も居なくなったがらんどうな塔らしき建物に、珍しく人が訪れた。
聞いた声に似た男は、かつて私達を召喚した奴らの子孫だと、そう言った。祖父だか曽祖父だか、言っていた気がする。
奴らの血筋は言う。
「姫様方を世界の滅亡を救うため、神の御許へお送りします」
「それはつまり、私達に生贄になれと言っているのか」
どうやら年月を追うごとに、愚かな人間は狂ったらしい。そう考えて、笑いが奥底からこみ上げてくる。私もどうやら、おかしくなってしまったらしい。
笑う。
微かに持っていた希望も、今まで感じた絶望も、痛みも苦しみも幸福でさえ、全てがこのとき壊れて麻痺した。
死の時間まで後七日。
夜明けと共にどこぞの穴に突き落とされるらしい。
……狂った世界の為に死ぬなどごめんだが、私はあえてそれに身を任せよう。死など怖くない。むしろさっさと死に、開放してほしい。
けれど。
それだけでは終わらせてやらない。憎い憎いこの世界の為ではなく、たった一人の愛しい妹のために。
――――――――私は世界を滅ぼすための、悪魔に魂を売った生贄となろう。
短編のシリーズ物を書いてみたいなぁ~、とかいう思いつきで産まれた物語です。
なかなか暗い…かも?
続きっていうか、別視点で書く予定です!