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リズは我に返ってロムを見た。彼は相変わらずの表情で空を眺めている。
「――そうだな。だから分からないか?そんなものあてにならないと。」
もしそんなものをあの当時知っていたのであれば……。探したくないのはただ悔しいのだ。きっと。目の前の命は助かるだろう。だが母は帰ってこない。リズは自嘲気味に笑みを浮かべた。
あの人は知っていたのだろう。あれが『毒』で盗んで来たのだと。浅はかな子供だ。すぐにばれるのに――それも分かっていたのかもしれない。死んだあとは王都に行けとすすめたのは娘が捕まるのを恐れたためだろう。
「――って何をしているんだ?ロム。」
何故ここで服を脱いでいるのだろうか?ぱちぱちと手際よく外していく装飾。上着を脱いで――。『はい』と渡された上着を素直に持つ。ではなくて。
「お前っ。風邪ひくぞ?露出狂なのか?」
精一杯言うリズに彼は苦笑した。
「そこなんだ?最初からそう言う事は頭にないのはなんかそれはそれで悲しいけど。――まぁ違うから。いいか。」
ばさりと下着をリズに渡す――もちろん上半身しか脱いでいない――。リズはそれを抱えながら首を傾げた。
滑らかな白い肌。薄い筋肉。どう見ても成長途中の少年の姿態だったが一つ違う事にリズはゴクリと唾を飲み込んだ。その心臓のあたりには通常ありえない……そう、こぶしぐらい程の大きな赤い宝石が埋め込まれていたのだ。深く美しい深紅はその双眸と同じ色だ。どこか微かに脈打っている気がするのは気のせいだろうか?
「な?」
「国宝『カオス』だよ。代々これは僕らの中に組み込まれる。王が護るんだよ。」
彼は相変わらずにこにこ言うと上着を手に取り羽織った。
「――これは解き放たれればそのまま世界を混沌へと返す。代々神との盟約により王がそれを封印してるってわけ。」
何を言っているのか。混乱の極みで理解できない。彼女の視線の先にはなおも見え隠れしている宝石だ。
「その対価に僕らは若いままでおまけにすべての力が引上げられる。生命力から何から。でないとこれに耐えられないし。だから若いままだ。ただし――。」
「二十年で死ぬ?」
『うん』と素直に肩を竦めて苦笑を漏らした。
「でもこれがあれば助かるんではないの?そう言ってたじゃん。ていうか、すでに持っているし。」
リズは眉を八の字に曲げた。持っているのに『盗んで欲しい』は無いだろう。と言うか身体と一体化しているそれを盗めば即――死が訪れる予感しかしないのだが。考えれば考えるほど分からない。元々考えるのは苦手だ。
ロムは肩を竦めた。
「そう。実は僕以外の手で――生きているうちにこれに触れれば……僕は助かる。と言う意味だよ。」
『僕は?』言葉が引っかかった。見つめられる深紅の双眸に何とも言えない嫌な予感がする。その視線は凍るように冷たかったかからかもしれない。先ほどまでとは別人の表情を浮かべている彼は無表情だ。リズはゴクリと唾を飲み込んで微かに後退する。無意識に彼から遠ざかろうとしているのか知れない。
ばさりと乾いた音がして彼女の手元から衣服が落ちた。
「宝石に触れればその人の生命力が僕の身体に流れる。宝石は取れて次の王に行き僕は晴れて自由の身。」
今すぐ――と誰かが言った気がした。
今すぐ逃げなければならない。頭の中で鳴り響く警鐘。だが絡め取られた視線はまったく動くことができなかった。息が詰まる。カラカラに渇いた喉。かろうじてリズは言葉を絞り出した。
「……お前。」
震える唇。ロムは冷たい表情のまま冷たい手で彼女の頬に触れた。
ドクン。と警告のように心臓が鳴る。
「そうだよ。生命力を取られた人間は死ぬ。リズ。――怖い?」
瞬きを忘れてしまったかのような両眼に彼の整った顔が映し出された。
「――お前は俺を殺すの?そのために。」
違う。
ざわりと肌が粟立つ。そんな事ではない。と。そんな事なんか。怖くない。まっすぐに見つめ返した彼の双眸がわずかにたじろぐ。とても悲しかった。とても苦しい。彼にとって自分自身はただ命を繋ぐ存在だったって言う事だけがとても苦しい。
それを知るのがとても怖かった。
涙さえも出ない。
「そのために。ここに呼んだの?――確かに俺はおせっかいだ。あんたが可哀想で助けたい。もうすぐ終わる命なら――今を楽しく生きてほしい。そう思っただけなのに。」
助けたいと思っただけなのに――。彼女は滲む視界をこらえてぐっと顔を上げた。真一文字に唇を結ぶ。
「俺は俺の命をやるほどお人よしじゃない。死んでなんてやらない。絶対あんたの為に――って?え?」
声を遮るのは温もり――ふわりと彼女の身体が浮いたようだった。視界に金の髪がさらさらと流れている。どくどくと鳴る心臓の音は誰の音なのか――。ようやく知った。自身が抱きすくめられていることに。