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混沌王の婚約  作者: stenn
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 逃げれない。と彼女はがっくり膝を落とした。彼女の周りには常時女官が張り付いている。何をしようが一緒だ。そしてどこの出口にも警備の男たちが詰めていたりする。誰を護るためなのかそれとも彼女が逃げ出さないように見張るためなのか。

 相変わらず異様に広い部屋の中、身の置き場などなく彼女はバルコニーに出て空を眺めていた。いつしか昼は過ぎて夜だ。きらきらと瞬く夜。静寂が包み込む。こんなところ街の人間が見たら仲間になどもう入れてもらえないだろうな?と考えながら女官が入れてくれたお茶に手を伸ばした。

 ここからは街の明かりさえも見えない。――結構近いのに。

(街の喧騒が懐かしいなぁ)

たった一日の事なのだが。バルコニーから下を覗き込むとやはり警備の者が立っている。倒せないだろうか?と考えて無理だろうな。と諦める。一般人になら勝つ自信はある。だがそれ専用に鍛えられた人間には到底勝てないだろう。

ため息一つ。

「リズ様?」

サラサラと風が流れてリズ巻き上がりそうになる髪を抑えた。そこにはもう見慣れてしまった女官と『悪魔の笑み』が立っていた。思わず構える。次は何を思いつくか分からなかったからだった。

「ドレスは着替えたんだ?」

『ごゆるりと』と去っていく女官。いや。こんな時こそ張り付いてほしい。と願う。なんとなく居心地の悪さを二人だと感じたからかも知れない。だが、そんな思いも虚しく『パタン』と音がしてリズは脱力した。

「当たり前だ。俺のじゃないし。――窮屈で。」

今はここに来るときに来ていた『仕事に差しさわりの無い服』を着ている。引っかからないようなデザインで短パンとぴったりとした上着だ。否応なく身体の線は出るが本人はまったく気にも留めていない。ついでに言うと女官にはお願いまでされて止められたが押し通した。貴族の服なんて居心地が悪すぎる。

「……そう。かわいかったのにねぇ。」

彼はお世辞手も何でもない様子で手すりにもたれ掛かり空を仰ぐ。

「で?俺をここに連れてきた本当は何がしたいんだ?お前?」

「――この国の王は治世『二十年』で大体退位することは知ってるよね?リズ。」

「ん。学が無いとはいえ国民ならだれもが知ってる。」

彼女はティーポットからカップに注ぐと彼に差し出した。少し風が冷たい。どこかその白い頬。どこか冷たさの残る少年に温まって欲しかったからなのかもしれない。

「あれね。死ぬからなんだ。――王になれば大体そのあたりで死ぬことになってる。でね、僕も例外ではないっていうわけだね。」

彼はからからと笑うと『ありがとう』とリズに差し出されたカップを手に取った。

「は?」

「もちろん、それ以上に短命と言う事はあってもその反対は無いかなぁ?」

なんて言っていいのだろうか?本人はまるで他人事のように笑っているけれど――言葉が思いつかなかった。『うそだろう?』とも言えない。それは本当なのだろう。と思ったから。 彼はカタンと軽くカップを鳴らして小さな机に置いた。

「――僕の本当の望みはね。言ったように。国宝を盗み出してほしいんだ。結構会った盗賊さんたちにも言っているんだけど誰も聞いてくれなかったし――この城まで来ることさえできなかったなぁ。」

ていうことは局員たちが盗賊を捕まえるたびにあのように聞いていたのだろうか?そんなに国宝が欲しいのだろうか?――命をつなげる宝石。確かにそんなものがあれば助かるだろうけれど。とリズは考え無いようにして唇を噛んだ。

「お、お前が連れて来たんだろ?き、妃だとか何とかで。」

その言葉にたいして意味はないのだが照れてしまうのは何故だろう?

「――ああ。そうだね。だってリズは面白いから。僕を人質にとって逃げ出したし。僕のしたい事を手伝ってくれると言ったし。」

うん。心底『言わなければよかった』と思っているけれど。ロムの笑顔にリズは憎しみを込めた笑顔を返した。

彼女は気を取り直すようにして部屋の中の調度品を端から心の中で値段を付けて見る。

「でも。宝石は盗めない。俺はあんたを可哀想だと思う。正直助けてやりたいとも。だけど。」

それは本音だ。助けてあげたい。そう思う。けれど助けられない。助けたくないではない。助けられないと思ってしまうのだ。

そんな物には掛けることは出来ない。

「――母親。救えなかったんだってね?六歳ぐらい?」

飛び込んで来た言葉に彼女はびくっと身体を震わせて少年を見た。なぜそんなこと知っているのだろう?触れたくない――触れられたくない傷に表情が消え失せ出るべき言葉が出てこない。ただ、彼はリズから目を反らし深紅の双眸は空を見つめている。

「調べた……のか?」

かろうじて出た言葉に彼の表情は変わらなかった。ただ今まで以上に声が低く重々しい。その重々しさに息が詰まる。苦しかった。

「君の所為ではない――はやり病でどっちにしろ助からなかった。」

薬が欲しかった。それさえあれば助かる。そう信じていた。当時六歳。当然のようにお金などなく父親もすでに無く六歳の子供に何ができるだろうか?――だから。盗んだ。人生初。盗んだのだ。それが何の薬かも知らず『くすり』さえあれば助かると信じて。


彼女の前に記憶が実をもって現れる。――そんな気がした。



「母様。」

王都から少し外れた街のはずれに小さな村があった。貧しく不平不満も黙殺するしかない小さな村。生きてくだけが精いっぱいで誰一人としてその親子を気に留める者はいなかった。おまけにはやり病で村の半数が亡くなっていたのだからそれはさらに加速していた。

あばら家の扉を開けると一人の女が食事の用意をしていた。黒い双眸と長い髪を背中で纏めている。顔色は良くない。やつれた女は侵入者を見ると柔らかく微笑んだ。

「おや。リズ。どうしたの?嬉しそうね?」

女とよく似ている幼い少女――リズは顔をくしゃくしゃにした後であることに気づく。母親が起きているのだ。苦しいのに身体を起こすなんて言語道断と言わんばかりに彼女は母の手を引っ張って布団に促した。

「母様。寝てないとだめだよ。」

「あら?気分が良いのよ?それより――どうしたの?その痣は?」

なるべく心配させまいとして隠していたのだが思いの他早く見つかった。じくじくと大人たちに殴られた傷は酷く痛む。口の中は切れて鉄の味がした。リズは泣きそうで縋り付きたかったが安心させるために彼女は精一杯笑った。ここに入って来た時のように。

(母様の心が痛めば病気も進んでしまうもの)

「リズ。」

そんな子供の浅はかな知恵などとっくにお見通しで彼女は我が子にすがるようにして手を持った。細い手だ。体温などは感じられない冷たさに嫌な言葉が浮かんで彼女は無理やり笑う。

「そんな事より。母様。マグノアさんがくすり分けてくれたの。これで母様のびょうきも治るね。」

本当は王都まで行って盗んで来たのだけれどそんな事は言えない。彼女がにこりと笑うと母親は訝しげに見た。

「……くすりを?」

 ドクン。と心臓が鳴る。ばれただろうか?怒るだろうか?彼女は静かにリズが持ってきた薬を手に取った。リズは文字が読めない。そこに書いてある文字など分からない。母親は一つ息を付いてリズをまっすぐに見た。すべてを見透かしているような双眸で。

「リズ。――もし私が死んだら王都へ行きなさい。」

「え?母様は生きてる。」

彼女はリズの頬をゆっくりと撫でた愛おしそうに。濡れた双眸からは涙が流れ落ちる。それが悲しくってリズの目の前が歪んだ。

「もし。です。この村にいるよりはあなたの未来は開けるはずです。幼子にも仕事はあるでしょうから。――母の死体は置いておきなさい。それとこの薬はここに置いておきなさい。」

ニコリと微笑む。それは彼女が大好きな笑みだった。

「私は精一杯生きたわ。どのみち私はもう助からない。リズ。」

「でもおくすりを飲めば治る――。」

少なくともそう信じている。母はリズの小さな身体を抱きしめた。

「そうね。ありがとう。だけれどこれだけは覚えておいて。愛している。と。何があっても私はあなたを見てると。生きて。リズ。そして。」

 覚えておいて。あなたを愛していると。

 その夜。母親は死んだ。ゆっくり静かに後から聞いたが通常この病では気が狂うほどのたうち回って死ぬんだそうだ。そうならなかったのは幼いリズが持ってきた『くすり』の所為だった。不幸だったかむ幸運だったか。王都で盗んで来たそれは『毒薬』だったから。


 今となっては確かめる術などないが。


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