綺麗なものには棘があります
僕は恵まれていない。そう恵まれてなどいない。
僕、虚山巡は一度も恵まれていない。
『隣の芝生は青く見える』この言葉は僕のことをよく表していると思う。
小さい頃からずっと思っていた。簡単に言うなれば僕は自分の物に価値に見出せないのだ。自分の中で誇れるものが何もない。
自分の持っているおもちゃより兄や弟が持っているおもちゃの方が楽しそうで欲しいと思った。兄弟たちにおもちゃを交換してもらうと今度はあげた方のおもちゃが欲しくなる。
食べ物でもそうだ、自分が食べるものより他の人の方がおいしく見えた。
大きくなるにつれて自分の世界も広がりたくさんのことを知ったがそれは苦痛でしかない。他人が持っているから欲しいと思うのであり、手に入れてしまっては価値が失われる。
このジレンマは15年間続きある程度は我慢してきた。いや、かなり小さい頃の記憶はないけど、生まれた時からそれが僕で、それだけが特徴で、僕の本質なんだと思う。
我ながら、難癖のある性格だと思う。けれど頭でわかっているからと言って体がその通りに動いてくれるかと言ったら実際にはそう簡単にはいかないのだ。
だから、だから壊す。羨ましいから壊す。手に入らないから壊す。優れているから壊す。かっこいいから壊す。鮮やかだから壊す。美しいから壊すのだ。
最初に壊すのは人がいい。人を殺すのはいけないことだ。それはわかっている。僕だって常識ぐらいは持っている。そんな都合よくは恵まれていない。
わかっているからこそ、後に引けないから始めたら最後まで自分に正直に生きられるのだと思う。
僕が恵まれてないというと家族も恋人も友人も知人も否定するから客観的には恵まれているのかもしれない、恵まれていないというのはきっと甘えだろう。
だから自称なのだ、自称『恵まれていない』のだ
証拠が残らない家族に迷惑が掛からないあの力があるからこそ人を殺せる。これも甘えだ、甘えてばかりの人生だ。
ふと考えるのをやめて現状を確認する。
人目の付かないところでと思って駅近くの道を歩いているけど、人目が付かないだけに人に会わない。かれこれ家を出て20分になる。
そこで前方から同い年位の、しかも同じ高校の制服を着用している少年が歩いてきた。髪は黒色と身長は僕より少しだけ小さいので175くらいだろう。顔は知らないから同じクラスではないだろう。
「おはようございます」
そう満面の笑みを浮かべてあいさつをしてくる彼に一瞬虚を突かれたがこちらもにこやかな笑みを浮かべてあいさつを返す。それと同時に握手をするように右手を伸ばす。これでもう後戻りはできない。
こんなことをしても『恵まれていない』人生は何一つ変わらないけどやるしかないのだ。
「おはようございます」
右手と彼との間が10センチくらいのところまで近づいた。この長さ効果の範囲だ。
「さようなら」
「危ないですよ~」
僕の手から離れるように黒髪の少年は後方に飛んだ。彼はお返しとばかりにポケットに入れて置いた小石を大量に投げつけてくる。小石たちは当たり前のように右手に触れた瞬間に砕け散った。砕けて砂になった小石が風に巻き上げられどこかへ飛ばされてゆく。
「だから危ないってば。自己紹介も済んでないし、殺すならまず名を名乗ろうよ?」
「………」
「俺の名前は眠月と言うんだよろしく」
そうへらへら笑いながらさっきの一撃で死ぬ予定だった少年は一歩下がるとお辞儀をした。