肝試し
俺の住んでいる村にはある言い伝えがある。
それは、村はずれの神社の裏にある祠には近づくなというものだった。
詳しいことは何ひとつ分からず、実際に祠が存在するのかすら誰も知らない。
なぜなら村の人々はその神社へ近づくのを嫌がるからだ。
その影響で俺もどのくらいの規模の神社かすら知らない。
だがある日、俺は若さゆえの怖いもの知らずで友達を誘い肝試しをすることにした。
これは家から2時間ぐらいかかるところにある大学で心霊研究会というサークルに入っていることも原因だろう。
夜、親には飲みに行くと嘘をつき待ち会わせ場所である例の神社へ向かった。
真っ赤な神社の鳥居の下あたりには既にサークルの仲間たちが集まっていた。
「おっせーぞ。ホント待ちくたびれたわ。」
「もう先に行こうかと思ったわ。」
「とはいえ、まだケンが来てないからどの道行けないけませんけどね。」
「ケンはどこで道草食ってるんだ?ここってなんもねーじゃん。」
最初に声をかけてきたのが少し短気なタカで次が華やかなマリ、おしとやかなナギ、チャラ男のシュンだ。
「わるい、わるい。」
先に来ていた4人に謝りつつ周りを見まわした。
あたりは鬱蒼と木が茂っており、雑草も伸び放題だ。
ただ、言い伝えが始まるまでは栄えていた神社のようで予想以上に広い。
これは期待できそうだ。
たとえ何も出てこなくても十分に楽しめるだろう。
「なかなか良いな。」
「ああ?おまえなんも調べずに呼んだのかよ!」
「でも、その割にはいい場所じゃないですか。雰囲気もよさそうですし。」
「ええ、期待できるわ。」
ポツリと呟いた俺の言葉に機嫌を悪くしたタカだったが女性陣の発言で機嫌を直す。
まったく、現金な野郎だ。
まあ、確かに調べずに誘った俺も悪かったが。
それから10分程度待っていたがケンは結局現れず、5人で肝試しをすることになった。
「ったく、何であいつはなんも連絡入れねーんだよ。」
「まあまあ、何か急用が入ったのかもしれないし。ねえ?」
「まっ、明日大学で文句言えばいんじゃね?ビビって逃げたのかもしんないし。」
シュンの言葉にみんなで笑い合うとタカの機嫌も多少浮上したようだ。
「そういえば、あいつビビリだもんな。仕方ないか。んじゃ行くぞ。」
そう言ってタカが先頭に立ち進んだ。
その後は自然とシュン、マリ、ナギ、俺の順になった。
石畳の隙間から生える雑草を踏みつけながら歩いて行くと、神社の拝殿が見えてきた。
「んじゃ、賽銭でも入れとくか。」
そう言ってタカはポケットから出した10円を入れた。
「おいおい、馬鹿じゃねーのお前。」
「普通5円でしょ。」
「んだと!?別に入れりゃいいじゃん。どうせ誰も来ねえんだし。俺の気分だ、気分。」
シュンとマリに馬鹿にされたことで頭に血が上ったタカはズンズンと先に行ってしまう。
3人は慌ててそれを追いかけて行った。
俺はとりあえず5円を賽銭箱に投げ込み、お祈りをしてから急いで追いかけた。
意外にも4人は少し行ったところで待っていてくれた。
「おいおい、何してたんだよ!」
ただし、タカがキレている。
シュンとマリはすまなそうな表情を浮かべた。
それに気にすんなと視線を送り、タカに謝った。
すると多少は気がすんだのかタカがまた先頭で歩きだす。
いつの間にかつめていた息を吐くと追いつこうと必死で一切気付かなかった周りの景色が見えてくる。
どうやら木や背の高い雑草に囲まれて動きがとりにくくなっているようだ。
それなのに、けもの道のようなものが出来ていることを不思議に思いながら付いて行くと、ちょうど神社の本殿裏に入ったところで突然空気が変わった。
今の季節は夏なはずなのになぜか肌寒く、鳥肌がたつ。
「あの、ここはさすがに不味くないですか?」
鳥居をくぐってから一度も話さなかったナギが真っ青になりながらみんなに声をかけた。
しかし、3人は無視する。
「確かに空気変わったよな。もし怖いんだったら先に帰るか?」
さすがに可哀そうだと思い俺が言葉を返すと、ナギは少しホッとしたように笑いった。
「すいません。ちょっと気分が悪いので先に帰らせてもらいます。雰囲気を壊して本当にごめんなさい。明日お菓子でも作って持って行きますね。」
俺たちに頭を下げ、なんとか俺の横を通りナギは引き返して行った。
「ったく、これからが楽しいんじゃねえか。来ないケンといい帰るナギといいビビリすぎだろ。あー、つまんね。」
「ほんとタカの言うとおりよね。でも、いいところで雰囲気壊されてもたまんないから逆に良かったんじゃない?」
「確かにそうだね。まあ、でもお菓子くれるって言うしいいんじゃね。」
「まじでシュンは甘いもん好きだよな。」
シュンの言葉に呆れつつも俺がそう返すとタカが突っかかってきた。
「お前も帰んじゃねーのか?引き返すんなら今のうちだぞ。ビビリは尻尾丸めてお家へ帰んな。」
「おいおい、いくらなんでも言いすぎだろ。それに提案者が帰るわけねーじゃん。」
「そうよ、帰るなんてありえないわ。」
2人が期待するような目で見て来る。
それにひとつ頷いた。
「ああ、帰んねーよ。」
「よし、そうこなくっちゃ!」
シュンが張り切ってタカの背中を押す。
「お、おい!何すんだよ!!」
タカがキレるとシュンがニヤッと笑った。
「ずっと先頭だったんだしお前が進まないと後ろは進めねーんだよ。ここってけもの道みたいんなってるし。」
「そうよ、詰まってるわよ。」
タカを再びシュンが軽く押すとタカがブツブツ文句を言いながら歩き始めた。
周りの暗くジメジメした風景を見ながら俺も続く。
やっぱ変だよな。
此処にけもの道をつくるような大きさの動物なんて住んでないはずだ。
それに、木の生え方もおかしい。
どうして人の身長より高い所にしか枝や葉を伸ばさないんだ?
まるで誰かが通るためだけにこのけもの道が出来たみたいだ。
周りの景色と肝試しをしているという状況のせいか嫌な感じの思考になっていく。
このままだと俺もリタイアになりそうだったので考えることを止めて歩くことに集中する。
するとすぐに祠に着いたようだ。
「おお?これが祠じゃね?とはいえ、どこも変じゃねーがな。」
「やっぱ迷信か~。でも楽しめたから良しとしよう。」
「ええ、この空気とか気味悪すぎて惚れ惚れしちゃう。また来ようかしら。」
3人も満足したようなので、今度は俺が先頭となり引き返そうと後ろを向いた時突然タカの悲鳴が響いた。
驚いて振り返ると、祠の扉が開き無数の手がタカをつかんで祠の中の方へに引きずっているのが見えた。
タカはラグビー同好会にも入っていてガッチリとした体型をしているはずなのに簡単に引っ張られて行く。
な、なんなんだあれは!!
ありえない!
手が、手が…。
「おい!!見てないで助け……。」
必死な形相で俺たちを見るタカだが、数本の手のひらに口を押さえられ何も言えなくなる。
さらに、全身を引かれて祠まであと少しに迫っているのだ。
そんな恐怖に引きつったタカの顔を見ながら震えている俺をマリが突き飛ばした。
どうやらひとりで逃げようとしているらしい。
ヒールを履いているとは思えない速さで走り去って行く。
それによって我に返った俺は腰を抜かしているシュンを無理やり立たせて引きずるようにしてマリの後を追う。
追いかけて行く途中もおかしな悲鳴や笑い声、どこかへ呼ぶような声が響く。
さらに白く半透明な人影が木々の隙間からこっちを見ているのも視界の端に映る。
まるで五感すべてが恐怖一色に塗りたくられたようだ。
も、もうやめろ!
頼むからやめてくれ!!
けもの道を懸命に走るため目を閉じることもできず、ただシュンの体温の温かみだけを励みに前へと足を進めていく。
もし止まれば白い人影によって此処とは違う場所に連れて行かれそうだ。
それから少ししてマリの背中が見えた時、俺を更なる絶望が襲った。
白い服を着て足のない女がマリを片手で持ち上げている。
しかも掴んでいる場所は首だ。
マリの顔色は青白く、生死が分からない。
足がすくんで動けなくなっていると今度は笑い声が近くで響いた。
どうやらシュンが正気を失い笑っているようだ。
慌てて斜め後ろにいるシュンの口をふさごうとしたら、後ろから無数の手が追いかけて来るのが視界に入った。
「や、やめろ!!!来るな、くるなー!!」
絶叫し後ろに下がると何か白いものが俺の体を通り抜けた。
それは先ほどまでマリの首を絞めていた女で、その女が火傷跡の酷い顔でニタリと笑ったのを見て俺は反射的に走りだした。
そして気がつくと神社の賽銭箱の前にいた。
た、助かったのか?
俺だけが…。
みんなを捨てて?
だが、これからどうすればいい?
助けを呼びに行くべきだろうか?
いや、村の人たちが此処に来てくれるはずがない。
呼ぶとしたら警察か?
だが……。
「アナタハ、オトモダチヲ、ウラギルノネ。」
悩む俺の耳元で少女の声が響いた。
恐る恐る振り返るとそこには眼球の片方ない少女が笑いながら浮かんでいた。
声を出すことも出来ずに腰を抜かすと、少女の周りにたくさんの白く半透明な人影が集まってくる。
ガタガタ震えながらもなんとか逃げようと後ろに下がると、人影たちがクスクスと笑う。
まるで人間が逃げるのを楽しんでいるようだ。
な、なんでだよ!
もう神社の表まで来たじゃないか!!
なんで追いかけて来るんだよ!?
神社の表側まで来れば平気だと思い込んでいた俺はもう立つことすらできない。
それを見て何人もの人影が手を伸ばしてくる。
すると手が触れるか触れないかという所で突然神社の本殿が強く光った。
その光を浴びた白い影たちは呻き声をあげ苦しそうにもがく。
腰が抜けて動けない俺は茫然とその光景を見ていたが、背中を狛犬に頭突きされ反動で立ち上がった。
さらに狛犬は俺を追いたてるように体当たりをする。
おかげで我に返った俺は慌ててその場から逃げだした。
そして自分の家の前まで来た俺は家に入ろうと必死でドアの鍵を探す。
しかしどこにも見つからない。
なんでないんだよ!!
お、落としたか?
もう戻るのなんて無理だ。
親を起こすしかない。
そう決めてチャイムに手を伸ばした俺の腕を長い黒髪の女がつかんだ。
「サガシモノハコレ?」
そう言って鍵を俺の前に落とす。
何とか逃れようともがくが、どうしても女の手が外れない。
「は、はなせよ!!!」
女の手を振り払おうと必死に腕を振る俺を女が歯のない口でニタッと笑った。
「ダメジャナイ、オトモダチトハナカヨクシナキャネ。」
そう言って女が俺の手に何かを握らせる。
勝手に開く手を見てみるとそれはタカとシュンとマリの人形だった。
そのマリの首には絞められた跡がある。
あ゛…、あ゛あ゛…。
コレってもしかしてみんななのか?
女に腕を握られていることも忘れてそれを見つめる。
「アア、カワイソウ。カワイソウネェ。」
女の声でふと我に返るといつの間にか女の手が俺の腕を撫で回していた。
ビクッと反射的に体が震えると女が再び笑う。
「ホシイ。アタタカイチ。イイナ。ズルイ。」
俺の肩に狙いをさだめた女が噛みついた。
柔らかいような固いようなものに喰われる感覚を最後に俺は気を失った。