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49. 一番の願い




「そんなことを言われて、俺が『そうだな』と答えるとでも思ってんのか?」

 吐き捨てる口調は、常のタケルからかけ離れたものだった。

 ミナコ、リツカ、スミレは聞いたことがない。

 カナメもまた想像すらしていなかった反応に目を見開いた。

 エリシアは、ただぎゅっと胸元で拳を握りしめた。

 トーコを除く少女達の中で、ただ一人。

 エリシアだけは覚えがあったからだ。

 それを聞いたのは二ヶ月以上前。

 戦いの中でやりきれない怒りや悲しみに遭遇した時にタケルが吐き出した心。

 勇者タケルの片鱗。

 自分が矢面で話そうと思っていたエリシアが言葉に詰まる。

 そんなエリシアに気づくことなく、タケルは舌打ちしたくなるのをこらえた。

 やっと本当の意味でわかった。

 体感した。

(ああくそ! これか!)

 初めて実感として知ったのだ。

 トーコやエリシアの気持ちを。


『タケルはタケルを見くびりすぎ! 私の幼馴染を馬鹿にしないで!』

『相手が誰であろうと、例え本人であろうと、私は私達の勇者を貶める者を許さないんですから!』


 怒り、憤慨し、叫んだ。

 その気持ち。

(トーコが俺たちのためにしてくれたことが、どれだけ救いだったか。例えそれが自分の心を守るためでもかまわない)

 いやむしろ、少しでもそれで守れていたのなら嬉しいくらいなのに。

 まるで、断罪をまつ罪人のように。

 見下されるべき卑怯者のように語られることが我慢ならない。

「お前がしてくれたことがどんだけ嬉かったか、お前にはわかんないのかよ。どれだけ俺達が救われていたか、有り難かったか」

 驚いたように目を瞬いて、タケルを見上げる一対の瞳が揺らぐ。

 それを真っ直ぐに見つめ。

 強い口調で伝える。

 少しでもこの思いが伝わるように。

「お前がどんな人間かなんて、よくわかってるんだ。お前以上にな。だから言わせてもらうぞ」

 心によぎった言葉をそのまま音にすると、それは、どこかで聞いた言葉だった。


「俺の、幼馴染を、馬鹿にするな!」


 叩きつけるように叫ばれた声に、言葉を失う。

 優しくするのとは違う。

 ただ宥めるのとは違う強い感情は、自分で否定した『自分自身』を肯定するもので。

 自分が行ってきたことの意味を、トーコもまた知る。

 ただ無条件に、無意識に彼らを守りたかった。

 否定するなんてもってのほかだし、彼らの望んでいる願いはなんだろうと思いながら、側にいた。

 自分なりに支えてきたつもりだった。

 それでも大したことはできていないと思っていたけれど、自分に返されてわかる。

 揺らいだ自分を、しっかりと支えてくれる思い。

 それが愛情。

 それが信頼。

 返されたこの思いに自分は見合うだろうか?

 今の、この無様な自分は。


「トーコお姉さま」

 静かに呼ぶ声に、視線をエリシアへと向ける。

 まだ動揺に揺れるトーコの表情に、ふんわりと笑いかける。

「お姉さまは、私に我慢しすぎと言いましたが、お姉さまこそ我慢しすぎなのではないですか?」

「……エリシア」

 そっと伸ばした手で、ひやりとしたトーコの指先をそっと包む。

「お姉さまの悲しみは、どこで解放されていたのですか?」

 エリシアの指先は暖かい。

 さっきまでの異常な緊張状態はもう溶けているようで、震えもなかった。

「お姉さまの辛さは誰が分かち合ってくれたのですか?」

 誰にも、言えない。

 認めない。認めたくない。

 誰の重荷にもなりたくない。

 ただひたすら、守る側にいたかったから。

(わたくし)はお姉さまと会ってほんの僅かの時しか共有していません。そんな私ですが、それでも」

 包み込んだ手を暖めるようにぎゅっと力を込めて。

「お姉さまの悲しみを聞いてさしあげたいです。辛さを共有したいと思うのです。だったら、ずっと側にいたタケルやヤマト様の思いはいかほどでしょう」

 それは想像するに余りある。

 過保護と言えるヤマトの対応も、過剰とも言えるミコトの防衛反応も。

 背中合わせに寄り沿うように、共にいてくれたタケルも。

 エリシアは昨日のことを思い出しながら言葉を続ける。

 微笑みと優しい接触で自分の心の重荷を取り除いてくれたトーコの行いを思い出し、それをなぞるように。

 感謝を返すように。

「お姉さまの、一番の願いはなんですか?」

 問いかけに唇が震えた。

 今までずっと張りつめていた糸は、あの夕暮れの廊下で切れてしまった。

 かぶっていた保護者の仮面は壊れてしまった。

 今の自分は、何に遮られることもない素の自分。

 その自分が望むことは。



「あ、」

 声が震える。

 ずっと我慢していた言葉を紡ぐ。

 そのことに、まだ心がおののいている。

 それでもその問いに答えたいと思った。

「逢いたい、の。もう、それだけでいいいの」

 じわりと視界が歪む。

「おかえりなさい、と、そう言えるなら、もうそれだけでいい。ただ、ただ逢いたいの」

 震える声と共に、溢れだした涙。

 それにエリシアが両腕を伸ばして、トーコの頭を胸に抱きしめた。

「はい……教えてくれて、ありがとうございます」

 普通だったら、ささいな願いだ。

 ささいで、欲のない願い。

 だからこそ込められた思いは深く。

「そう、だな。逢いたいな。俺も、逢いたい。サクヤ兄に」

 同調するタケルの声も震え、その両目には涙の膜が張っている。

 その声と、声が綴ったその名前に、トーコの涙腺が本格的に崩壊した。

「……っふ、ぅう……うう……うわああぁん」

 エリシアの背中に腕を回して、すがりつくようにして、泣きじゃくるトーコに歩み寄り、その背を撫でる。

 そうしながら、タケルもまた堪えきれない涙を溢れさせた。






キースの存在を忘れて書き上げちゃったので、加筆のため、後半をカットしました。

そのせいでちょっと短いかも。

次話はキースと三人娘です。

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