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44. 楽しいだけじゃない




 時間は少し遡る。

 タケルと三人娘と、エリシアが遭遇するより少し前。

 授業が終わったトーコは急いで帰り支度をしていた。

「あれ? トーコちゃん、なんか急いでる?」

 その様子を訝しげに見て問うチカに、おざなりに頷いて。

「うん、ちょっと待ち合わせしてるから」

「…待ち合わせって……もしかして、」

「そう、たぶんその人」

 のんびり屋に見えて、チカは察しがよい。

 そういうところもトーコにとっては側にいて居心地がいいと感じることのできる美点だった。

「じゃあ急ぐから。また明日ね」

「うん、バイバイ」

「バイバイ」

 深く話すことなく手を振って送り出したチカに、微笑みを残して、トーコは教室から姿を消した。

「……あれ、何事?」

 それを見送ったチカに声をかけたのはマモル。

 不思議そうにトーコが出て行ったドアを見つめているマモルにチカは声をひそめた。

「朝、トーコちゃんがカナメ先輩と来てたでしょう?」

「ああ、らしいな。ヤマト先輩がらみの人とは出来るだけ距離を置いてるトーコちゃんにしては珍しいなと思った」

「帰りも一緒なんだと思う」

「何だそれ。それじゃまるで」

 言いかけたマモルが口をつぐんで、ぱっと顔をあげてチカを見た。

「え、マジ? なんか起きるの?」

「多分」

 表情を曇らせたチカに眉を寄せる。

 マモルが言いかけたこと。

『それじゃまるで護衛みたいだな』

 そう言いかけたのだ。

 更に言うならば、

『まるであの頃みたいだ』

 と続いていたのだろう。

 トーコと付き合いの長い二人は知っている。

 これまでに幾度となくあった、ヤマトの熱狂的ファンの暴走の矛先がトーコに向かっていたことを。

 その内数回、特にヤマトやカナメが親衛隊の統率を行った後の暴走に関して、先んじた情報をもとに護衛をつけていたのだ。

 率先して側に控えていたのはいつだってカナメだった。

 そのこともあってか、トーコとその友人二人、つまり自分たちのカナメ先輩への信頼は高い。

「今回はタケルくん絡みだろうね」

「そういやあの連中も今日は妙に大人しかったしな」

「うん、タケルくんもなんかそわそわしてたよね」

 そんな中、トーコはいつもどおりに見えた。

 その冷静さは、頼もしくもあり、危うくもある。

「心配、だなぁ」

 ぽつりと呟いたチカの頭をマモルがくしゃくしゃと撫でる。

「あー…俺ちょっとタケルの方、こっそり見に行ってみるわ」

「うん。そうして。私はトーコちゃんについていくと返って邪魔そうだから、我慢する」

「なんかあったら、メールするから」

「お願い」

 神妙な顔で頷いたチカに、同じく真剣な顔で頷き返したマモルは、三人を連れだって部屋を出ようとするタケル達を少し距離を置いて追っていった。





 タケルの前に立っていることが出来なかったミナコは、何も考えずに走って走って。

 たどりついたのは、いつかトーコを呼び出すのに使った空き教室だった。

「っはぁ、はぁ、…っ!」

 脳裏を占めるのはあの金髪の少女と、その少女に優しい表情を向けるタケル。

 そして、その視線が自分達に移された時に、申し訳な下げに歪んだあの表情。

 そんな状況でもタケルは優しかった。

 自分達が傷つくことを危惧して、心配げに、でも言わないわけにはいかないというジレンマに悩んで。

 そうしてあの瞬間を迎えたのだと、嫌でもわかる。

「ミナコ!」

「りつ、か」

 背後からかけられた声にびくりと背を震わせて振り返った。

 そこには焦ったような表情で、駆け寄ってくるリツカの姿があった。

「ミナコ、さん、リツカさん…っはぁ、はぁ」

 それに少し遅れて、息をきらした委員長、スミレの姿もある。

「スミレ…」

 この数カ月、競い合い、いつも側にいた二人。

 三人、顔を見合わせて、呼吸を整えながら、何を言えばいいのか言葉に迷う。

 そんな沈黙を破って、最初に口を開いたのはリツカだった。


「…ミナコ、大丈夫?」


 最初の一言。

 それは、自分を気遣う言葉だった。

「ふぇ…」

 瞬間的にこみ上げた涙を止める術はなかった。

(自分だって悲しい癖に。苦しい癖に)

 声にならない言葉は胸の内に。

「う、うう、ふ…うわぁぁんっ!」

 声をあげて泣きだしたミナコに、傍でリツカが慌てる気配があったが、構う余裕はない。

 そんなミナコに、ほとんど反射的に手を伸ばしたのはスミレ。

 泣きじゃくるミナコをぎゅっと抱きしめる。

「ミナコ、さん、な、泣かないで…」

 そういうスミレの声だって震えている。

「ちょ、ちょっと、二人して泣かないでよ! わ、私まで…」

 泣きたくなるでしょ、と続くはずだった声は、鼻をすする声で途切れて。

 それに気付いたスミレは片方の腕を伸ばしてリツカを引き寄せる。

 胸の痛みに逆らわずに三人で泣きじゃくる。

 昨日まで、こんな想いをしたことはなかった。

 明日こそはタケルの心を射止めて見せる。

 明日はどんなタケルの表情に逢えるのか。

 タケルが好きで、かけられる言葉に舞い上がって、他の二人より自分を向いてもらうにはどうしたらいいのかと、日夜悩んで。

 それでも、こんな痛みは知らなかった。

 恋の楽しい部分しか知らなかったのだ。

 恋愛とは幸せなことばっかりだと思っていた。

 だって、初めてだったのだ。

 恋愛をするのが。

 この三人以外の誰かが選ばれるなんて。

 


 

 ミナコはいつだって強気で、タケルにふさわしいのは自分だと胸を張り、他の二人をけなすことを躊躇わなかった。

 相手のコンプレックスだってかまわず指摘する無神経さもあったし、些細なことで傷ついては逆ギレする、そんな少女だった。

 

 リツカはいつだって勝気で、男子からも女子からも距離を置かれる自分にとってタケルだけが救いであるかのようにすがりついた。

 孤立したって構わない、タケルだけいればいいのだと自分に言い聞かせて、それ以外のすべてを突き放そうとするそんな少女だった。

 

 スミレはいつだって健気けなげで、タケルのことを、『委員長』という誰かの物語の脇役ではない自分の、たった一人の王子様だと思っていた。

 自己主張するのが苦手で、誰かの自分のわがままをさらけ出すのが苦手で、だけど誰かの特別になりたくてタケルの優しい気遣いや表情に溺れるそんな少女だった。

 

 三人とも友人らしい友人なんていなかった。

 タケルに構うようになってから、他の生徒たちは更に遠巻きになり、彼女らの孤立は悪化したかのように見える。

 だけど、だけど本当は。

 

 三人、抱き合って泣きじゃくる。

 競い合った三人だから、一緒に居た三人だから、この想いを共有できる。

 それこそが『友情』というものだと、知らなかったのだ。


 

 

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