43. 嵐、到来
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タケルに一目惚れした頃。
つまり、周囲の迷惑も顧みず、困っているタケルの様子すらわからなかったころならばいざ知らず。
本当はもっとちゃんと考えるべきだったのだ。
その可能性を。
『タケルには好きな人がいる』
考えたくはなかったから、考えなかった。
その結果が目の前にあった。
「エリシア!」
「タケル! ここがタケルの通う学校なのですね」
キラキラと目を輝かせながら、声を弾ませているのは艶やかな金髪と鮮やかな碧い瞳の美少女だった。
学校で…否、この街でも有数の美少女といわれる自分たちに勝るとも劣らない彼女は、興奮気味に辺りを見回して、タケルに小走りで近づいた。
「うん、そう。エリシアの通っていた学院に比べたら、ちゃちなものだけどな」
「いいえ!」
「いやでも」
「そんなことはありません。だって、ここはタケルを育んでくれた場所なのでしょう? だったら、やはり大切な、素晴らしい場所なのですわ!」
ほっそりとした指先で自身の胸を押さえ、首を振ってタケルの言葉を否定した彼女は、ほわりと人の心をとろけさせるような笑顔を浮かべた。
それに照れくさそうに笑うタケルから目を離せない。
どこか初々しい、くすぐったい様子の二人を微笑ましげに見守るのは、背後に控える生徒会長ヤマトと、少女の知り合いらしき銀髪の端正な少年だ。
「そう言ってもらえると、生徒会長をしている俺も嬉しいね」
「ヤマトさ…ん」
さま、と言いかけて慌てて語尾を変えたことに、立ち尽くす三人は気付かなかった。
様付けがデフォルトのエリシアに、さん付けを進めたのは友人であるという設定上不可欠なものである。
「お嬢様。はしゃぐのはかまいませんが、足元にはお気をつけて」
対してキースはエリシアを名前呼びにさん付けはどうしても出来ず、良家の娘という設定のエリシアの家人というにして、『お嬢様』呼びを進めた。
それでも十分抵抗があるのだろうが、仕方のないこととなんとか飲み込んだようだ。
護衛任務が身にしみついた習性か、ため息をつきつつも周囲に視線を走らせる。
その為、最初に三人に気付いたのはキースだった。
蒼い顔をした三人の少女。
呆然と立ち尽くし、その視界はタケルとエリシアに固定されている。
(アレ、か)
トーコ曰く、はた迷惑な恋する乙女。
思考と行動はぶっとんでいるが、その恋心は純粋で、強固。
だからこそ。
『はっきりとけじめをつけなければいけない』
そう言った表情はけして不愉快そうではなかった。
しなければならないから、する。
それだけのことなんだろう。
側にいたヤマトは顔をしかめていたが。
ヤマトにしてみれば、現在一番矛先が向いているトーコの安全確保が最大の理由だからだ。
キースが気付いたのとほとんど時を違えず、ヤマトもまた三人に気付いた。
「ああリツカちゃん。……と、タケルのお友達だよね?」
「あ」
軽くタケルの腕を叩いて、告げられた言葉に視線を向けたタケルに、三人はびくりと震えた。
その様子をみて、どこかぎこちなく表情をこわばらせる。
「……タケル?」
気遣わしげにタケルを見やり、言葉を迷っているのに気付いたエリシアは、気を引き締め三人に向かい合う。
普段他国の貴人に挨拶する時のように背筋をピンと伸ばし、笑顔を作る。
「タケルの、お友達ですか? お初にお目にかかります、エリシアと申します」
軽く膝を折り、大仰にならないように礼をする。
まるで、『一国の姫のような』完璧な礼には、どこか威厳のようなものも感じさせる。
「あ、私は七宮ミナコですわ」
「私は鈴成リツカだ」
「天童スミレです」
声が震えないように意識しているのだとわかる声で、名乗った三人にエリシアは悠然と微笑んだ。
「っ、あ、貴女はタケルとはどういう関係ですの?」
冷静さを保とうとして失敗したミナコが叩きつけるように問い掛ける。
それにエリシアは目を瞬く。
「それは…」
ちらりとタケルを見て、取り決めてあった言葉を口にする。
「先日から、お付き合い、させてもらっています」
「っ!?」
タケルが言っていたのと同様の内容に、表情を強張らせる。
それを見たエリシアとタケルの胸に罪悪感がこみ上げる。
だが、それを表には出さないように堪える。
(本当は、そんなこと、ない)
タケルのことは本当に好きだけど、立場に縛られた自分には容易に告白することすらできない。
それどころか、利用しようとした。実際に利用もした、卑怯な人間だ。
エリシアのことは本当に好きだけど、未熟な自分には、彼女の側で、彼女を支える資格も能力も欠けている。
勇者としての役割を終えた自分が、本当に彼女にふさわしいのか、まだわからない。
それでもその人を手放せないから。
嘘をつく。
「うん。そういうこと、なんだ。だから」
手を伸ばし、エリシアの手をぎゅっと握る。
「…………ごめん」
せめて目はそらさないように。
それだけを意識して三人を見たタケルに、言葉を失う。
先ほど、和やかに会話していた時の二人の空気。
それは気恥ずかしいほどにやわらかくて、暖かくて。
漂う空気は幸せそうな恋人たちのソレで。
否定できない。
あんな笑顔を自分たちは知らない。
いつだって、ちょっと困ったように、それでも優しく苦笑していたタケルに、その笑顔こそが自分たちへの愛情のカケラだと思っていたけれど。
本心を見ないようにして、眼をそらしていたことを知る。
「―――ッ!」
「あ、ミナコ!」
身をひるがえして、無言で駆けだしたミナコに慌てて、リツカもまた泣きそうな顔でタケルを見て、走り去る。
「わ、私も…」
一拍置いて、スミレもその場を逃げ出す。
三人とも、その謝罪の言葉の意味を理解したが故に、何一つ言えなかった。
「……これで少しはわかってもらえたかな」
ぽつりと呟いた声はヤマト。
「後味は悪いが、仕方あるまい」
淡々と言ったのはキース。
手をつなぎ合った二人は俯いていた。
「ゴメン、エリシア、こんなことに巻き込んで」
「い、いえ! 私は自分から志願したんですから!」
率先して参加したのは自分だと、首を振る。
(それどころか、普段一緒に居られない自分が安心するために、嬉々として臨んだ)
そんな自分に気がついて、眼を伏せる。
(本当にこれでよかったのかな)
言葉に出せない疑問は重く、タケルの胸に沈んだ。