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42. 嵐の前触れ






 ここが正念場だった。

 

「おはよう! タケル!」

「おはようですわ!」

「おはよう、タケル君」

 登校直後、ここ二カ月余り、ほぼ毎日繰り広げられた光景がそこにあった。

 学校についたタケルに誰が一番挨拶するかと競っているらしい彼女達。

 その満面の笑みを前に、思わず尻込みしそうになった。

「お、おはよう」

 最初はビビって腰が引けていたが、最近は慣れ始めて普通に返せるようになっていた。

 だがしかし、今日は違う。

 今日は、このどこか生温かい関係を大きく動かすのだ。

「どうかした?」

「うん、ちょっと話が、あって」

 いつもと様子の違う自分に気付いたのだろう。

 リツカが小首を傾げて問いかけてくる。

 それにぎこちなく頷く。

「話しってなんですの?」

「ええと」

 言いかけて、自分たちが立ち止まっているせいで、靴箱周囲で邪魔になっていることに気付く。

 そして、好奇心と少しばかり迷惑そうな他の生徒の視線や様子にも。

「……場所、変えようか。時間は……うん、大丈夫そうだし」

 ちらりと時計に目をやってから頷く。

「いい?」

「それはもちろん、かまいませんけど……」

 戸惑ったように了承するミナコ達に頷いて、手早く上履きに履き替える。

「どこか人がいない部屋がいい?」

 気遣わしげに声をかけてきたのはスミレ。

 さすが委員長。

 気配りは三人の中で飛びぬけて出来る。

「そうだね。どこかある?」

「空き教室がいいんじゃないかな」

「うん、ありがとう」

 ちょっと考えて出された提案に笑顔で頷くと、スミレは嬉しそうに笑う。

(う…)

 それに罪悪感を感じてしまうのは自分がヘタレだからだろうか。

 だがしかし、言わないわけにはいかない。

 今日の放課後、エリシア達は学校に来る。

 エリシアのこちらの世界での滞在日程は三日。

 昨日で一日、今日の顔合わせ、明日の夕方にはまたあちらへと帰る。

 チャンスはたったの一度だ。

 必死に冷静さと取り繕って、三人を連れて、空き教室へと向かう。

 その姿を友人たちが見て、首をかしげていることにも気付かなかった。


「何だアレ?」

「タケル君……手と足が同時に…」

「ちょ! どんだけ緊張っ…ぶくく…」

「笑いごとじゃないってば、マモル」

「……アレ!? チカ、あっち見てみ? トーコちゃん、カナメ先輩と一緒に登校してきた!」

「嘘! ほんとだ…。目立つの嫌いなトーコちゃんが」

「…………マジで笑いごとじゃなくね?」

「…嵐の予感……」

 当事者以外で、この異変に注目したのはやはり二人の旧友だった。

 



 静かな無人の教室に足を踏み入れ、三人もまた入ってドアを閉めたのを確認して、タケルは大きく深呼吸をした。

「……あのさ、前に話したことがあったと思うんだけど」

「え?」

 そう前置きをして口火を切る。

「俺には好きな人がいるって話」

「……っそれ、は」

「金髪で青い目の女の子ってヤツ? またそんな嘘を」

「そうだよ、そんな人聞いたことも見たこともないし!」

 三人はそれなりに情報通だ。

 リツカはヤマトと同じ道場で知り合いが多い。

 スミレは委員長として、他の生徒からの情報を得ることもできるし、ミナコはこっそり、家人に調べさせたりしたのだ。

 だから三人はまた、タケルがそうやって三人を突き放そうとしてるだけだと思った。

「違う! 嘘じゃない!」

 だから、タケルが声を荒げた時、息をのんで凍りついた。

「彼女は……エリシア、は、本当にいて、その……俺の告白を受け入れてくれたんだ」

 片思いの相手と言うより、付き合っているといったほうがいいだろう、というブレイン役の二人、トーコとヤマトの提案で、そういうことになった。

 実際には告白などできてすらいないのだが、ここはそういうしかない。

 思わず、顔が赤くなるのは、経験値の低さゆえ。

 だが、それが逆に真実味を与えていた。

「信じられないのも、仕方ないと思う。彼女は留学生で、めったに逢えないから」

 二カ月ぶりにあった彼女の笑顔を思い出しながら、呟く。

「でも、今コッチに来てて……、だから、逢ってくれないかな」

 その言葉に三人が蒼白になった。

 自分たちに突きつけられたのが、最後通牒だと気付いたからだ。

 誰が選ばれるか、この三人の誰がタケルを手に入れるか。

 そんな想いから繰り広げられていた『勝負ゲーム』が終わるかもしれない予感。

 逢いたくない。

 心底逢いたくない。

 リツカとミナコは友達になった。

 その二人とスミレもまた徐々に距離を縮めていた。

 三人はある意味、好敵手であり、同胞だった。

 人とのかかわり方が下手くそな自分たちは、今の関係が壊れたら、どう修復したらよいのかわからないのだ。

 それに、タケルへと向ける感情だった確かに本物だと思っていたから。

 そうでなければ、二カ月も続くはずがないのだ。

「お願い」

 そう言って、頭を下げたタケルを見て、唇を震わせる。

「…わかった」

 最初に答えたのはリツカだった。

「リツカちゃん」

「っでも! もしそのコが、タケルにふさわしくなかったら! 私はやっぱり勝負をする!」

 はじけた声に、ミナコもスミレもはっと息をのんだ。

「そ、そうですわ! そう簡単に認めるわけにはいきませんわ!」

「う、うん!」

「……う」

(そう来ちゃうのかぁ……)

 こみ上げてきたため息は何とか飲み込む。

「うん、じゃあ、とりあえず、放課後来ることになってるから」

「わかりましたわ」

「うん…」

 しぶしぶ三人が頷くのを見て、まずは一段落と一息つく。

 そして、チャイムを前に、よろよろしながら教室に向かう三人に続いて、タケルもまた教室へと向かうのだった。

 

 

 

 

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