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36. 兄との対面



 トーコの心配をよそに、夕食の親子丼は好評であった。

 よほどな御馳走を食べたかのように感激するエリシアに、安売りで買いすぎた卵の消費を狙っただけなんだよね、とは言えず。

 にっこりと笑って誤魔化しているそんな時だった。

 トーコ宅のチャイムが鳴り響いたのは。

「ヤマト兄かな?」

「たぶんね。出てくる」

 トーコを見てそう言ったタケルに頷いて、玄関へと向かう。

「はいはーい、どちら様ですか?」

「俺だよ」

「だと思った」

 ドアの向こうから聞こえた声に頷いて、施錠を外す。

 一応お決まりのように聞いたのは、確認せずにドアを開けては、当のヤマトに叱られるからだ。

 そこにいたヤマトは既に部屋着で、一度家に帰ってきたのがわかる。

「夕ご飯は?」

「食べてきたよ。今日おばさんもおじさんもいないんだって?」

「うん。旅行中。好都合なことに」

「まぁ、色々と手間は省けたな」

「日ごろの行いのよさだね。主にタケルの」

 唐突な来訪が予測されていた彼らをどこに泊めるかの打ち合わせもしてあったのだが、その必要もなかったようだ。

「で、彼女は?」

「こっちー」

 玄関で話していてもらちが明かない。

 二人でリビングに移動する。

「はい、ヤマト兄来たよー」

 室内に軽く声をかけつつ先にトーコが入り、その後ろからヤマトも足を踏み入れる。

 部屋の中央付近、緊張した面持ちで立っているのはエリシアとキース。

 片や金髪碧眼の美少女。

 片や生真面目そうな顔立ちの、こげ茶短髪の少年。

「お初にお目にかかります。サンクトゥス王国第二王女エリシアと申します」

「エリシア姫第一騎士のキースと申します」

「タケルの兄のヤマトです」

 それが正式な例なのだろう。

 ワンピースの裾を持ち、優雅に膝を折り頭を垂れるエリシアと、胸の前に腕を地面と水平に出し、僅かに頭を下げるキースに、ヤマトも会釈を返して名乗った。

「あれ? 私の時、アレなかったよ?」

「お前がいきなり暴走して、それどころじゃなかったからだろ」

「うんまぁごめん。…確かにあの騒ぎの後でコレやられても爆笑してた自信あるわ」

 今さら取り繕ってる、マジウケル、と笑い転げてたであろう自分を思って頷くトーコを呆れたように見て。

「何やったの、トーコ」

「……えへ」

 誤魔化すように笑ってちょこんと小首をかしげて見せるトーコにため息。

 そんなトーコとの会話で、ヤマトの肩からはすっと力が抜けた。

 漂っていた緊張感のようなものが霧散したことに、エリシアは感激に震える。

『流石お姉さま! 私たちの為に空気を和らげて下さった』と心の中で呟いているのだが、残念なことに、単なる素である。

「しかし、こうして見るともう疑いようもないなぁ」

 まじまじと二人を見つめて零れるため息。

 二人の姿はとても日本人には見えない。

 容姿はもとより、立ち振る舞いもだ。

 堂に入ってるそれは、付け焼刃で身につけられるものではない。

 理性ある常識人なヤマトが最後の最後まで捨てられなかった疑いが解けた。

「あの…」

「何かな?」

 おずおずとかけられた声にヤマトが向き直る。

「本当に、申し訳ありませんでした。私たちは、弟君であられるタケル殿を我が国、我が世界の為に、危険にさらしてしまいました。それには命の危険すら含まれていたのです。謝罪のしようもございません」

 真剣な表情で言いながら、自身の胸元でぎゅっと拳を握りしめる。

「いや! それは…」

「タケルは黙ってなさい」

「でもトーコ!」

「いーの」

 慌てて弁解しようとしたのは当のタケル。

 そしてそれを制止したのがトーコだ。

 それでも食い下がろうとしているタケルをヤマトはじっと見た。

 次に、タケルよりヤマトを見ているトーコの表情を。

 エリシアに視線を戻したのはそのあと。

「いや、タケルが貴女方の力となり、助けとなれたのなら、兄として喜ばしいことだ。おかげで、タケルがよい成長を遂げたなら尚の事」

 ヤマトの口から責めるような言葉がでなかったことに、タケルがほっと息をついた。

「だが、この言葉は、タケルが無事であったから言えたことだと心得ていてもらいたい。タケルは俺にとって、大事な弟だ」

「…はい」

「ヤマト兄…」

「タケル、お前もだぞ。頼むからあまり心配をさせてくれるな」

 そのセリフは重かった。

 今の三兄弟の家は、既に一人、家族を喪失している。

 尊敬する伯父の行方不明。

 これ以上似た事例が重なることは、何としても避けたいのだ。

(ましてやお前は、トーコの命綱なんだから)

 飲み込んだ一言はヤマトの胸の内だけに。

 だが、タケルとて自覚があるはずだ。

 だからこそ。

「わかった」

 頷く表情は硬く、険しい。

「わかってるならいいさ」

 そんな様子にふっと微笑む。


「落ち着いたところで座って話でもしようか。なんか飲み物淹れてくるね」

「あ、手伝います!」

「座ってていいんだよ?」

「いえ、手伝わせてほしいんです!」

「そう、じゃあ、お願いしていいかな」

「はい! トーコお姉さま!」

 はいっと挙手したエリシアに苦笑。

 何これ。お義母さん、お手伝いします。あら悪いわね的会話。

 笑いそうな自分をぐっと抑えて、トーコはエリシアを手招きで側まで呼んで、キッチンに向かう。

 そんな一連の女子二人の会話をヤマトは無言で聞き、見送った。

 室内に漂う沈黙は数秒。

「…………。え? 何それ」

「うん…。俺もよくわかんないうちにそういうことになってた」

「なってたのか…」

 そうか、と遠い目で呟いて。

 トーコらしいなぁ、と嘆息する。

「そ、それで納得してしまえるのか?」

 呆れつつもその状況を受け入れてしまったように見えるヤマトにキースが問う。

「しまえるね。厄介なことに」

「トーコだしな」

 その表情に僅かな苦みがある。

 増してゆくばかりの不可解さにキースは我知らず眉を寄せた。

「本当に何者なんだ、彼女は」

「トーコはトーコさ。家族思いで、幼馴染思いで、ちょっと無謀なところもあって」

「不器用で心配性で、俺たちを守ることに必死で、でも守らせてくれない。……優しすぎる、ただの女の子だよ」

 囁くようにそう言って、二人は寂しそうに笑った。

 


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