35. 再会後の語らい
大変お待たせしました。
今回はちょっと長めかなぁ。
テンポよい会話を書くのは難しい。
「じゃあそろそろ」
おもむろにそう言って、三人を見る。
そんなトーコに、異世界組の二人は元より、タケルも姿勢を正した。
何を言い出すつもりか、まさか今からキースへの糾弾が始まるのかと緊張したタケルの前で、トーコはあっさりと言う。
「とりあえず、お夕飯作ってくるわ」
「…………は?」
「うん? だからお夕飯……好き嫌いない? あ、タケルも食べてく?」
その日常の単語に拍子抜け。
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「そりゃまぁ、いいならもちろん。……え、でもトーコ」
「なあに?」
「他に聞くこととか、言いたいこととか…」
「ああ」
なんとも言い難い表情になっているタケルを見て、何を困惑しているのかがわかって。
へらり、といつものように笑う。
「うん、なくはないけど、後ででいいや。ご飯食べながらとか、満腹になってからとかで」
そう言って異世界組を見て。
「どうせ大したものは作れないけどね。お城の食事みたいなのは期待しないでよ?」
「そんなこと! 旅の間は庶民の食堂だって行ってましたし」
「作ってもらったものに口出しするほどいやしい真似はせん!」
ぐっと拳を握って身を乗り出す二人にぷっと吹き出して。
「いやぁ、そこまで過剰にリアクションされると態とまずく作りたい衝動に駆られるなぁ」
「このドSが! トーコ、普通に料理上手いんだから普通にしててください!」
その極悪な悪戯に出た場合、自分にまで及ぶ被害だろう。
そのことを思い、慌てるタケルの前で小首を傾げる。
「そうソレ。最近よく言われるんだよね。ドSって」
「え、嘘。まさか無自覚?」
「いや割と自覚はしてる。超楽しい」
「確信犯かよ! より性質悪いわ!」
「あはっ」
そんな言葉の応酬を繰り広げたトーコが満足げに笑って、リビングの出入り口である扉に向かおうとする。
「あ! トーコお姉さま! 私も何かお手伝いを!」
「いやいや、それじゃ意味ないし」
「は?」
やや呆然と二人のやり取りを見ていたエリシアが声をあげるが、それも笑顔で断ち切って。
「……じゃあ、片づけだけ、手伝ってくれる?」
「は、はい! え、あの意味ないって何が」
「はいはい、行ってきます」
理解できなかった言葉にすがるエリシアに向けた微笑みは優しく。
しかし、答えることなく部屋から出ていく。
それを見送って固まっているエリシアにタケルが苦笑した。
「なんなのだ? 何を言ってるんだ」
「だからつまりさ」
「え?」
訝しげな二人の前でタケルが笑って。
「再会したんだから、つもる話もあるだろうって」
トーコがいてはできない内輪の話もあるだろうと。
「ゆっくり再会を喜んでろ、ってコト」
はにかむように笑ったタケルに二人は話したいことがいっぱいあったことを思い出し。
つられるように笑顔になった。
ひとしきり、残してきたもう一人の仲間や、国の状況、魔物の動きなどの報告を終えてから、タケルは感心したように呟いた。
「それにしても、エリシアはトーコに気に入られたみたいだなぁ」
「え? そうかしら?」
そう答えるエリシアの表情は嬉しくてたまらない様子。
トーコが人を見る目を信用している。
それはトーコがタケルを信用していると同じことだ。
自分が好きになった相手だから、という贔屓目など、トーコには期待できない。
それでも一目でエリシアを気に入ったなら、それはやなりエリシアの人柄によるものだ。
そして、エリシア。
エリシアは『タケルの姉兼妹兼母』というとんでもないトーコの自己紹介を信じているし、それはある意味で間違いではない。
それはトーコを尊敬すべき凄い人、という認識にしてしまった。
だからこそ、最初は委縮して、緊張していたのだが、ほんの数分の接触でここまでも心酔するほどではあるまい。
「そうだったら、嬉しいです」
頬を上気させて笑うエリシアは可愛らしく、無邪気だ。
そんな様子を釈然としない様子で見ているキースに視線を移し。
「そんでキースはやらかしてくれたな」
「っ! 何をだ!」
「わかってない辺り手に負えないよな……。もういーや、お前一遍へこまされてこい」
「へこまされ? 俺があの女に負けるとでも?」
「キース! お姉さまの侮辱をするのはやめなさい!」
「し、しかし姫様!」
反射的に返答したキースを窘めるエリシアをまじまじと見る。
「……なぁ、さっきさ、トーコとどんな話をしてその、いい子いい子? になったんだ?」
「え」
募る不可思議さに問いかける。
その問いにエリシアは目を瞬かせる。
説明をするには、ずっと自分が抱いていた『タケルを犠牲にした』という罪悪感を懺悔し、それが辛く苦しいのは『タケルが好きで好きでたまらないからだ』という想いを白状しなければならないわけで。
(む、無理!)
そんな覚悟などまだできていない。
「な、内緒です!」
「え、何で」
「何ででもです!内緒です! 秘密です!」
ぶわっと耳まで真っ赤になったエリシアに驚いて、目を瞬かせる。
「何それホントに何の話を」
「だからそのっ……ずっと、ずっと私が悩んでいたことを一目で見透かしてしまわれたのです」
タケルを見ないように目をそらして、胸の前で指を組む。
そのままもじもじと動かしながら。
「ずっと苦しかったことが、あって。…私はそのことを言っていないのにあっさり見ぬいて受け止めてくださったんです」
『もう傷つかなくていいんだよ』、と。
『もう自分を責めなくていいんだよ』、と。
その声を思い出すだけで、エリシアの口元が綻ぶ。
「ひ、姫様が苦しんで…? あの、それはいつから」
少し動揺したように声をかけたのはキース。
「それはだから、ずっと前…。そうね、タケルが聖剣を使いこなし始めたころかしら」
タケルが『勇者』として利用価値を認められてきたころ。
その時から。
「そんなに前!?」
てっきり、ゲート封印後のタケル不在のことだと思っていたキースが驚愕する。
姫はいつだって毅然と頭をあげ、ここまで進んで来られていると思っていたからだ。
尊い血筋にふさわしい、慈悲深い精神と、神に選ばれ授けられた魔術の才。
民の為、国の為、これほど素晴らしい姫の傍仕えであることが誇らしかった。
悩み? 苦しみ?
自分にはそんな素振りを見せなかった。
否、気付かなかった。
それをあの少女は一目で見抜いたという。
信じられない思いで呆然とするキースを横に、タケルが笑う。
「まぁ、よくわかんないけど…うん。そっか。よかったな」
「はい!」
困惑しているキースを尻目に、タケルは無理に聞き出すことを諦めたらしい。
嬉しそうなエリシアを見ているのが嬉しい、と言いたげに頷く。
そんな二人を前に、キースは疎外感のようなものを感じてしまった。
取り残されたような状態のキースを置いて、話題は次のものへと移り変わる。
(とるに足らない、その辺に居るような女と思ったが)
高貴な姫とは比べるべくもない普通の少女。
だが、そんな少女に英雄たる勇者の絶大な信頼を得、姫の苦悩を看破することなどできるだろうか?
自然に眉間を寄せたキースに、ふと気づいたという様子でタケルが問いかけた。
「そういや、トーコの行ってた『変態、痴漢』って何のことだ?」
不意打ちの問いに、フラッシュバックしたのは温かみのある色合いのやわ肌だった。
「んな!?」
かぁっと赤面しソファーから飛びのいたキースに、タケルがたじろぐ。
「違う! あれは不可抗力で!」
「………………キース?」
その弁解が、タケルの神経をざらりと撫でた。
どこかで聞いたようなセリフ。
詳しい説明はいらなかった。
「どこまで…………見ちゃったんだ?」
「っ……タケル!?」
ゆらりと立ち上がったタケルが二人の知らない顔をしていた。
「おい待て!」
ふわりと持ち上がった片手が、宙で静止した瞬間、そこに一振りの剣が出現した。
まるで最初からそこにあったかのように収まるソレ。
「何故聖剣を喚んだ!? 落ち着け!」
「いやだってさ、トーコのどっきりイベントは女の子か、俺たち兄弟だったからセーフだったんだよ」
「な、何を言ってる」
目が据わっていた。
明らかすぎる殺意に背筋を冷たいものが這い上がる。
「どうせヤマト兄に知られたらヤられるんだし、それならいっそ俺の手でひと思いに」
「待てと言ってるだろうが! 本気か!?」
じりじりと後ずさりするキースの前で、タケルの手が柄に伸び、ぐっと握りこまれ。
「あ、タケル! ヤマト兄にも連絡……何してんの?」
緊張感を粉砕するタイミングで顔を覗かせたトーコが不思議そうに聞く。
「トーコ…」
「うん?…………って、あ! もしかして、コレ、私も怒られるパターン?」
微笑んだタケルの表情にひきつる。
漂う不穏な気配にあわあわと焦って。
「いやあの私まだ、コンロに火かけてるから、戻るっ」
「うん、それは危ないよな。だから後でみっちり…」
「…………あう」
見逃す気はないよ? という声が聞こえた気がして、トーコはがっくりとうなだれた。