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34. ロックオン




 キースに自分の服を見繕い、着せ終えたタケル達が待つリビングに戻ってきたトーコの第一声は。

「さっきいじめないって言ってたけど、いじめちゃった。アハ、ごっめーん」

 というあまりにも、軽い笑いだった。

「は?」

 その笑い飛ばし方に、目が点になる二人に構う気配はない。

 なんの冗談だ? と二人が思いかけた時、おずおずとエリシアが顔をのぞかせた。

「……あの…」

 その目が真っ赤になっていて、二人はぎょっとして立ちあがった。

「ひ、姫様!? 一体何が? 貴様っ」

「ち、違うの! キースこれはね」

「姫様に一体何を…」

 いきり立ち、トーコに詰め寄ろうとしたキース。

 その様子は明らかに怒りで目が眩んでいる。

 相手はただの一般人の少女。

 騎士であるキースに乱暴な手段に出られればなすすべもない。

 トーコには、キースから逃げるだけの反射神経すらないのだ。

 きょとんとした表情のまま、一瞬で近づくキースを見ていたトーコ。

 それを。

「キース! やめなさい!」

「やめろバカ!」

 鋭い声があがったと思うと、トーコの視界がエリシアの背中に代わる。

 エリシアがとっさにトーコの腕を掴んで、自分が前に出て庇ったのだ。

 そして、それと同時にタケルがキースを羽交い絞めにしていた。

「くっ! 離せ! タケル! 姫様何故!」

「落ち着けって言ってんだよ!」

「しかし!」

 もがくキースと抑え込もうと競り合うタケルを、ひょいっとエリシアの背から顔を出してみて、肩をすくめる。

「短絡的だなぁ…」

「何だと!?」

「トーコ! 火に油を注ぐなっつの! ちゃんと説明しろ」

 呆れた口調のトーコに向けられたタケルの言葉を無視して、じっとキースを観察。

 そして、すいっと目を細め、小さく呟いた。

「なるほどね……うん。理解した」

 その口調に、ぎくりとタケルの肩が揺れた。

 これはアレだ、と心のどこかで危険信号が点滅。


 トーコがロックオンした。

 確実に。

 今、キースに何かのフラグが立った。

 そんな確信が。


「何がだ!」

「やめとけ、キース! マジで」

「何がだ! 貴様は姫を泣かされて平気だというのか!」

「お前の為に言ってんだっつの! それに大体、」

「大体なんだ!?」

 言いかけたタケルに被せるように怒鳴ったキースに、真顔で答える。

「トーコは、意味もなく泣かすようなコトしないよ。なんか理由があったんだろ?」

 その言葉に、目をぱちぱちと瞬かせたのは、当のトーコであり。

「さすがタケルです!」

 嬉しそうに破顔したのはエリシアだった。

「……え?」

 一転して嬉しそうなエリシアの顔にキースが驚く。

「私の心の淀みを流して下さっただけです」

「心の淀み?」

 幸せそうに両手で胸を抑え、そう答えたエリシアに、戸惑う。

「そう。そして、頭を撫でてくれたんですよ。こう、いいこいいこ、って」

 頬を僅かに上気させ、幼い子供のように嬉しそうに語るエリシアを呆然と見る。

「い、いいこいいこ?」

 あまりにもそぐわない言葉に、もはや開いた口が塞がらない。

 エリシアの後ろに立っていたトーコは呆然とするキースを一瞥した。

 そんなトーコに気付いて、視線を向けた先で。

「…………」

「……っ!?」

 キースが息を呑む。

 ぞわりと背筋を冷たいものが這い上がった気がして。

 トーコはそこでうっすらと笑った。


 何か大きな失敗をしでかした、気がした。


「はぁ…」

 あちゃーと言いたげに、タケルがぺちっと自分の額を叩いてため息をつき、暴れる気配の収まったキースを解放。

 そして、、やれやれと首を振った。

「ちょ、え…? タケル、今のは」

「俺はもう知らん」

「知らん!? 待て!」

「ちゃんと聞けばよかったんだよ、最初から。怒るより先にさぁ」

「し、しかし……。だ、大体なんなんだ、あの女へのお前の信頼は!?」

 疑う気配をカケラも見せなかったタケルに今頃気づいて詰め寄る先で、タケルは眉を寄せた。

 それは、不満そうな表情でもあり。

「信頼も何もあるか。そもそもトーコが俺の不利になることなんかしないよ」

「はぁ?」

 その言葉に不審げな表情になるキースの間近でぼそりと呟かれる。

 それは他の者には聞こえないほど小さな声。

「しないっていうか、できないっていうか…」

「…?」

「とにかくないんだよ、無理なの」

 訝しげな表情のキースにそう言って、会話を断ち切る。

 そして、トーコに向き直り。

「トーコ、手加減はしてくれよな?」

「えぇー。でも私、偶像化嫌いなんだよ」

「知ってるよ。だけどその土地の風習というか、身分制度とか、ほら、色々あるだろ」

「でも、傍にいる人間の意識って割と重要だよ」

「下手にコイツが暴走して力できたら負けるんだから。もうちょっと自分の身を大切にだな」

「ほう。女に手をあげかねない人種と」

「ま、待て!! 私は由緒正しき騎士の血筋だぞ! そんなことは!?」

「しない、と。へぇぇ、それは楽しみだ」

「…………バカ」

 徐々に逃げ道を塞がれていっていることに気付かないキースに再度ため息。

「……あの…? トーコお姉さま?」

 不穏な空気を感じつつも、何が一体理由なのか分からないエリシアがためらいがちに声をかける。。

 何気なく発せられたその言葉に。

 二人が一瞬、呆けた。

 そして。

 

「「トーコお姉さまぁぁ!?」」


「ちょ、トーコ何それ、え?」

「ひ、姫様!?」

「あー、うん、これはその、私にも予測できなかったびっくりイベントというか」

「うふふふ、トーコ様のようなお姉さまがずっと欲しかったんです。タケルにとっても、血が繋がらないのに姉君であられるなら、私だっていいじゃありませんか!」

 それはそれは嬉しそうに笑って、『ね?』と小首を傾げて笑うエリシアに、苦笑を返して。

「うん、まぁ、なんかそういうことになったらしい」

 ぽりぽりとこめかみを掻きつつ、目線をタケルに送ると、タケルは数回エリシアとトーコを見比べた後、近くにあるソファーにどさりと腰を落とした。

「あー……なんだ。流石オネエサマ。尊敬シマス」

「うむ、存分に尊敬せよ、オトウト」

 お互いに、虚空を見つめたまま交わされた会話は、どこかカタコトで、空々しいものだった。

 



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