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33. いい子いい子





 ぎゅっと握った拳を自身の胸に押しつけるようにして、身を縮める。

 そんなエリシアにトーコは言葉を重ねる。

「私は、英雄譚なんて嫌い」

 淡々とした口調に、感情は含まれていない。

「だって、そういう話には大抵、身勝手に苦しみを押しつけられる英雄が描かれているから」

 綺麗に飾り立てられた美談。

 その裏側にある英雄の苦悩は省略されがちだ。

 描かれていたとしても、その苦悩までもが様式美のように、当たり前にある。

 それが嫌だった。

 何故なら、トーコの傍にはいつだって、英雄の資質といえるものを持つ人がいた。

「できるんだからやれ。選ばれたんだから仕方ない。そんな押しつけや諦めを、さも美しく、『使命』だとか、『運命』だとかって言う人はもっと嫌い」

 エリシアにとっては、耳にタコができるほどに聞いた単語だ。

 タケルは神に選ばれた、勇者となる運命の子だとか、世界を救う使命を持っているだとか。

「完璧な勇者なんて気持ち悪いとしか思わないし、同じく、完璧な聖女とかあり得ないと思ってる」

 感情を込めないまま、切り捨てる言葉は、エリシアの心にひとつひとつ突き刺さった。

 聖女様。

 慈愛に満ち、強く美しい聖王女。

 そう呼ばれていた自分を見透かし、切り捨てる言葉に聞こえて。

「もうし、わけ……」

 強い非難に唇を震わせ、絞り出すような声で謝意を伝えようとする。

 全身がガクガクと震えるような悲しみと罪悪感と心の痛みに耐えながら。

 そうしながらも、心のどこかでほっとしているのは何故だろう?

 責められて、糾弾されて。

 それなのに、何故。

 

 自分の感情を理解できずに混乱するエリシアに、更なる混乱を与えたのは次の一言だった。

 呟くような声での、一言。

「だけど、もういいの」

「…………え…?」

 意識してゆっくりと吐息を吐きだして、その延長のようにぽつりと零れた言葉。

「え、…もう、いいって」

 それに困惑して、顔をあげたエリシアが見たのは、少し顔をしかめながら、それでも怒ってはいない表情。

「だって、タケルがそれを後悔していない」

「っ!」

 その言葉に息を呑んだ。

「納得して、向かい合って、傷ついて、苦しんで。それでも大切なものを得て、笑うなら」

 自分は当事者ではない。

 ただの部外者。

 タケルのことは大切だけど。

 傷つけられて平気なわけはないけど。

 タケルの心はタケルのものだ。

 自分の経験に価値を見出すのは、自分自身でなくてはならない。

「だったら、もうそれでいい」

 ようやく、苦笑に近い表情を浮かべて笑ったトーコを呆然と見る。

「だから、」

 トーコはそう続けながら、ぽかんとこちらを見ているエリシアに近づく。

 呆けたように見つめ返す表情に苦笑を深めて、片手を伸ばし、自分より少し高い位置にあるエリシアの頭を撫でた。

「だから、貴女も、もう傷つかなくていいんだよ」

 撫で撫で、と、年少の者にするように優しく頭を撫でる。

 その言葉といたわるような手つきに、驚いて固まる。

「もう自分を責めなくてもいいんだよ」

 そう、囁かれて気付く。


 そうだ。

 自分はずっとこうして誰かに責められたかった。

 抱え込んだ罪悪感は、誰にも向けることは許されない。

 自分は王女だ。

 この国を守らなくてはならない。

 だけどそれは、タケルを、大好きな男の子を犠牲にすることだ。

 タケルを巻き込まなければよかった等と言うことは、代わりに民に傷つけ、と命ずるに等しい。

 そんなことは言えない。

 誰もこの罪悪感を指摘してはくれない。

 自分だけが抱え込んで、吐きだし口もなく、当のタケルすら責めてくれないのだ。

 そして、褒め称えられることがどれほど苦しかったか。

 そう、自分はずっと、ずっとずっとこうして、誰かが責めてくれるのを待っていたのだ。

 

「……っく、…ひ、ぅ」

 さらさらの髪をなぞるように、何度も何度も頭を撫でてくれる手つきに、再び涙腺が崩壊した。

 繰り返す内に伝わる指先のぬくもり。

 こうして、誰かに頭を撫でられるなんてどれくらいぶりだろう。

 王女であるエリシアの頭を撫でてくれたのは国王である父と王妃である母、第一王女である姉くらいだ。

 それもどれくらい前のことだろう。

 がんばったね、と認めるように。

 もういいんだよ、と慰めるように。

 ゆっくりと上下する手の平。

 それを行っているのが、同い年のはずの少女だということは、もう頭の中から抜けていた。

「ひぅ…うぅぅぅ……うわぁん」

「あは、泣きすぎ泣きすぎ。よしよし」

 本格的に泣きだしたエリシアを軽く笑って引き寄せ、頭を抱き込むと幼子にするように背中をぽんぽんと叩いて宥めてくれた。

 それに素直に甘えて、ひとしきり胸に溜まっていた淀みを涙と共に吐きだす。


 そのままトーコは、泣きやむまでずっとそうしていてくれた。

 

 

「ぅう、ぐずっ……」

「お、泣きやんだ? って、ありゃりゃ、美人が台無し」

 ようやく涙を納めて顔をあげたエリシアを腕から解放して、苦笑。

「はい、ティッシュ。これで拭いて。…あ、使い捨てだからこっちゴミ箱ね」

「うう、すいません」

 差し出されたティッシュを素直に受け取って、顔を拭く。

 そんなエリシアを満足げに見ているトーコをちらりと上目づかい。

「ん?」

「その……ありがとう、ございました」

「なんのなんの」

 ずびっとちょっと鼻をすすってから、改めて頭を下げるエリシアに、トーコは軽く答える。

 そんなトーコに向かい、エリシアが泣き笑いを浮かべた

「あの、私はトーコさまの優しさに、報いることが出来るように、努力します」

 もう、タケルから初めてトーコのことを聞いた時のような妬みはない。

 今はもう、優しさと懐の広さに、好意しかない。

 例え、と心の中で呟き、胸の痛みに歪みそうになる表情を必死でこらえて笑った。

「嫌われていても」

「…………は?」

 また泣き出しそうなのを必死で我慢している様子に小首をかしげる。

「私がいつ嫌いとか言った?」

「え? だって、さっき完璧な聖女は嫌い、て」

 見つめ返すきょとんとした様子に、目を瞬くと、ぷは、と笑い出した。

「ほほう、つまり自分は完璧な聖女であると」

「え!? いや、そんなつもりじゃ!」

 タケルが聞けば、完璧にからかうときの声音だとわかるのだが、エリシアにはわからず、うろたえた声を上げる。

「私には、我慢しすぎの真面目っこで、泣き虫で、パニック体質の、割と残念なお姫様に見えるけどねぇ」

 くつくつと笑いをこらえながらの言葉に真っ赤になる。

 何一つ否定できなかった。

 しかし、そこまで言うことはあるまい。

「トーコさま、ひどい……」

 むぅと口を尖らせたエリシアをおかしそうに笑う。

 その様子にいつしか釣られてエリシアも笑う。

「よしよし、その顔は可愛い可愛い」

 再び、ぽんぽんと頭を撫でる手つきは、気安くて、こそばゆい。

 嬉しさに口元が綻んで、笑みが深まる。

「なんていうか、トーコさまって…お姉さまみたい」

「まぁ、タケルの姉兼母でもあるからねぇ」

 何気なく答えながら、大人しく頭を預けるエリシアから、手を引く。

(このコもヤマト兄みたいな無理に自分を作ります系の子だったか)

 まぁ、でもこれで落ち着いたかな、と心の中で呟きながら、トーコは足元に落としてしまっていたワンピースを拾い上げた。

 その背に、エリシアの爆弾発言が落ちてくるとは知らずに。

「トーコさま」

「ん?」


「『トーコお姉さま』って呼んでいいですか?」


「…………ん?」

 理解できない単語に顔をあげたトーコの前には、キラキラと目を輝かせ、返事を待つエリシアの姿。

 

「…………うん、これも予想外」



 どこまでもこの天然姫は自分の予想の範疇外にいくな、と思わず遠い目になるトーコだった。

 


姫様はド天然でしたその二。

これが2011年ラストの投稿となります。

来年もこんなペースでぼちぼちやっていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

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