32. 告解
「とりあえずさ、服装を何とかしようか」
「そうだな」
トーコ宅のリビングにて、二人をまじまじと見たトーコが最初に言ったのがそれだった。
日常生活にはやや不都合のある格好の二人。
片やドレス姿、片や西洋の鎧姿。
事情を知らない人が見たら不審者として通報されること請け合いである。
特にキースは帯剣しているのだ。
「エリシアさんは私の服じゃ無理かなぁ……んー…お母さんの服を漁ってみる」
「キースは俺の服で合うだろ」
上から下までを見て、うんうんとうなずくと、エリシアを見上げ。
「じゃあ、来てくれる?」
「は、はい!」
まだちょっと緊張しているような声で言い、慌ててトーコのそばに駆け寄る。
それをキースが心配そうに見ていた。
それに気付いて、トーコが小首をかしげる。
「大丈夫。いじめないってば」
「…………いやしかし、だな」
「女子の着替えが見たいと?」
「な!? そそそんなことはない!」
「はい。じゃあ、タケルの服を借りて着替えといて」
「む…。わかった…」
騎士としてそばに仕えているべき自分が離れてよいものか。
いかにタケルの知人とはいえ、そこまで信頼してよいものかと、思案するそぶりだったのを、あっさりと見抜かれたあげく、20秒程度で説得されたキースを置いて、二人はリビングを出て行った。
「…………」
「…………」
そして、室内に漂った微妙な空気。
生温かいタケルの目線に気付いたキースが、ちょっと気まずげな声をあげる。
「な、なんだその目は?」
「いや、トーコすげえなと思って」
「ぐ……」
「気にしなくていいよ。トーコはあーいうヤツだから。ほら、俺もさ……」
「…………お前も、か」
「うん」
簡単に手のひらで転がされちゃうんだーと乾いた口調で呟いたタケルに、キースは同情の目線を投げかけるのだった。
「これはちょっと……うーん、これはおばちゃん向けだな」
がさごそとクローゼットを漁りながら、当の母親がいたら鉄拳制裁加えられそうなことを呟くトーコ。
エリシアはその後ろで、申し訳なさそうに身を縮めていた。
「すみません、こんな格好で来たから」
エリシアはタケル達と共に旅をした。
それは王女としての身分を隠してのものだったから、市井のことにも詳しいし、旅の最中はもっと動きやすい服装をしていたのだ。
タケルが好きと言ってくれた色の、似合ってると言ってくれたドレス。
それを着て、タケルに逢いたかった。
だが、そんな感傷で迷惑をかけてしまったのだ。
それが申し訳なくて、情けない。
しかし。
「なんで? きれいな色でしょ? 桜色」
「あ…」
「よく似合ってるし、可愛いよ。タケルも好きな色だよ、ソレ」
振り向くことなく、手は衣服を探す動作を続けながらも、からりと言ってのけた言葉に、目を瞬く。
「あ、これなんかいいかも。ワンピース。どう?………ん?」
ようやく着れそうな、落ち着いたワインレッドのワンピースを発見。
振り返ったトーコが戸惑いの声をあげた。
エリシアが強張った表情で、そこにいたからだ。
「どうかした?」
きょとんと不思議そうに見つめ返すトーコに、心のどこかにあった罪悪感が掘り起こされた。
ドレスを見て、タケルと同じ感想が出てくる。
好きな色だって、当たり前に知ってる。
それは彼女がずっとずっと、タケルの傍にいた証で。
『貴女が、うちのタケルを危険にさらしたという『エリシアさん』ですか』
そう言った彼女の鋭い目線と、強い表情を思い出す。
後で、過保護な家族として認識させようと思った、と彼女は言ったけど、本当にそれだけ?
これだけ、タケルの傍に居た人が、心配しないわけなんて。
「っ!!」
ぼろり、と涙が零れ落ちて、驚いたのはむしろエリシアだった。
「え!? ちょっとエリシアさん?」
「あ、ご、ごめんなさい。あの…違う、違っ」
慌てて、涙を止めようとするが、どんどん溢れてくる。
「違うんです、あの、私、おか、おかしいなあれ…?」
なんとか治めようと両目をこするエリシアを見て、トーコは苦笑した。
「……緊張が解けたとか?」
「そう、じゃなくて」
「ん?」
幼子に聞くように、優しい声になったトーコに、心の箍が外れた。
「ごめん、なさい。タケルを危険にさら、して」
「ああ、さっきのか。あちゃ~。ごめん。そこまで気にしなくていいから。紛らわしかったね」
やはり、あれは芝居なのだと伝えようとしてくるトーコにぶんぶんと首を振る。
「私たちの世界は、私たちだけでなんとかするべきだったんです。…他の世界からタケルを巻き込む、なんて」
タケルがこちらの世界に帰ってからの会合で、否、本当は滞在中もずっと。
「『勇者』を便利な道具のように、自分勝手な理由で飾り立てて、死地へと向かわせた」
タケルの前では敬う素振りを見せていた貴族の一部が、裏で笑っていたのを知っている。
『異世界などという得体の知れないとこからきたガキだが、利用価値はある』
そう言って、笑いあっていた。
それを聞いた瞬間、頭が沸騰するほどの怒りを覚えた。
「タケルは、普通の、優しい男の子だったのに」
虫を殺すことも厭うような、優しい優しい男の子だったのに。
敵と戦うことを覚えさせた。
死なない為に、命を奪うことに慣れさせた。
その傲慢を、当たり前だと笑う人たちがいた。
身勝手な言動に、思考に、憎しみも感じた。
だけど、同時に心のどこかが冷える。
(私も、同じだ)
自分たちで手に負えないから、勇者を召喚しよう。
そう言い出したのは他でもない自分だったではないか。
あの時の自分は、まだ見ぬ勇者を、勝手に美化して、正当化して、自分たちの為に戦ってくれて当たり前だと思ってやしなかったか。
今、タケルを大切な存在だと思う自分が、目の前からタケルを奪い去られて、命の危険に晒されたら?
冷静でいられるわけがない。
トーコの存在は、タケルの話の端々に出てきていた。
『幼馴染で、家族みたいな女の子』
その時はただ密かに嫉妬するばかりだったけど。
拗ねた自分を執り成すタケルを相手に、ほんわかとした時間を過ごしていた間、気が狂わんばかりに心配していたかもしれない人に、申し訳なさが募る。
胸の前でぎゅっと手を合わせて握りこみ、肩を震わせて涙をこぼす。
「私たちが、ふがいないばかりに……」
だから、もっと責められてしかるべきなのです。
そう囁く。
雨に打たれた花のように、悄然と立ち尽くす。
そんな彼女に。
ようやく、なんで泣いているのかを理解したトーコは肺の奥から息を吐き出すように、静かに長く吐息をついた。
ため息のようなソレに、びくりと肩を震わせるエリシアに、驚き戸惑いを浮かべていた表情を別の表情へと変える。
「…………そうだね」
そうして、返された言葉は突き放すものだった。