3. 厄介事はごめんです
あれから。
本人いわく二ヶ月ぶりに帰ってきた日から十日間。
事態は急変していた。
「タケルくん、あの、クッキー焼いてきたの? 食べない?」
「タケル! そんなものより、高級チョコレートを持ってきたんですの。こっちを食べて下さいませ!」
「食べ物で釣ろうなど、下賤な! タケル。と、ところで、ごほん、わ、私の手作り弁当などどうか?」
タケルの周囲にいる女の子が増殖していた。
「い、いやあの、……俺、あんまり腹減ってないっていうか……」
三人の少女の様子にたじたじになっているタケルは、完全に逃げ腰だ。
「あんまりおなか空いてないの? じゃあ、お弁当なんて重たいものはナシだね」
「そ、そんな!?」
「はっ! 策に溺れましたわね! ワタクシのタケルにこざかしい真似をするからですわ」
「誰が、貴女のタケルなんです。タケル君は……」
「顔を赤らめるな! お前の物でもないわ!」
「ま、まだ何も言ってないでしょう!?」
「ふん、考えていることなどお見通しだ。おとなしい顔をしてハレンチな」
「貴女こそ潔癖そうな顔をしておいて、浅ましいです!」
「醜い争いですわね。何を言ったとて、タケルはワタクシのものですわ!」
「誰がお前のだ。お前のような高慢ちきがタケルに相応しいとでも思っているのか」
「な、なんて侮辱をっ」
(あーあ、またか)
思わずため息が零れた。
帰ってきた翌日、タケルが助けた委員長。
天童スミレは、トーコも見守っていたあのタイミングでタケルにオチていた。
その日の内にタケルへを急接近し、はにかみながらも積極的に接触を繰り返し始めている。
その二日後、同じ学年ながらも、大富豪で高慢な性格ゆえに周囲から浮いていた七宮ミナコは、学校帰りに誘拐されそうになったところタケルによって救われた。
その翌日から、タケルこそ自分の騎士として、傍に張り付くようになった。
更にその三日後、剣道部のルーキーと言える生徒、鈴成リツカが戦いを挑んできた。
どうやら部に所属していたヤマト兄が三年生になって引退した為、実力が急降下したことを憂いて、ヤマト兄の弟であるタケルならば、と期待をかけてきたらしい。
それに勝利したタケルにリツカもまた、自分より強いうえ、優しさまで持ちあわせたタケルに恋をしたようだった。
ここまでで一週間。
以降、毎日のように三人がせめぎ合っている。
それは周囲にも多大な迷惑と騒動を引き起こしているのだ。
今日は朝のHR前に始まった口論のせいで、一時限目が遅れた。
三人とも個性が強く、教師にすら制御が難しい。
生徒など早々に触らぬ神にたたりなしの姿勢だ。
タケルは三人をなんとか宥めようとしているが、とてもじゃないが収まる気配はない。
本当はしっかりと叱って、コントロールしてほしいものだが、それを責めるのは少し酷だろう。
何しろ、タケルはこれまでモテナイ男子だったのだ。
イケてない、年齢=彼女いない歴なヘタレ男子高校生。
突然とびきりの美少女ばかり、しかも個性と押しの強さはピカイチという少女ばかりに囲まれて、強気に出れるはずもない。
(これがヤマト兄だったらなぁ……)
はぁ、と更にため息。
ヤマトは幼少時よりこの環境だったこともあり、自衛手段的にある程度抑えるこもできる。
だが、タケルにそのスキルはない。
とりあえず今切実に思うのは、早くそのスキルを身につけてほしい。
その一点につきる。
「トーコちゃん」
「ん?」
ぼんやりとそんなこと考えていたトーコに声をかける人物があった。
トーコの友人であるチカだ。
「何?チカ」
「いいの? アレ」
漠然とした問いはちらりとタケルを見ながら。
「何が?」
「だって、タケルくん……トーコちゃんというものがありながら」
「…………は?」
チカの言葉に小首を傾げる。
「だって、付き合ってるんじゃないの?」
「……はぁぁ!?」
彼女の言いだした言葉に思わず声をあげてしまう。
チカはトーコとタケル、共通の友人でもある。
小学校からの。
「まさか、小学校の頃の騒動信じてたの!?」
「え……違うの?」
あの騒動から6年余り。
その間、ずっと信じていたらしい彼女に呆れた声を上げる。
「私はからかわれないために学校では離れてるだけだって思ってた……」
「とっくに皆忘れたと思ってた。あれは……」
ため息混じりに説明しようとしたその時、不自然に教室が静かなことに気付いた。
そして直後。
「……なんですって?」
背後に、気配を感じた。
振り向きたくない。
「ちょっと詳しく聞かせて頂けるかしら?」
正面に立つチカの顔が青ざめていた。
振り向かなくても分かる気配が三つ。
肺の奥から絞り出すような重たいため息をひとつ。
ああもう。
やっぱり厄介なことになった……。
平穏な生活の崩壊はこうして始まったのである。
7/11 調整、改訂しました。