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21. 家族の絆

「そんなに心配してくれるなら、仕事やめちゃおうかなー」

 ぽつりと零した呟き。

 それにちょっと驚いたようにコノハナを見て。

 次いで苦笑する。

「できないでしょう?」

「うぐ……」

「仕事、楽しいでしょう? おじさんの力になれて、傍で仕事してるの、嬉しいでしょう?」

「ううう…………」

「ヤマト兄やタケル、ミコトちゃんには私も、私のお母さんもいる。だけど一人で修羅場ってるおじさんを放ってなんかおけないでしょう?」

「…………あう……」

 朗らかに笑うトーコに返す言葉もなく。

「いいんですよ。無茶さえしないでくれたら。ちゃんと、帰ってきてくれるんなら」

 あの三人だって分かってる。

 そう言ったトーコに苦笑するしかない。

「トーコちゃん、お母さんみたい」

「お、お母さん!? いくらなんでもそれはっ」

 最近、タケルの小姑で、ヤマトの世話焼き婆みたいだと実感していたトーコに渾身の一撃。

 がっくりと手をついて衝撃を受ける。

「いーじゃない。家族みたいだって思ったんだもの。ミコトだって家族の絵にトーコちゃんを描いたくらいだもの」

 へこんだ様子を見せるトーコを軽く笑う。

 その様子に深い意味……年齢的なことではないのだと分かってため息。

 そして、新しい話題の一つに反応して言葉を濁らす。

「あの絵の時の事件は……まぁその」

「ショックだったわね」

「いやいやいや! だからアレは勘違いだったでしょ!?」

 ソファーから起き上がりつつ、頬に手を当て、憂鬱そうな表情を作ったコノハナに慌てて弁解する。

 思い返すのは三年前。

 ミコトの小学校の課題で、家族の絵というものがでたのだ。

 ほとんどの生徒が父母と描いていたらしい。

 そんな中、ミコトが提出した絵には、ヤマトとタケル、そしてトーコが描かれていた。

 ミコトの両親が多忙であることを知っていた担任はそれをいたく心配したのだ。

 娘さんとのコミュニケーション不足では、と家に連絡をしたことで、焦ったのは父と母。

 家族として認められていないのではないか、余りにも放任過ぎて、逆に自分達の方が見限られているのではないかと落ち込む事件があったのだ。

 結論から言うと、完全なる行き違いだった。

 ミコトはちゃんと父は母の絵も描いていたのだ。

 父の絵、母の絵、兄弟とトーコの絵の三枚。

 その内一枚を提出するにあたり、父の絵だけ、母の絵だけ提出することが選べず、それらは両親に直接渡すつもりだった。

 そして、残った兄弟とトーコの絵を学校へ。

 余り構ってやれないことに罪悪感を感じていた二人は、目を潤ませて絵を受け取っていた。

 それは二人の寝室に、今も大事に飾られている。

 以来、二人は無理やり休みをもぎ取っては家族サービスをしている。


「と、とにかく。少し休んでくださいね」

「はーい」

 慌てて話をそらすように言ったトーコにわざとらしい良い子のお返事。

 それを受けて立ち上がる。

「帰る?」

「だってコノハナさん、私がいると休んでくれないんだもの」

 また来ますから、と言い添えて笑う。

 そして小さく手を振ると、部屋から出ようとする。

 その背中に、コノハナが言葉を投げかけた。

「ねぇ、トーコちゃん」

「はい?」

 呼び掛けに振り返ると、先ほどまでの楽しげな表情とは違う、真剣な表情。

「お母さんがダメなら、義妹でどう?」

「――――!」

 その台詞を聞いて、息を呑んだ。

 不意打ちに表情を強張らせ、びくりと震える。

「お義姉ちゃんって呼んでいいんだよ?」

「――――そ、れは」

 苦しげに表情を歪める。

 そして、何かに耐えるようにぎゅっと目を閉じ、指先を胸元で組み合わせる。

 その指にどれだけの力が込められているのか。

 白くなる指先に、コノハナの表情が痛ましげになる。

 心に到来した嵐をやり過ごそうとするかのように数秒動かず。

 否、動けず。

「それは、ダメです」

 一言、一言を絞り出すように言って。

 ゆっくりと目を開けて、微笑んだ。

「サクヤさんが私を好きになってくれるまで、は」

 苦しげに微笑わらう。

 努力して、頑張って、一生懸命作った笑顔。

 笑顔とは言えない笑顔。

 それにはコノハナも何も言えなくなった。

「それじゃあ、お邪魔しました」

 くるりと身を翻して部屋を出る。

 そのまま家から出ていく気配を送って、コノハナはその美しい顔に不似合いな舌打ちをした。

「ああもう、あのバカ弟!」

 吐き捨てるように言う。

 そして。

「トーコちゃん……」

 一転、気遣わしげにトーコの名を呟く。

 駆け足で大人になろうとしていたのに、ぴたりと足を止めてしまった少女を思い、ため息を零す。

 そのため息は爽やかな昼下がりの中、重たく沈んでいった。

 

 



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