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2. 日常崩壊の予感

 

 

「おはよー」

「おはよう~」


 そんな声が飛び交う通学路をトーコはゆっくりと歩いていた。

 いつものように起床し、ご飯を食べ、家を出る。

 そして、いつものようにタケルの通学時間とずらして家を出る。

 これは二人の通常運行な通学風景だ。

 なぜわざと時間をずらすのか。

 それは小学校の高学年になり、周囲のみんなが思春期に突入した時のこと。

 幼馴染で家が隣となれば、通う公立学校も同じ。

 だから一緒に通学していたのだが、それが同級生たちには格好のネタに見えたらしく、あの二人はできてる、ご夫婦通学などと呼ばれ大層めんどくさいことになったのだ。

 二人の感想は一つ。

 あほくさい。

 それに尽きた。

 二人の間にあるのは純然たる友情で、一種家族愛に近いものだ。

 わたわたと赤くなって否定、ムキになって怒るというより、付き合ってらんねー、という結論になった。

 ゆえに、二人は学校や通学路など、基本的には時間や道を変えている。

 それでも二人の関係が揺らぐことがないのはわかっていたから。

 昨日のように、課題が出たら一緒に勉強するし、TVゲームだってどちらかの部屋に乗り込んで二人プレイすることもある。

 悩み事があれば相談に乗るし、困ったことがあれば助け合う。

 トーコは一人っ子で、タケルは三兄弟の真ん中だが、親同士の仲が良い4人の子供達は、基本的に四兄弟だった。

 お互いに同性の友人はおれど、一番気の置けない相手はやはりタケルであり、トーコなのだろう。

(そんなタケルが勇者サマねぇ……)

 歩きながら心の中で独白する。


 英雄。

 勇者。

 ヒーロー。


 そう名のつくもの。

 それはタケルではなく、兄のヤマト兄に捧げられる敬称だったはずだ。

 成績良く、美形で、運動神経抜群な生徒会長。

 トーコは昔、こんな完璧な人がいるはずがない、もしかして機械なんじゃないの? と疑ったものだ。

 まぁ、そのヤマトにもいくつかの弱点があると知って、やっぱり人間だよね、と思い直したのだが。

 そんな見目麗しいヤマトと同じ血を引くタケルが、特別ブサイクということはない。

 本当はそこそこに整った顔をしているのだ。

 ただし、タケルは服装と態度に難がある。

 普段から兄と比べられ、常に弟のほうは……と言われてきたタケルは自分に自信を持てないのだ。

 時におどおどと、時に拗ねたように捻くれて、あのヤマトの弟がという注目を受けないために、服装も地味にやや野暮ったくして人の興味から逃れようとしてた。

 『残念なイケメン』

 大雑把に分類するとソレだとトーコは判断している。

 ――まぁでも、これで少し変わるかな。

 昨日のタケルの表情を思い出す。

 自分に少なからず自信を持てた。

 否。

 『自分自身』というものを手に入れた。

 そんな強さをタケルの瞳の奥に見た気がしたからだ。



 ぼんやりとそんなことを考えていた時、少し離れたところが何やら騒がしくなった。

「ん?」

(あれは……うちの委員長?)


 通学路の一画、一人の女子生徒が制服を着崩した男子生徒に絡まれていた。

「は、離してよ!」

「いいじゃん、別に。このままサボろうぜ? なぁ」

 腕を掴まれ、その腕を取り返そうともがく彼女に、ニヤニヤといやらしい笑みで話しかけている。

 トーコのクラスの委員長は学年でも一、二を争う美少女で、密かにファンクラブが存在すると言われるくらい可愛い。

 そして、その彼女に絡んでいるのは学年で一、二を争う不良だった。

 彼はケンカも強いらしいということで、野放し状態にあるというのが現状だ。

 周囲にいた生徒もざわざわと話しながらも近づこうとしない。

 そのうち何人かが学校に走っていったので、先生を呼びに行ったのだろうが、さてはて、戻ってくるまでに間に合うだろうか。


 トーコもまた困惑していた。

 止めたいとは思うのだが、どうやったら止められるものか。

 怖いとは思わないが、止めるための方策がないことにはどうにもならない。

 武道の心得があるわけでもない、ただの女子である自分では、振り払われたらそれまでだ。

 それでも。

(まぁ、時間くらいは稼げるかな)

 そう思って、数歩踏み出した時。

「あー……。サボルのはよくないと思うよ。うん」

 どこか困ったような声が二人に投げかけられていた。

 

(――え)


「タケル」


 思わず声が零れた。

 そこに割って入るように声をかけていたのは、タケル。

 周囲の人間がタケルを注視する。

 不良もまた。

「なんだよお前! 邪魔すんな!」

「いやいや、学校に行けるのって凄くありがたいことなんだから、サボルのはよくない。んで、女の子に乱暴するのはもっとよくない」

 苦笑に近い笑みで不良を見て言うタケル。

 昨日はなかった黒ぶちの眼鏡に野暮ったい髪型。

 だけど、その表情に恐怖の色はない。

「うるせえぇよ!」

「とりあえず、その手を放そうか」

「邪魔すんなっつてんだろ……っ!?」

 すっと伸びた手が不良の手首を握る。その瞬間、不良の顔が歪んだ。

「は、離せっ!」

 慌てて、少女から手を離した不良が、タケルの手を振り払い、握られた手首をさすっている。

 その隙にタケルは少女を背にかばうようにするりと二人の間に割り込む。

「この野郎っ!!」

 どう見ても弱そうなタケルに少女を奪われたことで、頭に来たらしい。

「どきやがれ!」

 喚きながら腕を振い、タケルを殴ろうとする。

 だが。


 すっと、タケルが風のように動いた。

 素早い動きというより、最小限の動きでその拳から逃れ、前に踏み込み。

 ドスッという鈍い音がソコで発生した。

 不良の身体の影で何が起きたのかトーコには見えない。

 タケルが何をしたのか。

 それは、不良がずるりと地面に崩れ落ちたことで分かった。

 そこに残ったのは、軽く膝を折り、不良の腹部にひじ打ちを叩き込んだままの姿勢のタケルが残されていたから。

 意識を失ったのか、地面に倒れてぴくりともしない不良を見下ろすタケル。

「やれやれ、久しぶりの楽しい通学だってのに、朝っぱらから……」

 ため息まじりの声は多分本心だ。

 タケルの中では二カ月ぶりの通学なのだから。

「えっと…………大丈夫だった?」

 くるりと振り返り、委員長に笑いかける。

「……は、ハイ」

 その微笑みに委員長の顔がぽおっと赤らんだ。

(おわ……)

 それにトーコが息を呑む。

 周囲の生徒の中で、何人かも気付いたようだった。

(わー、女の子が恋に落ちる瞬間って、コレかー)

 ヤマト兄相手にだったら見たことがあったが、タケル相手には初めてだ。

「あ、あの、怪我とか」

「ん。大丈夫大丈夫。それより掴まれた腕とか平気?」

 何気ない口調で委員長を気遣って、表情を曇らせるタケルに慌てて両手を振る。

「大丈夫です! その、あ、ありがとうっ!」

「いや、当たり前のことだからさ」

 真っ直ぐ見上げてお礼を言われたことに驚いて、タケルがはにかむ。

 その優しい笑顔にますます彼女の目は釘づけになっている。

「じゃあめんどくさいことになる前に行こうか」

 足元の不良を一瞥して、歩き出すタケルにひったりと張り付きながら、委員長も歩き出す。

「強いんだね! えっと……タケルくんって呼んでいい?」

 頬を染めて、上目づかい。

 その表情を維持したまま傍を歩き出す委員長にタケルも満更でもないようだ。

 それを微妙な表情で見送るトーコに気付かないまま、二人は去って行った。

 モテてるタケルに嫉妬などはない。ただ。

「何この猛烈な嫌な予感……」

 私、このテの予感って割と当たるんだよね、とため息交じりに呟く。

 何か、面倒なことが発生する予感。

 胸騒ぎに近い感情。

 それを思って漏れた呟き。


 その言葉に意識を止めるものはここに存在しなかった。

 

 


6/24 誤字を訂正しました

7/11 調整、改訂しました

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