16. 貴方は彼を信じますか
タケルの話を聞いて、暫く難しい顔で黙り込んでいたヤマトが深いため息を零した。
「本気で、言ってるんだよな」
三人で輪になって座る中心には、タケルが軽々と運んで置いた聖剣がある。
ヤマトがどうやっても持ちあげられなかったそれを、なんの苦労もなく持ちあげて、布を解いてそこに広げてみせた。
本物の、生物を傷つけることができる武器である、大型の刃物。
タケルのような普通の高校生が到底手に入れることなどかなわないはずのものを見て、眉間に皺を寄せる。
「信じてやりたいのはやまやまなんだけどな……」
うーむ、と腕組みをして言葉を失う。
「うん、だよな。コッチが正しい反応だよなぁ」
しみじみとそれを見て呟くタケルに、落胆の表情はない。
信じてもらえないことよりも、極真っ当なリアクションに満足そうに頷く。
「トーコはすぐに信じたの?」
「まぁ、概ね」
「だって、タケルが私に嘘付けるはずないし」
つくならつくでもっとマシな内容考えるだろうし、と更に続ける。
「今ナチュラルに嘘つくはずないし、じゃなくて、つけるはずないし、っつったな、トーコ」
「んー? 何か問題でも?」
「何その自信」
「ほぼ双子の自信?」
「ほぼ双子……確かに周囲の扱いは正にそれだったけど」
やたらとちびの頃からワンセットにされた記憶が頭をよぎる。
両親多忙なタケルらがトーコ家に預けられたときもそうだし、逆にトーコがタケルの家に遊びに来てる時もそうだった。
同じ年とはいえ、普通にひとくくりで扱われていた記憶は色濃く脳裏に焼き付いている。
「じゃあ聞くけどあの時……いきなり発見された時、嘘つこうとか誤魔化そうとか考えた?」
「…………いや、ないな」
「でしょう?」
突拍子もない話だ。
信じてもらえるはずがない。
それでもあの瞬間。
嘘をつきたくなかったし、最初からそんなこと頭になかった。
「そうだよな、普通は信じないよなぁ」
「そこはトーコなら信じてくれると思ったとか言いなさいよ」
「え。そういうものなの?」
「うん、そういうもの」
神妙な顔で言うトーコにタケルは首を傾げて。
「じゃあ、トーコなら信じてくれると思って?」
「じゃあ、と、疑問形が余計。減点~~」
「厳しいなぁ」
重々しく注意するトーコに苦笑。
そうやってじゃれあう弟と、妹同然の少女を前に、ヤマトは肩から力が抜けたようだ。
困ったような苦笑は、呆れているようにも見える。
「分かった。信じるよ」
「ヤマト兄!?」
苦笑交じりの声に驚いたのはタケル。
「え、本当に?」
「たった一人の弟の言うことだもんな」
悩んだ末の言葉で、まだどこかに信じがたいという思いがあるのが分かる。
それでも全部懐に入れる。
「ありがとう……」
「いいさ。っていうか、この聖剣? とやらで戦ったって、お前最近剣の手合わせしてなかったのに」
「ああ、向こうで稽古つけられた。久々すぎてかなりハードだったけど、基礎はできてたし」
運動神経に関して、飛びぬけているとは言えないタケルだが、実は武道の嗜みはあった。
兄、ヤマトは剣道部に所属しているが、そもそも剣道に興味を持ったのは、二人の叔父に手ほどきされてからだ。
二人の叔父は武道全般をこなし、護身と弟妹、母らを守る為に、と二人に剣術体術の基礎を仕込んでくれた。
中でもヤマトは剣術で才を発揮し、通い始めた近所の剣道場でも一、二を争う強さになったのだ。
タケルも同様に剣に関して、兄ほどではないにしろ、才を現わした。
ただ、同じ剣道場に通うことを拒否し、結果、早朝の兄の鍛錬に加わったりする程度だった。
それもここ一年ほどはなくなっていた。
その為、送られた異世界では、なまった感覚を取り戻すのに随分と苦心したものだ。
「命もかかってたし。まぁ、それなりに強くなったと思う」
「ふぅん……じゃ、今度手合わせしよう」
「いいよ」
「あ、ハイハイ! 私見学したいー。声かけて」
「オッケー」
ヤマトにちらりと浮んだ表情は闘争心。
(実は負けず嫌いで、戦いたがりだよね、ヤマト兄は)
武道家魂というか、強い相手と闘りあうのことに喜びを感じるタイプ。
周囲からは冷静で穏やかで、暴力を好まないと思われているヤマトの本性を垣間見る。
「それと、二ヶ月後、だったか。何か俺に手伝えることがあったら言って」
「うん」
「流石ヤマト兄」
うんうんと、頷きながら言うトーコに、複雑そうに笑う。
すぐに信じてやることができなかったのに。
流石と言われることなんて、と思っているのだろう。
(そうじゃないんだよ、ヤマト兄)
ヤマトを見て、微笑む。
言葉を飲み込んだまま。
(そういうことじゃなくて)
トーコがいう流石とは、そういうことじゃないのだ。
信じられないなんて当たり前のイレギュラー。
世間の兄姉、他の大人たちならば、何を馬鹿なと笑い飛ばすのだろう。
思考的には理性的なタイプであるヤマトが信じられないなんて当然なのだ。
だけど、それを軽く受け流すのではなく、真摯に聞いて、受け入れようと努力して。
納得できてない部分があっても、信じようと努力する。
兄だから。
弟だから。
呼吸するくらい普通にその苦労も、悩みも手を貸そうとする。
(そこがすごいんだよ。ヤマト兄)
改めて言ったところで、何を当たり前のことをと言うだろうから言葉にはしない。
しかし、強固な信頼関係のある兄弟なんて世間にどれくらいいるだろうか?
兄や姉という人種は、基本的に弟妹は自分より劣るものとみる傾向にある中、対等に扱い、頭ごなしに否定しない。
本人が努力する部分は、もどかしくとも見守り、手の足りないところだけを手伝う。
それは、理想の関係で、又理想であるが故に構築が難しい関係だ。
それ可能とする二人を誇らしく思う。
「さて、と。私は戻ろうかな」
「あ、うん。じゃあ、先に向こうに渡れよ。Wii受け渡すから」
「お願い」
「…………ホント、怪我しないでよ?」
よいしょ、と小さく呟きながら窓枠を乗り越える後ろ姿を見送って、窓越しにゲーム機のやり取りをする二人に頭を押さえる。
いくら言っても、この通路が封鎖される日はこないようだ。
「はいよ。じゃあ、おやすみ」
「うん、ありがと。おやすみ~。ヤマト兄も」
「はいはい、おやすみ、トーコ」
笑顔でひらひらと手を振るトーコが窓とカーテンの向こうに消える。
それを確認して、タケルもまた自室側の窓とカーテンを閉めた。
「しかし……」
ぽつりと呟かれた声はヤマトのもの。
「トーコは凄いな」
「うん。俺もそう思う」
感嘆すら籠った声と、嬉しそうな声。
兄弟達の偽らざる感想。
「なんで信じられるんだよ、って感じだよな」
「まぁ、そうだね」
「でも…………すげえ嬉しかった」
「……そうか」
「うん。本当はさ、もっと時間をおいてから話すつもりだったんだ」
視線をカーテンに。
否、カーテンの向こうにあるトーコに向けたまま。
「『なんてな~』とか冗談めかしでも話して、様子を見てとかそういう感じで考えてたんだよ。だって信じるなんて思わないだろ」
「割と外堀埋めないと落ち着かないもんな。お前」
「どうせヘタレだよ」
深刻な表情のタケルに苦笑して頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「良かったな」
「…………うん」
ちょっと乱暴な愛情表現と共に、温かい言葉が降ってきて。
確かな絆の結ばれた味方の存在。
それは、タケルの力となった。