15. 兄と弟
「じゃあさ、」
その様子を見抜かれないように次の話題をタケルの前に広げる。
「他の家族にはこのこと、話さないの?」
「う……」
痛いところを突かれた、という顔になるタケル。
分かっている。
向こうからのアクションで、ばれる可能性があることを。
今度こそ騒ぎになる確率が高いだろう。その為には家族に話しておいた方がいいのも事実。
「ヤマト兄も、心配してたよ」
「ヤマト兄……」
その名前にタケルの表情が曇った。
「叔母さんよりかは話しやすいと思うけどな」
「うん、わかってる。わかってるんだけど……」
奥歯に何か挟まったような口調に、ぴんとくる。
「一番話したくない相手が、もしかしてヤマト兄?」
「…………」
ばりばりと頭をかいて俯く。
「勇者って、さ」
ぽつりと力ない声で。
「本当は俺じゃなくてヤマト兄だったんじゃないかなって」
「はぁ?」
なんでもできてカッコイイ自慢の兄。
だけど、誰よりもコンプレックスを感じさせる人。
「弟だから、聖剣を使えたとかそういうことで、本当は俺はスペアだったんじゃないかって思いが、抜けなくて、さ。はは、情けないなぁ、もう」
自嘲して笑うタケルを見ていた浮かび上がったのは、怒り。
「…………」
「……? トーコ?」
唐突にすくっと立ち上がったトーコに、タケルが目を瞬く。
「ヤマト兄呼んでくる」
「え!? はぁ!? 今っ?」
驚きの声を上げているタケルを無視して、部屋の扉を乱暴に開ける。
お隣の構造など全て承知の上、ヤマトの部屋は右隣の扉だ。
「ヤマト兄、ちょっといい?」
ノックをして部屋に呼び掛けると、すぐに反応があった。
「トーコ、来てたの?」
「うん」
「また窓から?」
「……えへ」
「まったく、怪我しないでね。で、何?」
「ちょっと来て」
「……?」
窓からの侵入を呆れたように窘めて、腕を引くトーコに素直についてくる。
「あ、や、ヤマト兄、ええと」
「……タケル?」
何の説明をしないまま連れてこられた弟の部屋では、焦った顔で動揺しているタケルの姿。
その様子に首を傾げ、話を聞こうとしたが、トーコは。
「コレ、持ってみて」
タケルの部屋の隅にある布包みを指さした。
細長い棒状の何かが厳重に包まれたもの。
そのトーコの妙な申し出にタケルの表情が強張った。
制止するわけではなく、ただ緊張の面持ちでこちらを見る弟に首を捻りながらもソレに手を伸ばす。
指先で触れて、握り込み。
「――っ!? 重っ!?」
とても持ち上げられない重さに驚愕する。
物質のサイズからして、例えそれが鉄や石でできていたとしてもあり得ない重さだ。
「タケル、トーコ、これは一体?」
驚いて振り返った先では、茫然と座る弟と腰に手を当てて怒ったようにタケルを見下ろすトーコの姿があった。
「ほんとに、持ちあがらない?」
「ああ。どうやってここまで持ってきたんだ?」
信じられなさそうに包みとタケルを見比べる。
部屋にあるということは二階にある部屋までどうにかして運んだということだ。
これが弟に持てるなどとは到底思えない。
そんな表情の兄を前に、タケルは肩から力が抜け、呆けたような顔をしている。
「タケルはね」
そんなタケルの前で仁王立ちしているトーコは、びしっと指先を突き付ける。
「タケルはタケルを見くびりすぎ! 私の幼馴染を馬鹿にしないで!」
憤然と云い放つ。
頭にきていた。
今の今まで誇り高い勇者の顔をしていたのに。
後悔していないと言っていたのに、兄という存在の前にその誇りすら揺らぐことが。
「うん、ごめん」
本気で怒るトーコに、タケルが素直に謝った。
ああくそ、と小さく呟いて、頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
「すぐ卑屈になる。もう、ホントごめん」
帰ってきて、多くの人の好意と悪意を受けて、兄のようにできない自分に苛立っていた。
その感情は、タケルのなけなしの勇気すら押し潰そうとする。
久しぶりに出ていた弱音の口癖。
今の不安。
言われていたのに。
「同じコトを、エリシア達からも言われたのに」
「同じコト?」
思い出して、ため息が零れる。
「向こうの世界でもずっとそうじゃないかと疑ってた。ある程度、ソレを使いこなせるようになってもまだずっと、ずっと思ってた。そのことを伝えた時」
自虐的で、沢山諦め続ける自分に慣れていた。
そんな状態で渡った異世界。
タケルが今の自信を手に入れるまで、相当な葛藤があったのは分かる。
拭えない不安があったことも。
「『私達の勇者を、貶めないで』って」
『タケルのお兄様がどんな人かは知らない。だけど、だけど、私達の勇者はタケル一人です!』
顔を真っ赤にして、憤って、怒った。
『他の誰でもない貴方が私達の勇者です。相手が誰であろうと、例え本人であろうと、私は私達の勇者を貶める者を許さないんですから!』
そう叫んだ。
そのことを思い出して自己嫌悪に陥るタケルにふぅっとため息を零す。
「ばーか」
「うぐ…………」
「ばーかばーか、ヘタレ」
「……ううう」
頭を抱えてへこむタケルを散々罵倒して。
「……でもイイ子だね、エリシアさん」
「うん……うん、そうなんだ」
ため息の後苦笑したトーコに、ようやく顔を上げたタケルがはにかんだ。
「うん、で、どういうこと?」
その横で、兄は蚊帳の外のまま、困った顔をしていた。