13. 好きになったひと
「彼女の名前は、エリシア」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、目線はそらしたまま、タケルは話し始めた。
「俺が行った世界の、俺を召喚した国の王女だよ」
「王女ってことは……お姫様か!」
「……うん。まぁ、そうなるな」
「うわー……王道だー」
テンプレ通りの交友関係に乾いた声が零れる。
「仕方ないだろ。国を賭けての勇者召喚だ。呼び出した勇者を粗雑に扱うわけにもいかなかったみたいだし」
そのセリフで、相当切羽詰まった状態だったのだと知れる。
呼び出した勇者が気を悪くして、助けてくれなかったらおしまいだったのかもしれない。
「国家の方針として勇者を呼び出すってことなら、王族が対応するのもわかるか……うん、それで?」
「俺の役目は魔王軍の撃退と、もう一つ。魔王軍がやってくる為に作られたゲートを壊すこと」
「魔王と戦ったんだ?」
「いや。撃退しただけ。んでもってゲートを破壊しただけ」
「え? そんだけ?」
意外な返答に拍子抜けしたような気分になる。直後、はっとして。
「あ、そんだけってことはないか。それでも命がけだったんでしょう?」
「そうだな。何度か死ぬかと思ったよ」
さらりと告げられた言葉に、思い切り顔をしかめてしまう。
「……ぷっ……トーコ凄い顔になってる」
「笑いごとじゃないよ」
「悪い悪い……」
タケルの中では、命をかけさせられたことは、とっくに受け入れられた事項なのだろう。
それでも、トーコは苛立ちを押さえきれない。
(だって、タケルが死ぬかもしれなかった)
自分の知らない内に。
自分の知らないところで。
それが受け入れられるはずはない。
「うん、トーコは多分、怒ると思った。だから本当は……トーコにだけはバレたくなかったなぁ」
苦笑したのはタケル。
トーコの内心など分かり切っているのだろう。
トーコがタケルのことをお見通しだったように、タケルとてトーコの反応くらい読めるのだ。
「そこは自分のタイミングの良さを呪ってよ。えっち」
「えっ!? 待て! あれは不可抗力……」
「はいはい、で続き続き」
「……お前が脱線させてるんだろうが」
緊張感皆無なトーコに脱力しながら、話を戻す。
「色々長くなるけど、もうこの際だ。向こうであったこと、ある程度話すよ」
「うん」
そうしてタケルが語った内容は以下のことだった。
タケルがいつも通り学校から帰っている最中にいきなり光に包まれて、気が付いたらローマにあるような神殿の中にいたのだという。
足元には淡く光る魔方陣。
状況が分からずに茫然とするタケルの前で、周囲にいた神官が全員ひれ伏した。
タケルは、日本で言うところの総土下座状態にドン引きになったらしい。
まぁ、当然だろう。確かにそれは引く。
ひきつった顔で周囲を見回していた時、一人の人物が前に進み出てきた。
真っ白な神官服を着た金髪の少女。
彼女がエリシアだった。
彼女は王女であるだけでなく、魔法の素質が強く魔術師としても優秀だった。
勇者召喚の儀式の中心となったのも彼女らしい。
彼女にここがどこか問いかけたタケルに異世界であることを告げた彼女はその場に片膝をついて顔を伏せ、言った。
『ようこそご降臨下さいました。どうか我らを御救いください。勇者さま』
と――――。
彼女は、否、彼女の国は空前絶後の危機にあった。
王都の南にある森から魔物が溢れ出したのだ。
他国との国境線でもある山脈は、古来より魔物がくる異界のゲートがある場所として忌むべき禁足地とされている。
とはいえ、その山の中に入りさえしなければ、大きな被害はない。
その筈だった。
大規模な魔物の集団が周囲にあった街を滅ぼすまで。
悪夢のような出来事から一転。
魔物たちは一斉に周囲に散開した。
他国との連携は取れなかった。
隣接する他国全てにその襲撃は行われていたから。
他国にまで手を貸す余裕はなかった。
彼女の国にあった常駐戦力は他国に劣り、その代わり魔法技術と神聖魔術に優れていた。
神聖魔術というのは、神の力を借りて行う奇跡だという。
神が降臨したもうた地と言われていた彼女の国には、多くの古文書や古代の神聖武器と云うものが残されていた。
だが、それらの武器のほとんどが、現在は使えるものがいないというのが現状。
古文書で同じような事態がなかったか、又、それをどう治めたかを探しながら、一進一退の攻防線を繰り広げることが彼女らにできる限界だった。
「そして、エリシア達はその古文書の中から『魔王』の存在を発見したんだ」
「それと、それを撃退した『勇者』も、かな?」
「うん」
本来、魔物は連帯感情をもたない。それ故、バラバラに暴走するかのように散発的な攻撃しかできなかい筈の生物だ。
そんな彼らが一つの意思の元、連携する。
そこには指揮官であり、また指導者である意思が働いている。
その存在こそが『魔王』。
「とはいえ、魔王って人物自体は、これまではっきり確認されたわけじゃないらしい」
「そうなの?」
「うん。前回の時も魔物が発生するゲートを聖剣で封印することで事態は終結したんだって」
そのことから、魔王はゲートの向こうに存在し、ゲートが緩む時を虎視眈々と狙っているとされている。
「聖剣って……」
ちらりとタケルの部屋の隅に立てかけられた棒状ものを見る。
厳重に布に包まれているが、多分あれが。
「そう、ソレ」
異世界から帰ってきたその日、初めてみた剣。
それは、トーコでは持ち上げることもかなわない程に重たく、しかしタケルには軽々と持ち上げることができたもの。
装飾は最小限なれど、柄頭の銀細工と、濃紺の紋章は重厚だ。
「神聖武器で、俺しか使いこなせないって話したよな」
「うん」
「あちらの世界にはそれぞれの人間に属性ってのがあるらしい。神聖武器を使える属性がいなかったんだって。そんで俺が数少ないその一人」
「神聖武器とか言ってたから、光とか聖とかそういう?」
「光だって。俺が光属性とかちょっと笑っちゃったけど」
「……そんなことないけど、まぁそれはいいや。で?」
自嘲的なところは昔からわかっているのでスルーしてとりあえず話を進める。
「え、うん。とりあえずその剣を持ってって、ゲートを封印してほしいってのが向こうのお願いだったんだ。と、なると当然周囲にはモンスターがたむろしている」
「そこをつっきって封印ですか」
「そう。最初の一カ月で剣に慣れるために訓練して、二か月目に入ったころから実戦。二ヶ月目の二週目くらいに出発して三週目に封印。後はこっちに帰る為の準備をして、それから帰還」
「ハードスケジュールだね」
「まぁな。でも仲間もできたし」
「彼女とも出会ったし?」
「か!? カノジョじゃない、けどな」
「いやそういう意味の彼女じゃなく、普通にそのお姫さまのことを言ったんだけど」
「え! あ、そうか。ごめ」
「ういういしぃーーーー。タケルとコイバナとか、この状況、笑えるわ。あはは」
「あははじゃない! ああもうっ!」
「ごめんごめん」
口を押さえて笑いを押さえているトーコに、真っ赤な顔で抗議するタケル。
そのタケルを見ながら、トーコが目元を和らがせた。
「そのコ、いいコ?」
細めた目で慈しむように。
からかうような笑いを治めたトーコの微笑にタケルは目線を合わせる。
相変わらず照れくさそうに頬を染めたまま、それでも真っ直ぐに見て。
「うん。それだけは確実に言える」
彼女のことを思い出し、自身を僅かに微笑んで。
「天然でちょっと抜けてるトコもあるけど、優しくて、一生懸命で、ちょっと意地っ張り。立場からしたらさ、もっと周囲から持ち上げられて偉ぶっててもおかしくないのに、素直でちょっと強かな子だよ」
「………………そっか」
よかった、と小さく呟いて頷いたトーコの様子に気づく。
「……あー…。もしかして、心配、してた?」
「まぁね。アノ三人に対する態度に恋愛感情を感じなかったからさ。ヤマト兄の周囲を見て、そういうの苦手になってるのかなとか、色々」
「なんか、時々トーコって母親みたいだよな」
「っ!? せ、せめてお姉ちゃんくらいにしてくんない?」
苦笑気味のタケルの言葉に愕然とする。
(やばい。微妙に否定できないかもしんな……いやいやいや、なんぼなんでもそれは)
自分が、タケルを始め、お隣の三人に異常に甘いことくらい自覚している。
しかし、母親はいくらなんでも……でも、それくらいやり過ぎてる? え? 私、母親レベルで過保護? と葛藤を始めたトーコを笑う。
「いいんじゃない? 別に。だって俺達もトーコに甘いんだからさ、特にヤマト兄」
あれは父親のレベルすら超えている、と遠い目で呟いたタケルに、目を瞬いて彼の人物の行動、言動を思い出す。
当たり前のように膝にだっこしてみたり、必要以上に過保護だったり。うん。
「それもそっか」
「…………ヤマト兄のあの猫っ可愛がりはさ、もう溺愛だから」
「うーん……否定できない。……まぁ、いいけど」
男女の感情がない分、照れもなくされるがままな様だが、正直ちょっとどうかと思う。
兄のファンにばれたら洒落にならない。
そのことに薄々気づいていながらも、やはり改善する気がなさそうなトーコに、タケルはため息を零した。