12. 割とお見通しです
「……う~ん、できない」
途方に暮れたようなそのセリフは、トーコのものだった。
夜の自室で正面を見つめ、がっくりと肩を落とす。
「どうしようかな……」
手にしていたものをぎゅっと握りしめる。
何度挑戦しても越えられない壁があった。
その先へと行きたいのに、願ってもかなわない。
できない自分に苛立っていられたのは最初のうちだけ。
どんどん、絶望感と無力感が増してきて、腕を上げる気力すらなくなってきた。
(この程度のところでつまずくわけにはいかないのに)
歯噛みして、ソレを睨みつけるも、心のどこかで、仕方ないという諦観もある。
これが一人の限界なのだろうか?
「仕方、ないか」
ふぅと吐息をついて、手にしていたものを足元に置く。
向かう先は、部屋の窓。
カーテンが閉められていたそれを軽い音とともに開き、前を見る。
そこにあるのはタケルの部屋の窓。
そちらはカーテンが閉められておらず、ロフトの床に寝転がり雑誌を開くタケルの姿があった。
窓の傍に置いてあったモノサシを手にし、その窓をこんこんっとノック。
このモノサシはこうしてタケルに呼び掛けるために、わざわざ窓の傍に常備されているものだ。
その物音に気付いたタケルは顔をあげて、小首を傾げた。
トーコが真剣な表情で自分を見ていたからだ。
「どうした?」
起き上がり、窓まで歩み寄ると、カラカラと音を立てて窓を開ける。
つられたように表情を改めてそう問いかける。
「タケル……」
そんなタケルにちょっと困ったような表情を作り、呼び掛ける。
「ちょっと、頼みがあるんだけど。いい?」
「頼み?」
「うん」
「まぁ、俺でできることなら、なんでも」
珍しい様子に即答する。
何かあったのか、内心で考えてみるが、何も思いつかなかったので、トーコの返答を待つ。
「じゃあ、ちょっと時間をちょうだい? それから」
返答にほっとしたように笑って、トーコは室内に取って返した。
そして、しばらくごそごそと荷物を纏めるとそれを腕に抱えて窓に向かう。
「コレ、受け取って」
「………………」
「で、手伝って欲しいの」
「…………何事かと思えば」
声が乾いたものになる。
真剣に頼みごとを聞こうとしていた自分が馬鹿みたいに思えて、表情が呆れたものに変わるのを止められない。
そんなタケルにトーコはにっこりと笑ってみせると――。
「んじゃ、おじゃましまーす」
「お前、またここから来るのか」
「今さら今さら!」
慣れた様子で窓枠を乗り越えた。
「あ! タケル、ノコノコきた! ノコノコ!」
「ちょ!? お前、俺を盾にすんな!」
「あははは」
「鬼か、コラ! あ、フラワー出た」
「いただきぃぃぃ!」
「ざけんなぁぁ!」
数分後。
二人仲良くTV画面に向かい、Wiiリモコンを振る二人の姿があった。
「いきなり何を言い出すかと思ったらさぁ……」
「いや、そう言うけどさ。タケルは気分的に二カ月以上ぶりかもしれないけど、私的にマリオ二人プレイは二週間ぶりくらいよ?」
「…………そういうやそうだっけ?」
「うん。ここまでも一緒にクリアしてきたじゃん」
言われて思い返してみるとその通り。
自宅に友達を呼ぶというのがお互いにあまりない二人だ。
このテの皆でわいわいやるゲームに関しては二人でやることも多い。
後は、妹のミコトが合流することもあるし、時間的な余裕があれば、ヤマトも参加する。
「久しぶりの割に上手いよね」
「トーコは基本アクション苦手だよな」
「……煩い。ルイージのくせに」
「いや操作キャラはマリオだから! ルイージ馬鹿にすんな! 弟キャラ馬鹿にすんな!」
「…………ごめん」
「………………だからってマジに謝らないでくれる?」
「んー……アクションゲーム、好きは好きなんだけどね」
「……当たり前のように元の話題に戻るし」
じゃれあいながら画面に向かい、キャラクターを操作する。
「そういえばさ~」
「ん?」
目線を画面に固定し、割と真剣に操作しているタケルをちらりと横目で見る。
聞き忘れていたことを思い出したのだ。
(うん、いい機会かもしれない)
「タケルさ、本命のコって異世界に残してきたりしてる?」
「ぶっ!」
吹き出して、トーコの方を見る。その手から、Wiiリモコンがすり抜けた。
ストラップのおかげで床にまで落ちはしなかったものの。
「あ。死んだ」
ゴールは目の前だったのに、マリオは奈落に落ちて行った。
完璧に硬直しているタケルを尻目に、悠々ゴールしてから、タケルを見る。
「………………」
二の句が継げないようすのタケルを前に、勝ち誇ったように笑う。
「アタリだ」
「っっ!!」
首まで赤いタケルには、なんの言い訳も否定もできない。
「な、なんで、お前……え。だから、それ、は」
「うんうん。ちょっとマリオやめよっか。ゲームができるような精神状態じゃなくなっちゃったみたいだし」
しどろもどろに口を開くタケルに理解者の笑みで頷いて、手際良くゲームを片づけ始める。
「い、いや。確かにゲームとかって気分じゃないけど、でもなんで」
分かったのか。
そう聞きたいのは言葉にする必要もなく、トーコに伝わる。
「ま、とりあえず、お話しようか」
「うぐ…………」
「相談、乗ってあげるよ?」
片付け終わったWiiを足元にまとめて、立ち尽くしたままのタケルを上目づかい。
「…………」
「ん?」
「……………オネガイシマス」
そういうわけで、夜のゲーム大会は一転、トーコちゃんなんでも相談室と化すこととなった。
紛らわしいトーコちゃんです。
実は著者はWiiを持っていなかったりする落とし穴。