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11. いびつな少女

 

 熱い。

 熱いあついあついあついあつい。けむたい、めがいたい、のどもいたい。

 こわい、こわいよ。こわい。

 あつい、こわい。

 たすけて


 頭の中がそんな内容で一杯だった

 どうしてここにいるのかとか、どうしてこうなったかだなんて、考える余裕も、知恵もなかった。

 顔も手も煤で黒く汚れ、さらにその汚れを広げるように涙があふれた。

 ふくふくの柔らかい、小さな小さなてのひら。

 お出かけ用のワンピースも汚れ、膝小僧には転んでできた擦り傷。

 視界一面に広がるのは地獄さながらの風景。

 沢山の物が燃えていた。

 ショッピングセンターで起きた、悪夢のような火災。

 その現場の真っただ中に、少女はいた。

 まだ5歳になったばかりの少女、トーコは、半狂乱になって逃げ出した群衆に弾かれ、たった一人逃げ遅れてしまったのだ。


 こわいこわいこわい。

 おとうさん、おかあさん、やまとにいちゃん、たける。

 こわいよ、あつい、たすけて。

「た、すけ……」

 熱は容赦なく体力を奪い、もう声もかすれて動けない。

 この年齢の少女にはおよそ似つかわしくない感情が胸を支配する。

 それは絶望。

「しにたく、ない、よぅ」

 かすれた声でそう呟く。

 ああ、ああ。

 だれかっ!!


 声にならない声で叫びながら、うずくまったトーコ。

 その耳に、ガシャンっ!! と何かが崩れ落ちる音が響いた。

 なんだろう……。

 重たい動きでそちらを見ようとした瞬間、かけられた声。

「いたっ!!!! 大丈夫か!!」

 その声の主は、ガラス窓をたたき割って、躊躇いなくこちらに駆けてくる。

 年の頃は15歳くらいというところか。

 何度か会ったことがある。

 もう動けないトーコを腕に抱えあげ、自分の着ていたジャンパーの内側に包み込む。

「さ、く……」

「ああいい、喋んなくて! 大丈夫。絶対助ける。助けるから」

「…………うん」

 ずびっと鼻をすすって返事をした。そして力の入らない手でそれでもしっかりとしがみつく。

「遅くなって悪かった。もう大丈夫だからな。ちゃんと、みんなのとこに連れて帰ってやるから!」

「うん」

 そんなトーコをぎゅっと抱きしめた少年が顔をあげ、親の仇を見るように火の壁を睨む。

 そして、それを突き破る為に駆けだした。


 ヒーローだ。

 せいぎのヒーロー。


 ひやりと冷たい風が頬をなでた瞬間にそう思った。

 駆け寄ってくる両親の腕に抱かれてそう思う。

 彼に、たどたどしく、痛む喉を行使してでも伝えたいこと。

「あり、が、とう」

 震える声で言ったトーコを優しく見つめる少年の、にかっと笑った笑顔に心が震えた。

 その意味なんて知らない。

 そこからどんな感情が育つかなんて知らない。

 でも、それは確かに、何かの始まりだった。





「トーコちゃん、気付いちゃったかな?」

「まぁ、たぶんな。トーコちゃんはどっかのバカみたいに鈍感じゃないし」

 隠語でいうところのお花を摘みにトーコが席をはずした隙に、チカはこっそりとマモルに囁いた。

「…………まずかったかなぁ」

「………………」

 不安げに顔を曇らせるチカに難しい顔になる。

「でもさ、ずっとは隠しておけないしさ。もう、あれから3年にもなるんだぜ」

「そうだよね」

 二人が情報提供を引き受けたのには理由があった。

 思い出すあの時。

 まだ中学2年になって数カ月のころ。

 3年前、ヤマトが直接頭を下げに来た。

『オレだとトーコに十分目を配ることができない。だからどうか』

 おねがいします、と年下の自分たちに頭を下げたあの姿を二人は忘れられない。



 トーコには初恋の人がいた。

 5歳の時、火災で死にかけたのを助けてくれた、ヤマトとタケルの母方の叔父。

 二人の母とは10才年の離れた彼は、トーコ5歳の時、15歳。

 トーコはそれから7年間、一途な想いを彼だけに捧げていた。

 早く大人になりたくて、彼に相応しくなりたくて、普通の子供とは違う成長速度で心を育てた。

 そのせいか、他の少女らとは一線を画する早熟な考え方や、大人な態度は同年代の男子をときめかせていたりもする。

 それに思う存分はまっていた代表がマモルでもあるのだが。

 容姿は特に飛びぬけているわけではない。

 だが、浮かべる表情は綺麗だった。

 今思えば、『近所のおねえさん』にどぎまぎする小学校男子、という図柄を同年でつくりあげていたような感じだ。

 駆け足で大人になろうとしていたトーコ。

 そんな彼女が『壊れた』のが、3年前だ。

 その叔父の訃報がトーコを壊したのだ。

 当時彼は仕事にアメリカにいて、事件に巻き込まれた。

 列車爆発事件。

 テロだった、らしい。

 詳しいことを二人は知らない。

 遺体は見つかっていないが、絶望的。その報告に、彼の家族は『そんなはずはない』『死んでいるはずがない』と葬式をあげることを拒否した。

 そして、トーコは、放心状態のようになって、何も食べず部屋に閉じこもった。

 しばらくしていつも通り通学してくるようになったが、その時にはもう、何かが違っていたのだ。

 いつもどこか遠くを見ているような存在感の薄さ。

 そして、今まであり得ない速度で大人になろうとしていた成長がぴたりと止まった。

 それでも周囲の少女よりは大人っぽかったのだけど。

 彼女が強く感情を動かすのは、その感情のまま行動に移すのは隣の三兄弟のためだけ。

 自分のことにはかまわない。



「心配だったんだもの」

「うん」

『心配なんだ。トーコが』

 そうヤマトが言った。

『僕達を守ることだけを支えにしているようで、危なっかしいんだ』

「彼らがいなくなったら、本当にどうかしてしまいそうだったんだもの」

 目を伏せる。

 トーコは友達だ。

 大切な友達。

 チカにとっても、マモルにとっても。

 だから受けた。

 情報を提供するだけでなく、情報をまわしてもらえる約束で。

『君達なら、俺に伝手ができるならとか、そういう理由じゃなく、トーコのことを見ていてくれるだろう?』

 そう言ってくれたヤマトの信頼にこたえて。

 二人は彼女の近くにいた。


『三年くらい前から』


 そう言った二人に、もうトーコも気づいているだろう。

 だから、お仕置きといって、てこぴんとしっぺをお見舞いした後は、ちょっと照れくさそうに笑った。

 二人が何も言わないなら、トーコも言わない。

「やっぱトーコちゃん、可愛いよなあ……。俺だんぜん、トーコちゃん派」

「トーコちゃんに派閥はないと思うけど?」

「いや、これがね。静かな人気。さばさばしてそうで、でも大切にしてくれそうで……なんてーの? 顔のいい男をご近所さんに持ちながらもなびかない、容姿に左右されないってとこもポイント高し!」

 ぐっと拳を握って力説するマモルに、チカが苦笑する。

「わからないでもないんだけど、」

「容姿で頭に血が上る系じゃなくてさ、人格を知って初めて好きになるっていうの? 本命が多いんだよね、ま、俺はそういうのは諦めてるんだけどさ」

 テンションがあがったらしいマモルがお構いなしに喋るのを聞いて、チカが苦笑のまま口を閉ざす。

 そして、口に出そうと思っていたことを心のなかで呟いた。


(さばさばしてて、でも包容力ありそうで、ってまるで男の子褒めてるみたい。まぁ、ヘタレ男子よりトーコちゃんの方がかっこいい時あるけどね。マモルやタケルくんよりはずっと)


 チカが苦笑したままそんなことを想っているとも知らず、マモルのトーコ賛美はトーコが戻ってくるまで続いていた。

 

 


7/11 調整、改訂しました。

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