10. 変化の兆し
翌日。
周囲の反応は実にぎこちなかった。
「お、おはよう! トーコさん」
「おはようございます」
「おはようトーコちゃん」
笑顔が強張ってますよ。
あと、昨日まで呼び捨てだった男子がなぜにさんづけ?
何故に敬語になったし。
心の中で一通り突っ込み終えてから、笑う。
「うん、おはよー」
そんなにびびられるほどのことをやっただろうか?
「やったと思うよ? トーコちゃん」
ふむと、思案顔になったトーコの横で、苦笑。
振りかえるとチカの姿があった。
「おはよう、チカ」
「おはよ、トーコちゃん」
「なんで私が考えてることがわかったの?」
「小学校の時と同じ顔してたから、かな。あの時は声に出して言ってたし」
「そうだったっけ?」
「うん」
「まぁ、同小の人間からすれば、この展開はさもありなんだけどな」
更にその横から話に加わってきたのはマモル。
この学年では3割程度が同じ小学校の人間だ。
当時のトーコを知っている彼らからすると、いつこうなるかと予想されるレベルだったらしい。
「わかってて距離を置くあたり、マモも腹黒いよね」
「お褒めにあずかり光栄!」
「褒めてなぁい」
ぐっと拳を握って嬉しそうなマモルに脱力する。
その横でチカはのほほんと笑い続けている。
実はトーコの友達は多くない。
一緒にご飯を食べたり、課題のチームを組んだりする仲間はいるものの、親友と言えるほど心を許せる相手もいなければ、友達だと断言できる相手は数名。
高校にあがって数カ月だから、ということではなく、女友達特有の仲間意識になじめないことが原因だ。
特に思春期に突入した女子のベタベタ感は特に苦手で、恋愛がからむと厄介事に発展すること必至。
理由としてはかなりの確率でヤマトに惚れてしまうからである。
極極少ない、目の利く女子はタケルに心惹かれることもあるのだが、いかんせん、ヤマトとは釣り合わないけど、タケルなら、という比較下での選択であることが気になり、間を取り持つことはなかった。
トーコと仲良くなり、家にでも遊びに行ければ、お隣はヤマト宅。そんな思惑での友人など歓迎できるはずもなく、現在のトーコの友人と云えば、恋愛に興味のない数名と、同小からはこののんびり娘チカ、悪友マモルくらいのものだ。
それゆえ、トーコはよくわかっていた。
友人と云うのが、いかに大切なものかを。
恋愛の為には友人を切り捨てられる。そんなロマンスをうっとりと語る輩がいかに薄っぺらいかを。
「たいがい飽きてるんだけどね、ヤマト兄の取り巻き関係で」
ぼそりと呟いた言葉は低く、それにびくりとマモルとチカが震えたが、それ以上を言葉にすることはなく、肩をすくめる。
そんな三人の背後で教室のドアが開かれる音がした。
なんの気なしに振り返って、ドアの方を見たトーコの目に映ったのは。
「っっ!!」
声にならない悲鳴をあげて、びくっと震えるミナコの姿があった。
「……」
「新たなるトラウマの被害者……。」
「なんか、懐かしい光景だよね……あはは」
乾いた声で笑う二人の脳裏をよぎっているのは、半べそで飛びのいていた悪ガキ連中の姿があるのだろう。
ちなみに彼らは未だにトーコを見ると直立不動になる。
まったく失礼な話だ。
肉体的には、乱暴どころか指一本触れていないというのに。
そのトーコの思考を言葉として聞いていたら、当時その場にいた全員が、その方がずっとマシだと言ったのだろうが。
「ちょっと入口を塞がないでって……どうした?」
そんなミナコの後ろにいたらしいリツカが苦情を言いかけ、ミナコの状態に気付いた。
ぐいっとミナコの肩を掴んで体をずらさせ、自分の半身を中にいれ。
ばっちりとトーコと目が合う。
「あ……」
状況を悟ったらしい彼女が気まずげな顔になった時。
ミナコが震える手でリツカの背に隠れ、ぎゅっと服の裾を握った。
「えっ……っ!?」
驚いて背後を肩越しに振り向くが、その視線すら気にする余裕はないらしいミナコに唖然とする。
あの傲慢で人を見下しているかのような態度だったミナコが。
自分に助けを求めている。
そうして見下ろした姿はいつもの小憎たらしい姿違い、保護本能をくすぐられた。
リツカにとっては恋敵だ。
いつだって偉そうにふんぞり返って、こちらを挑発してくる。
だけど。
『同じ人を好きになった少女』
言いかえれば、戦友とも好敵手とも言えるかもしれない。
そんな相手がおびえて、助けを求めている。
元よりリツカは正義感が強い少女だ。
剣道の道場に入ったのも、近所で起きた通り魔事件の話を聞いて怯える弟妹を守る為だったのだ。
今の彼女にとって、ミナコはライバルで、有る意味、同志。
そして、トーコは
――――敵。
「まだ、何かあるの!?」
ぐいっとミナコを自分の背中に庇って、きつい目でトーコを睨む。
その目線を受けて、トーコはひとつ目を瞬いた。
「……わあ。そうなったかー……」
ぼそりと小さく呟いた声は近くにいたチカとマモルだけにしか聞こえなかった。
「何よ?」
「ううん、別に? 何も言ってないよ。今日は」
一瞬の思案を終えたトーコがいつものように笑う。
そして、ふっと昨日のような凶悪な笑顔に変わる。
下がった目じりも、上がった口角も変わらないのに、目だけが笑ってない笑顔。
「まぁ、これからどうなるかはそちら次第だけどね?」
一瞬で、気温が下がった。
リツカの背でミナコがびくりと震えるのが分かった。
そんなミナコの手をぎゅっと握る。
力強く、励ますように。
それにようやくミナコが少し元気を取り戻した。
「も、もう、タケルに迷惑をかけるようなことはしませんわ!」
「そう? じゃあ、期待してるね」
「~~っ! 行こう!」
必死に言ったミナコに言葉と裏腹に、期待してないという表情で答えるトーコに怒りを誘われたらしいリツカがぎゅっと唇を噛んで、ミナコの手を引き、席まで誘導する。
その際、トーコの視界から庇うようにするのも忘れない。
だが、ちらちらとトーコを気にする二人に興味を失ったように、トーコ自身は自分の席について視線を向けすらしなかった。
ミナコとリツカの席からはトーコの背中しか見えない。
「……大丈夫?」
トーコの背中をにらみながら、ミナコをいたわると、ミナコはちょっと苦笑した。
「だ、大丈夫ですわ。これくらい……あなたに助けてもらわなくても、平気でしたもの」
いつもの憎まれ口。だけど表情はいつもと違う柔らかさがあった。
「……はぁ……。この意地っ張り!」
あんなに怯えてたくせに、と呆れるリツカに笑う。
「でもまぁ……………その……」
そして、目を泳がせてから、俯く。
「何?」
「だからあの………………ぁりがと」
耳まで真っ赤にしてのお礼に、リツカは目を見張ってから、くすぐったげに笑う。
「どういたしまして」
「トーコちゃん……」
「ん? 何、チカ」
こそっと声をひそめてトーコに話しかける。
「どうしてそうかなぁ……」
呆れたように溜息をついて、満足げに笑ってる上機嫌なトーコにぼやく。
「ま、悪くない展開だし、もうちょっとだけ悪役モード続行するだけだよ。大丈夫大丈夫」
「また、怒られるよ?」
「うぐ…………内密にお願いします」
「むーりーー」
「断る~」
「え~~…………って、ん?」
両手を合わせてお願いポーズのトーコに二人がふるふると首を振って、胸元でバツを作った。
それに、気付いたことがある。
「なんで怒られたこと知ってんの?」
「あー。それはね」
「うん私たちがカナメ先輩の情報ソースだから♪」
「すなわち、ヤマト親衛隊の協力者。いわゆる情報屋ってヤツ?☆」
「…………………え、いつから?」
「中2くらいから?」
「うん、それくらいだね」
「…………………じゃ、今まで色々と筒抜けだったのは?」
「イエーイ!」
嬉しそうにピースサインをする二人を前にかたんと音を立てて立ちあがる。
そして、二人を前ににっこりと笑う。
「とりあえずさ、ゲンコか、でこぴんか、しっぺか選ばせてあげる」
「ちょ!?」
「うそぉっ!?」
数分後、涙目で額を押さえるチカと、手首をこすりながら悶絶するマモルの姿があったとかなかったとか。
7/8 改訂&ラスト4行ミスで載せてなかったので追加しました。
7/11 調整、改訂しました。