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悪の剣  作者: Dai


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第9話 消えない痣

秋の風は少し冷たかった。

橋の下。

ユウキはスマートフォンを見つめていた。

いつものようなニュースではない。

誰も話題にしない小さな投稿。

埋もれて消えていくような声だった。

「祖母の腕に痣が増えている」

「施設に聞いても転んだと言われた」

「最近様子がおかしい」

ユウキは眉をひそめる。

一件だけなら偶然かもしれない。

だが、何件もあった。

同じ老人ホームの名前。

同じような内容。

そして同じような不自然さ。

「なあ」

侍が顔を上げる。

ユウキはスマホを差し出した。

「また変なの見つけた」

侍は画面を見る。

「老人ホーム?」

「うん」

ユウキは頷く。

「本当か分からないけど」

侍は投稿を見つめる。

しばらくして静かに言った。

「確かめればよい」

翌日。

二人は老人ホームの前に立っていた。

白い壁。

手入れされた花壇。

穏やかな音楽。

外から見れば理想的な施設だった。

ユウキは小さく呟く。

「普通だな」

侍も同じように建物を見る。

だが、その目は少し鋭かった。

「……静かすぎる」

面会時間。

ユウキは施設に入った。

祖母が入居しているという設定で見学を申し込んだのだ。

職員は笑顔だった。

丁寧だった。

何も問題はなさそうに見える。

だが――

一人の老人と目が合った。

痩せた老人だった。

その顔には怯えがあった。

目を合わせた瞬間、

すぐに視線を逸らした。

まるで何かを恐れているように。

帰り道。

ユウキは言った。

「なんか変だった」

侍は頷く。

「分かる」

「え?」

「恐怖の匂いがした」

ユウキは苦笑した。

相変わらず侍の言葉は変だった。

だが今回は少し理解できた。

その夜。

二人は老人ホームの裏手にいた。

職員の出入り口近く。

灯りの消えた窓。

静かな夜。

そのときだった。

かすかな声。

「すみません……」

老人の声だった。

弱々しい。

震えている。

続いて別の声。

若い男。

苛立った声。

「またかよ」

ユウキの身体が固まる。

窓の隙間から中を見る。

そこにいた。

介護士だった。

三十代ほどの男。

老人を無理やり立たせている。

「何回言わせるんだ」

老人は震えている。

「すみません……」

「謝ればいいと思ってんのか」

男は乱暴に腕を掴んだ。

老人が痛そうに顔を歪める。

ユウキは息を呑んだ。

腕には紫色の痣が見えた。

投稿にあった痣。

あれだった。

侍の手が動く。

木刀に触れる。

ユウキは慌てて腕を掴んだ。

「待て」

侍は振り返る。

目が冷たい。

「見たであろう」

「見た」

ユウキは頷く。

「でも今じゃない」

侍は黙る。

「証拠がいる」

沈黙。

長い沈黙。

以前なら飛び出していた。

だが侍は動かない。

やがて静かに木刀から手を離した。

「……分かった」

ユウキは少し驚いた。

侍が自分の言葉を聞いた。

それが少し嬉しかった。

それから二人は証拠を集めた。

数日かけて被害者家族から話を聞いた。

同じような証言は次々と集まった。

録音。

映像。

被害者家族の証言。

少しずつ。

確実に。

逃げ道を塞ぐように。

そして三日後。

施設の会議室。

問題の介護士は呼び出されていた。

だが男は反省していない。

机を叩きながら怒鳴る。

「証拠?!」

「ボケた老人の言うこと信じるのか?」

「人手不足でこっちがどれだけ苦労してると思ってる」

職員たちが顔をしかめる。

男は止まらない。

「介護やったことねえ奴らが偉そうに言うな!」

その瞬間。

会議室の扉が開いた。

全員の視線がそちらへ向く。

黒いスーツ。

包帯に覆われた顔。

静かに立つ男を見て、

介護士の表情がわずかに曇った。

侍だった。

「なんだお前」

侍はゆっくりと言った。

「仕事だと言ったな」

男は鼻で笑う。

「だから何だ」

侍は一歩前に出る。

「弱き者を守るための力」

さらに一歩。

「それを弱き者を傷つけるために使う」

男の笑みが消える。

侍の声は低かった。

「最も醜い」

男が怒鳴る。

「ふざけるな!」

掴みかかる。

その瞬間。

木刀が動いた。

一閃。

男の腕が弾かれる。

続いてもう一撃。

足元を払う。

男は床に転がった。

立ち上がれない。

痛みではない。

完全に戦意を折られていた。

やがて警察が到着した。

男は連行される。

その姿を、

老人たちは静かに見送っていた。

誰も拍手しない。

誰も騒がない。

ただ、一人の老人が小さく頭を下げた。

「ありがとう」

侍は何も言わない。

ただ軽く頷いた。

帰り道。

夕焼けが街を赤く染めていた。

ユウキは歩きながら言う。

「今回はすぐに動かなかったな」

侍は少し空を見上げる。

「証拠が必要だったのであろう」

ユウキは笑う。

「前なら先に飛び込んでた」

侍は少し考える。

そして静かに言った。

「お前の言葉を無視できなくなった」

ユウキは思わず足を止める。

「……それ褒めてる?」

「知らぬ」

侍は夕焼けを見る。

「それに――急いでも救えぬ者がいる」

ユウキは少し驚く。

侍は続ける。

「それを学んだ」

風が吹く。

スーツの裾が揺れる。

ユウキは少し笑った。

侍もわずかに目を細める。

遠くで子供たちの笑い声が聞こえた。

「俺、もっと強くなりたいな。」

「今度は、助けられる側じゃなくて。」

「誰かを守れるぐらい。」

政宗は静かに頷く。

「ならば、鍛えろ。」

ユウキも静かに頷いた。

守るべきものは、まだたくさんある。

だから二人は歩き続ける。

悪を断つために。

そして――

誰かの明日を守るために。

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