表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毒樹の果実  作者: ヒゲ博士


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/31

エンドロール

大阪の中心地として有名な難波駅には、大きな広間が作られている。

 もともとタクシーロータリーだった場所を改築し、誰しもが往来できる公共物として変貌していた。


 その広間には誰もが座れる簡素で白色の机と椅子が、いくつか並んでいた。


「ふぅ……こんなに人混みが多いと気が滅入るわね。」


 椅子を引いて腰掛けるのは、髪をポニーテールに結んだ女性だった。

 彼女は手に持っていたコーヒーカップを一口煽って机に置くと、背もたれに身体を預ける。リラックスした体勢になり、静かに独り言を並べる。


「2週間前のニュース、見たでしょ。真壁くんは捕まっちゃったよ。それに付き合った竹内くんも、山澤2曹も、後輩ちゃんずもね。停職半年だそうよ。」


 どこに話しかけようともしない。指向性のない言葉は続く。


「これで退職金はみんなぱー。人生狂わされたとか思ってそうね。正直私もそうだけど。まぁお前らが言うなよって感じよね。貴方からしたら。」

「……そんなことは、思っていないが。」


 背後から忍び寄る男の声にサヤは振り返る。背もたれに大きな背中を張り付けた男を見て、サヤは静かにほくそ笑んだ。


「どうなの?体の方は。同期として心配はしてる。」


 男は少しの間を作って、口のなかで言葉を選び、吐き出した。


「最初は苦労したが今は痛みがない、熱っぽくなる時もあるけど問題ない。特に最近は恐怖を感じなくてね。身体も頗る調子がいい。」

「それはよかった。」

「あの日、君が止めなければ、ニュースに載ってたのは俺だ。真壁じゃなくてな。」


 その言葉に濁りはなかった。迷いのない声に、寒気すら感じた。

 サヤは思う。一緒に働いていた頃の優しかった「おじさんくん」は居ないのだと。


「その様子だと新たな課題は、もう終わったのね。」

「......まぁな。だがお門違いだった。手にかけた人間は関係がなかった。手向けにもならないって話だ。」

「……どこまで知ってるの?」


 男はサヤの言葉が思いがけず、心に深く刺さった。まるで指に深く刺さるトゲのように、鈍痛が脈打つように、心の奥で痛みを感じる。

 なぜなら彼にとって、この半年を費やした成果は救い難いものだからだ。


「真壁が嘘をついていた。そして、マヒルは自殺した。」


 真壁の嘘については早めの段階で気がついていた。あの日渡されたスマホのメッセージは、何処か業務的で、マヒル本人のものではないと思ったからだ。

 黒木の釈明から得た情報があったとしても、何も変わらない。結果的にマヒルの生存を確かめるすべはない。何も変わらないのだ。

 無力さに握りこぶしを作り、自然と噛みしめた歯から異様な音を立てている。


 悔しさに喘ぐ男の手に、1枚の紙くずが舞い降りた。


「あなたの希望が、そこにあるといいわね。」


 紙くず丁寧に広げる。くしゃくしゃの髪にはとある住所がなぐり書きされていた。その住所には心当たりもなく、何がどういうことなのか理解が及ばない。

 それから男はゆっくりと振り返る。だがもうそこに、送り主はいない。


「行ってみろってこと…だよな。」


 希望は遠く、未来はない。嫉妬に人生を殺された男は、席を立って、また同じ道を歩き始めた。



















 警察から解放された黒木の耳には、事態が収拾に向かっている事を知らせるメッセージが届いていた。

 河川敷の上で、沈んでいく夕日を眺めながら、今更かとつぶやく。


「関わらなければよかった…。」


 お世話になった人達は、もう周りにはいない。頼れる人は軒並み消えて、社会復帰をするには遅すぎた。

 救いようもない沼に沈む黒木は、スマホを地面に置いて立ち上がる。


「俺があの人達に…サヤに頼まれて…人情に負けて…夕里を紹介しなけりゃよ…あー」


 まるで川のように、記憶が頭を流れていく。温かな過去の思い出が、黒木の背中を少しだけ押した。


「次生まれた時は、もっとまともな世界であれよ。」


 黒木はその場から飛んだ。高さはないものの、硬い石材でできた階段に身を落とす。その痛み、衝撃は、黒木を安らかな眠りへ連れて行く。


















 私は傷だらけの身体を恨んだことはない。手首を何度も切り裂いた痛みが示してくれるのは、確かな生だけ。


「なぁ…いいだろ夕里…。」


 汚い部屋で、汚い顔で、汚い欲をぶつけてくるこの中年から得られるものも、相対した生の実感のみだ。


 なのに私は拒んだ。細くて脆い両手が、男の接近を抗う。


「そんな抵抗しなくても…。」


 生を感じる為の行為を、私は拒んだ。ロジカルではない衝動が私を動かしたのだ。

 あの人がくれたものは、肌身で感じられる愛。その愛がまだ消えていなくて、私を守ってくれたのだ。


「ッ………ええかげんせぇ!!」


 だが現実は儚い。弱い力は強い力で簡単に塗り替えられて、欲の昇華を強制してくる。

 男は器用だ。片手で私の両手を握り固め、片手で私の服を脱がせる。

 嫌らしい視線で息を荒げる男の体温が嫌に張り付いていた。


「わたしは…別に望んでここにいるわけじゃない…。」

「いいや望んだ!お前は男に愛されることで生きてる事でしか、実感できないんだろ??」


 嫌だ。そんなの知らない。わたしはもう…あの人以外に触られたくない。

 男の顔がゆっくり近寄り、加齢臭が振りかかる頃に、玄関が無理やり開いた。


「え_______な…えぇえ??」


 古いタイプの玄関は鉄製で重い、そして鍵は堅固で壊れにくい筈だった。だが現実は非情だ。蝶番からもげたドアは、そのままの勢いで床に倒れる。

 外の街灯が暗い部屋に差し込んで、ドアを破壊した犯人の顔を隠す。


「わるいな。俺の女を取り戻しに来た。」


 声も、匂いも覚えてる。あの人は私のことを忘れたわけではなかったのだ。

 待ち望んだ光景だ。夢にまで見た救いの手が、絶望に沈んだ私を拾い上げてくれる。


 未来に希望はない。今にこそ輝いて光るものが希望だ。
















毒樹の果実とは…

アメリカの法理に由来する刑事訴訟用語で、違法な手続き(毒樹)で得られた証拠から派生して見つかった、二次的な証拠(果実)も証拠能力を否定されるという理論


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ