真壁、停職処分一日目の終わり。
サヤから受け取ったのは起こった事件に関わるネット記事だった。
「これがムタさんだって言いたいのか。」
怒りが燃え盛る復讐によって、関係のない人たちまでもが傷ついていた。しかも爆発物を使っている可能性までもが示唆されている。
画像を見ることはできないので他人のそら似という儚い希望が残っている。どうかムタではありませんようにと、藁にも縋るような祈りを、サヤのメッセージが否定する。
【私達が知っているムタさんだと思う。】
スマホをスクロールしていくと、防犯カメラの切り抜き画像が貼られていた。作業着の下に羽織っているトレーナーのフードを深く被る男の画像だ。その表情は陰っているがよく見える。
巌のように強面で、30代よりも老けた顔立ち。ガタイもいい。特に発達した背筋が見て取れる。僕達が認識しているムタで間違いない。
【これだけ顔がわかっているのに、素性がバレていないのは奇跡ね。いま、警務隊の要請でムタさんの退職前休暇調べてるんだけど・・・いろいろ不自然な点が多い。なにかわかれば連絡するわ。次はどうしたらいい?マヒルさんについても調べてるけど時間がかかりそう。】
少しづつ手詰まり感が出てきた。狭い部屋の中で、スマホひとつ。この手に収まっている電子機器一つだけが情報源。いくら自由に動く体があっても、閉鎖空間という小さいスケールの外には出られない。もし出られたなら茨城に出向いてムタを止めるのだが、叶わぬ願いだ。
「くっそ!!!なんでこんなときに停職____」
怒りが勝手に体を動かして乱暴に立ち上がった。ゆっくりと倒れていく椅子が、床にぶつかって音が響いた。
ムタは退職前に事務所仕事に勤しんでいた。ヘルニアのせいで満足に体を動かす事ができなくて、でかい体のせいで椅子をよく倒していた。椅子が倒れる音が、記憶を呼び起こし、ひらめきを引き出した。
「___そうだ…そう___そうだった忘れてた!!!」
歓喜の声が溢れたあと、慌ててスマホを取り出し、サヤに通話をかけた。
ワンコールで通話を取ると、スピーカーからは雑踏が流れ出す。耳障りの悪い喧騒をかき消すようにサヤの声が聞こえてきた。
『ちょっと、今から終礼なんだけど。』
「ヘルニアだ!おじさんくんはヘルニアだったんだ!!」
『なんなのもう……ええ。それはみんな知ってる。在職中は事務仕事しかしてなかったし…』
「ニュースでは喧嘩や人を傷つけるくらいには復活しているっぽいだろう?軽度のヘルニアは自然治癒するからそれなりに動けるようになるけど、合併症の腰椎変形症はそうはいかない。あのレベルなら手術が必要だ。それを追えば拠点とか、住んでいた場所に」
前職での度重なる重労働の末に、椎間板が潰れ、腰椎が反り返るように変形するというものだ。薬学治療ではどうにもならない。対応した整形手術が必要になる。そうなると病院だ。手記には病院にかかりつけているような文もあった。
「おじさんくんがかかりつけていた病院がわかれば…」
『確か在隊中は近場で受けていたはずね。だから茨城での動向はわからないけど、もしわかれば隠れている所在がわかるかもしれない。診断書がないか小隊長にちょっと問い合わせてみる。』
「頼む…あの人がこれ以上誰かを傷つける前に止めないと。」
それだけ伝えて画面からスマホを離すと、入れ替わりで竹内からの着信が入ってきた。
「もしもしどうした?」
『ちょっと真壁さん。何に巻き込まれたんですか。いきなり警務隊が大勢入ってきて、ムタさんと真壁さんの私物ひっくり返し始めて、営内が大変なことになってますよ。』
竹内の荒い呼吸の裏で、男たちの異様な喧騒が聞こえてきた。不鮮明だが威圧的な声を聞くに、警務隊が何かを探そうとして、部屋に侵入しているようだった。
だがその喧騒が少しずつ遠のいている。どうやら竹内は離脱している途中のようだ。
『まぁでもよかったですよ。ちょうど探り終わったところでしたから。』
僕の選択は間違っていなかった。竹内の運の良さと空気を感じ取る能力はずば抜けている。こういったダーティワークを任せて正解だった。
「それで?なんかわかったか?」
『いいえ。特に珍しい筆記物はなかったですよ。真面目な仕事のメモばっかり、あとはつかいかけの鎮痛剤くらいなもんです。もっと調べればあるのかもしれませんが、警務隊が来ましたし。』
ということは少なからず、在隊しているときには復讐の意図はなかった可能性がある。
時期として退職から犯行の計画を練っていたということだ。可能性は低かったが、ムタの手記が捏造されたものではないと確定できる。
「ありがとう。とりあえずサヤと合流して情報をすり合わせてほしい。」
スマホを切って、またポケットにしまい込む。そしてゆっくりと息を吸って、静かな空間に向かって独り言を零す。
アララギの思案は測りかねていたが、生活空間まで入り込んだことで狙いが浮き上がってきた。
「最初から被疑者はムタと僕…アララギにはめられたな…多分。」
僕への情報提供の無理強い、事実上の軟禁、そして営内への強制的な捜査。ムタを捕まえたいがゆえに僕を囲い込んでいるように見える。つまりは【ムタの暴行事件の関与】への疑いがあるのだろう。
確かに怪しい人物ではあるよな。一番親しくしてたし、直近で接触もある。今までの被害者は意識がないほどの致命的な暴行を受けているにも関わらず、僕だけは逃げ切れた。何かしらのやり取りがあったかと疑われても仕方がない。
だとしてもここまでする必要があるのだろうか。権力を動かす必要があるのだろうが。警察に任せてはダメなのだろうか。
考えることに疲れて天井を仰ぎ見ると、頭に登っていた血の気が引いていく。
ムタさん。あんたに何があって暴れてるんだ。アララギはなんでムタさんを捕まえたがってる。
この繋がりを解明しない限り、この部屋を出ることはできないのかもしれない。そんなマイナス思考が、僕の胸をヘビのように締め付けている。




