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毒樹の果実  作者: ヒゲ博士


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10/20

真壁の考察

 すべての手記を読み上げる。まるで別人にでも成ったかのような、抜け殻のような文を読んで息を呑んだ。がらんどうの心にベッタリと張り付く後悔が、僕の腹から溜息を押し出させる。


 ムタさん。あんた何する気なんだ。


 過去の彼氏に会いに行く行為。母親との邂逅。僕はムタさんがなんのために過去を漁るのかわかった気がする。そしてその計画は、恐らくはもう起きているのだろう。

 間違いが起こる前に彼を止めないと。これは僕の責任だ。


 制服の隙間からスマホを抜き取って、後輩である竹内にメッセージを送った。


【ムタさんの残していった物を探してくれ。私物のメモがあれば写真を撮って送ってくれ。急ぎで頼む。】


 手早いタップとフリックを織り交ぜて、サヤを引き出す。


【ムタさんの連絡先を探って。】


 淡々と要件を済ませた。返信を待つ暇はない。自分でもわかるほどに慌てた様子でスマホをポケットに入れ込んだ。

 静寂が耳を支配するこの部屋で、僕ができることは限られすぎている。八方塞がり。外に頼るしかない。この手記だけで得られる情報はムタのパーソナルくらいだろう。

 状況の整理を脳内で回していると、タイミングを見計らったようにアララギが音を立てて入室した。

 

「……慌てた様子だね。」


 わざと呼吸を抑えていたのが裏目に出た。取り繕うための言葉を即席で構成し、口から出力した。


「正確に言えば驚きですよ。手記を見たらムタさんらしくなくて。」

「やめろ。」


 アララギは仰々しい歩幅で進み、椅子に腰を据えた。


「見え透いた言い訳はよせ。見てくれのいい言葉だけを吐きつけるな。」


 何なんだこいつは。まるで神のお言葉のような物言いに苛立ちを募らせるが、言葉にはしない。なぜなら図星だからだ。


「……。」


 今度は彼からの返事がないのは、続けろという意味なのだろうか。判断が難しいが続けてみる。


「ムタさんは温厚だとみんなは言ます。それは客観的な意見。彼は我慢してるだけです。堪え性があるから我慢できる。そうして限界を迎えると、どーん。ダムが決壊する。」

「決壊…難しい言葉を使う。」

「だってそれが本当ですから。抑えていたバネが伸び上がるように、爆発に近い怒りは彼すら御しきれません。以前同期と喧嘩したときもそうでしたから。そういった心を殺す素振りが消えた。この日記の中でムタはもう、我慢をやめているように見えます。」


 記憶の中、嬉々として動き回るムタの姿が、アララギには見えていない。彼が欲しいのはこういう情報なのだろう。


「それが手記を見て思ったことか?」

「あと…マヒルの後を追いかけているように思えます。」

「それはわかる。」

「それは文面だけ汲み取った感想ですよね?僕が手記から読み取れるのは、ムタさん自身が死んでもマヒルの復讐を遂げようとしていることです。なりふり構わずに」


 母親から聞き出したマヒルの過去を追いかけて、ムタさんは自殺の要因となった者をあぶり出し、つぶすつもりなのだ。


「そんな事を考える人ではなかった。…貴方は何か知ってるんじゃないですか?例えば、ムタさんに余命がついてるとかね。」


 日誌の中で、彼の人格形成に綻びを見せていた。優しい性格という相対的な評価は、裏返せば極端な人への興味のなさだ。人間に興味がないだけで、ここまで変わることは難しい。故に別の問題で追い詰められたと仮定できる。

 今までのやり返しのような返答に、アララギは静かに問いかけた

 

「どの時点でそのように感じた。」

「9/1です。勝手に責任感を背負って真面目に生きてる人だったのに、こんなに投げやりな彼を、僕は想像できません。想像できないということは」

「頭に情報がないから。大澤くんの口癖だ。」


 アララギは僕の返答に満足したのか、言葉の味を口に入れて、ゆっくり吐き出した。


「良い後輩を育てたね。」


 何やら勝手にしんみりしてるので、質問を投げてみる。


「マヒルと言う人物については知ってるんですか?」

「ああ。勿論調べはついている、ムタの恋人だろう。第4回米日共同訓練の時に自殺したと聞いているが。」


 やはりなと感じてしまう。


「なんだね?何か思案があるのか?」


 少しだけ細めた目が鋭い。


「紙資料から得られるものは情報だけです。その時の熱量を知らない。」


 僕は目の当たりにした事を話し始めた。誰も知らない、あの人の激情を伝える。


「あの日、ムタさんは訓練明けでした。疲れた手で僕からスマホを受け取った時、画面を見ながら黙ってました。」


 生えだしていた髭にまみれた口周りは、猫が背を丸めるように噛みしめる。感情が漏れ出すのをひたすら留め、そして次第に身体は震える。

 頭のなかに流れてくるそんな光景が、今でも僕を離してくれない。


「最初は耐えてたんでしょう。ダムみたいに心の中に留め淀んでいたものが、外壁が割れて水が出るみたいに。ムタさんはその場にうずくまって鳴き始めたんです。」

「……申し訳ないが、人を亡くしたらそうなるだろう。普通な光景だと思うが。」

「骨が見えるくらい地面を殴っても?」


 怒りと情けなさで、消えてしまいたい。そんな言葉は吐かないが、沈んでいく背中が語っていた。


「あの人は多分、自分の事なんてどうでもいい。他人に興味もない。モラルだけがのこったクマ…そんな人だったのに…。モラルを軽視する人と、愛する人が傷つけられることが大嫌いな彼が自衛隊を辞めた。もう枷はありません。」


 僕が話すごとに組み上がっていくムタの思考に、アララギは気づいて目を開いた。スタートとラストは繋がっている。


「自殺を追い込んだ何者かへの復讐…考えになかったわけでわないが、角度の高い推測か。みすぼらしい。」


 胸の前で腕を組んで、鼻を鳴らしている。まだ気づいていないらしい。


「何だ。笑っているのか。」

「いえいえ笑っているというか…あの人をどうする気なのかと気になりまして。」

「ふむ。まぁなんだ。自衛隊のイメージを貶めないように身柄をこちらで拘束し____」


 嘘だ。捕まえるだけなら僕をここに閉じ込める理由にならない。


 たしかにデジタル社会に溶け込めない彼だったので、正攻法で追跡するのは難しいだろう。元自衛官ということもあって逃げ延びるスペックはある。正攻法で捕まえようとしているなら一年はかかるだろう。

 前提条件を踏まえて、僕から欲しいものは何だ僕を隷属させてまで欲しい情報は何だ。確かにムタとは長い付き合いだが、渡せる情報などはたかが知れている。


「____最近の自衛隊への不信感は…。」

「マヒルか。」


 思いがけない言葉に言葉を漏らしてしまった。するとアララギの口が止まる。図星をついたようだ。


「マヒルが何なんですか。なにか変なことでも?」

「マヒルについてなにか知ってるなら吐いてもらおうか。」


 突然、人が変わったかのようだ。圧力の度合いが違う。今までの言葉にある程度の距離感と親切心があったが、マヒルというキーワードでアララギの人格が変わる。


 無理やり言葉を止められてしまっては、二の句をあげても意味がないだろう。彼の返事を話す。


「いえマヒルについては何も…あの子は秘密主義でしたから。だからムタは茨城に行きます。多分思い出よりも前のことが気になって、あの子の話を頼りに、記憶を辿っている。あの人は共感性に乏しいから、体を______」 

「つまり、マヒルの実家かね。」


 ん?なんだ急に。会話を飛ばしたぞ。


「____恐らくそうです。ですが彼女は母親と喧嘩別れしているので実家には向かわないでしょう。マヒルの特性上、恐らくですが教えていない。たしか手記に書いていた居酒屋の名前は…華だとかなんとか。そこで母親を待っていたと思われます。」


 ありがとう。それだけ残してアララギは、また部屋を出ていった。僕の話の終わりは毎回あっさりとしている。何を考えてるんだ。僕から情報が欲しいんじゃないのか。


「色々見えないな。」


 後味の悪い感覚を味わいながら、僕はまたスマホを取り出してサヤにメッセージを送った。


【ムタの彼女だったマヒルについて調べてくれないか。あと茨城あたりで暴行事件とかあれば教えてほしい。】


 こなれたタップで打ち込んで、メッセージを送るとすぐに返信が来た。


【なんかムタさんと連絡がつかないんだけど、あなたは何に巻き込まれてるの?】


 俺も知りたいよ。そんな愚痴みたいな言葉で返そうとしたとき、サヤからたくさんのURLが届く。アドレスの綴から、すべてニュース記事であることがわかる。

 羅列されるアドレスを上から触れようとするが、なぜだか怖くて指が震えてしまっていた。


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