表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

第8話

 太陽が沈み、空には無数の星が瞬いていた。

 だが、それも束の間――暗雲がゆっくりと空を覆い、その光を飲み込んでいく。

 やがて、冷たい雨が大地を叩き、熱を容赦なく奪い始めた。


 グライスは街道を外れた茂みの奥で、身を潜めていた。

 雨粒が衣服を打つ音ですら、今はやけに大きく聞こえる。


(……もう、手配は回っているな)


 視線の先。

 国境へと続く最後の関所――

 川を跨ぐ巨大な要塞には、夜とは思えぬほどの明かりが灯り

 兵士たちが慌ただしく持ち場を行き交っていた。


 明らかに、異常な警戒態勢。


 グライスは地図を広げ、ロイドの言葉を反芻する。


 ――おそらく大丈夫とは思いますが……

 ――もし関所が通れなくなった場合は、北へ。

 ――川の上流なら、警備も手薄です。


(北の方が……確かに安全だ)


 だが、胸の奥がざわつく。

 戦場で幾度も命を救ってきた、あの“勘”が、警鐘を鳴らしていた。


 関所警備の強化。

 巡回警備隊との接触から、この短時間での対応。

 偶然ではない。


(……ネイマンだ)


 彼ならば、次の一手も読んでいるはず。

 北へ誘導し、時間を稼ぎ、包囲を完成させる――

 そう考えていても、何ら不思議ではなかった。


 さらに言えば、王国側の支援者との合流。

 北回りでは、中立地帯を抜けるまでに時間がかかりすぎる。


 答えは、すでに出ていた。


「……ランマ。頼むぞ」


 柔らかな栗毛を撫でると、愛馬は短く、力強く鼻を鳴らした。

 グライスは口元に僅かな笑みを浮かべ、冷たく濡れた鞍に跨る。


「――行くか」


 手綱を引き、剣を静かに抜く。

 雨音の中で、金属が擦れる微かな音が消えていく。


 呼吸を整え、精神を一点に集中させる。

 己の奥――根源たる魔力へと、手を伸ばす。


 気力と魔力が満ち、世界が研ぎ澄まされたその瞬間――

 グライスは、鐙を強く踏み抜いた。



* * *



「ったく……こんな雨の日に非常呼集とはついてないな」

「全くだ。何が“脱獄囚に厳重注意せよ”だ」


 若い兵士二人が、不満を漏らしながら雨に濡れて立っていた。

 その会話に、近くで警戒に当たっていた中堅兵が口を挟む。


「軍本部の命令だ。文句を言っても始まらん」

「しかし、こんな辺境の関所に来るとは思えませんが……」

「相手は英雄――“不死身の戦鬼”だからな」


 聞き慣れない異名に、若い兵が首を傾げる。


「……誰のことです?」

「お前ら知らないのか。あの方は――」


 語りかけた、その時。


 ――蹄の音。


 雨音を切り裂くように、重く、速い振動が地を揺らした。

 高台の見張りが息を呑み、次の瞬間、鐘を激しく打ち鳴らす。


『馬だ! 単騎だ! 正面から突っ込んでくるぞ!!』


 疾風のような駿馬が、闇と雨を裂いて迫る。

 距離は、瞬く間に詰められていく。


「跳ね橋を――!」

「間に合わん!」


 櫓の弓兵が一斉に狙いを定める。

 だが――


 放たれるより早く、すべてが“振り払われた”。


 馬上のグライスは立ち上がり、剣に魔術を施す。

 刃が、淡く、しかし禍々しく輝いた。


「恨みはない――だが、押し通る!」


 一閃


 轟音と共に、石壁が砕け散る。

 関所の門は原形を留めることなく吹き飛び、

 守りを固めていた兵士たちは衝撃に耐えきれず、次々と川へ落ちていった。


 統率は、完全に崩壊した。


 悲鳴、怒号、混乱。

 そのすべてを背に受けながら、

 “不死身の戦鬼”は迷いなく関所を駆け抜ける。


 誰一人、止められない。


 櫓の上で責任者が叫び、遠距離魔術が使える兵を掻き集め砲撃を命じる。

 だが結果は同じだった。


 脱獄囚の背中は、遠ざかるばかり。


 やがて跳ね橋を越え、

 中立地域――魔物が跋扈する大森林へと、その姿は消えた。


 


 静寂が戻った最後の砦。


 崩れた門と、呆然と立ち尽くす兵士たち。

 責任者は、震える手で自らの未来を思い描き――

 顔色を失った。


 近くの伝令を掴み、低い声で命じる。


「……本部に速報だ。

 ――関所は、突破された」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ