第6話
「なに!? グライスが脱走しただと!?」
目覚めの第一報に、ネイマンは耳を疑った。
本来なら、今日は晴れやかな一日になるはずだった。
「……ちっ。詳細を言え!」
「はっ! 昨夜、拷問を終えた直後、牢の壁が突如破壊されました。看守が駆け付けた時にはすでに逃走後。現在、周囲の捜索を行っております」
報告を聞いた瞬間、ネイマンの表情が歪む。
部下の不始末に、腸が煮えくり返った。
「愚か者が! 手引きがあったのは明白だ。近場に潜んでいるはずがないだろう!」
「は、はっ!」
(くそ……目を光らせていたつもりだったが、見事に出し抜かれた……)
ネイマンは机に向かい、思考の糸を手繰り寄せる。
自らが把握している情報を次々と繋ぎ合わせるが――
どうしても、核心に辿り着かない。
(熱心なグライス信者の仕業……それは間違いない)
机上に積まれた書類を手に取る。
要注意人物の行動履歴、不審な接触、部隊配置の変化。
目を走らせるが、脱獄へと直結する痕跡は見当たらない。
――しかし。
(訓練部隊の名簿変更……ファーネン大尉……)
ネイマンの口元が、不気味に歪んだ。
即座に兵士を呼びつけ、命令を叩きつける。
「ロイド・ファーネン大尉の行方を追え。今すぐだ!」
* * *
「ここまでは、順調ですね」
「しかし、まぁ……」
人通りの多い街道を、ゆったりと進む部隊。
それはロイド率いる“訓練部隊”――
長閑な田舎道を進む小隊の中に、グライスの姿もあった。
一般的な兵装に身を包み、完全に偽装されている。
「よくこんな計画を思いついたな」
「えぇ。発案者に、心当たりがおありでは?」
ロイドの言葉に、ある人物の顔が脳裏をよぎる。
帝国軍きっての変人――天才参謀の、あの天真爛漫な笑顔。
「あぁ……こんな案を出すのは、あいつくらいだ」
「はい。ネイマンが気付くには、まだ時間がかかるでしょう」
――オラノ平原での野営訓練。
実戦前の新兵が行う、伝統的な訓練であり、
毎年実施されるため、計画書の審査も形式的なものに過ぎない。
その人員を巧妙に差し替え、
亡命支援部隊が密かに編成されていた。
「この訓練に紛れて大佐が亡命するなど、夢にも思わないでしょうね」
「相手はネイマンだ。油断は禁物だ」
「……そうでしたね。ですが、今日はこの辺りで野営を」
まだ日は高いが、夜襲を避けるための判断だった。
休息も取らぬ強行軍――
精鋭とはいえ、長旅には睡眠が不可欠だ。
一行は街道を外れ、隠蔽しやすい森へと入る。
手慣れた動きで天幕が張られ、
一時間も経たぬうちに野営地が完成した。
「大佐、準備が整いました。食事の用意ができ次第、お声がけします。それまで天幕でお休みください」
「すまない。助かる」
ロイドに案内され、天幕の幕を開く。
簡素な作りだが、戦場では十分すぎるほどだった。
(……新兵の頃を思い出すな)
地面の硬さを、妙に懐かしく感じながら目を閉じる。
ここまで張り詰めていた神経も、
信頼できる仲間に囲まれているという事実に、静かに緩んでいく。
グライスは――
ほんの数秒で、深い眠りへと落ちていった。




