第5話
(そろそろのはずだが……)
グライスは、地図に記されたポイントへと差し迫っていた。
夜はすでに更け、気温も目に見えて下がっている。
加えて、長時間の強行軍――愛馬の疲労も隠しきれなかった。
手綱を引き、足を緩めさせる。
周囲に神経を張り巡らせながら進んでいると、茂みから一人の兵士が飛び出した。
「ランズデー大佐!」
「その声……ポルコか!」
クセのある金髪が月明かりに照らされる。
姿を現したのは、上等兵ポルコだった。
「支援者はお前だったのか」
「いえ……私だけではありません」
その言葉に呼応するように、茂みがざわめく。
続々と現れる、馬に跨った人影。
月光に浮かび上がる帝国製の使い古された甲冑――。
それは、かつてグライスが率いた第3突撃大隊。
一番槍を担う第1中隊の面々だった。
「お前たち……。ということは、まさか――」
「はい。当部隊を率いるのは、私でございます、大佐」
軍馬の列を割って、奥から一人の男が進み出る。
優雅な騎乗姿の長身――第1中隊長、ロイド・ファーネン大尉。
「ロイド……お前まで……」
若くして五十人規模の中隊を任された俊英。
指揮官としても、武人としても非凡な才能を持つ男だ。
そんな将来有望な軍人が、グライスの亡命に手を貸す――
それは、未来を投げ捨てるに等しい行為だった。
「覚悟の上です、大佐。まずは馬の水分補給を。その後、すぐに出立します」
「あぁ、助かる。ランマも限界だった」
(……それすら計算に入れた集合地点、か)
「夜は冷えます。こちらを」
自分が、ほとんど布切れ同然の囚人服であることを思い出す。
差し出された服に袖を通した瞬間、
“服を着る”という行為そのものに、懐かしさを覚えた。
「本当に……すまない。みんなも……」
出立準備を進める兵士たちへ、視線を向ける。
「志願兵はこれだけではありません。小隊編成には、少々骨が折れましたよ」
「……俺は幸せ者だな」
「大佐だからです」
ロイドの言葉が、胸に深く沈んだ。
「それでは、今後の詳細を。まずはこのまま北進し、東西に延びるカイス街道を目指します」
淡々と語られる亡命計画。
説明を受けながら、グライスは静かに頷いた――そして驚く。
一ヶ月という短期間で練られたとは思えない完成度。
明らかに、多くの人間が関与している。
その事実に、胸の奥が熱を帯びた。
「以上となります。――ご質問は?」
「いや……ない。ただ、ネイマンは優秀だ。計画通りにはいかないだろう」
(間違いなく、ネイマンは俺を追い詰める……)
根拠のない確信だけが、胸に残った。
「……そうですね。臨機応変にいくしかありません」
「あぁ。出たとこ勝負は得意分野だ」
「そうでしたね、準備が整いました。時間がありません、急ぎましょう」
ロイドはクスっと笑って立ち上がった。
次々と騎乗する一行。
追手の姿は、まだない。
「――出立だ」
グライスたちは北へ向かって馬を走らせた。
東の空はわずかに白み始め、
山脈を下る向かい風が、鋭く頬を打つ。
遠ざかっていく小隊の背中。
その背中を――
遥か彼方の空から、絡みつくような卑しい視線が見つめていた。




