第1話
(何故だ……、何故こうなった……)
後ろ手を魔封錠で繋がれた最強の帝国軍人、グライス・ランズデーは法廷の中央に立たされていた。
(牢で目を覚ましたと思ったら、次は法廷だと?)
状況がまるで理解できない。昨夜までの記憶を必死に辿ろうとするが、途中から霧がかかったように抜け落ちている。
(何が……起こっている?)
思考の渦に沈みかけたその時――
バタン、と重々しい音を立てて法廷の扉が開いた。
黒いローブに身を包んだ数名の裁判官が入廷する。その背後に続く人物が見えた瞬間、グライスの胸に微かな安堵が灯った。
――ネイマン少佐。
幾多の死線を共に越えてきた部下であり、戦友。
しかし、その安堵はすぐに凍りつく。
全身を包帯に覆われ、重苦しい気配を纏ったネイマンの姿は、明らかに異常だった。
「ネイマン! どうしたその傷! 何があった⁉︎」
問いかけに対し、ネイマンは冷たく鋭い視線を向ける。
それは上官に、戦友に向ける目ではなかった。
「白々しいな、ランズデー大佐。いや……大罪人ランズデー」
「ネイマン……? 何を言って――」
カンッ。
乾いた音が法廷に響き、グライスの言葉を遮った。
「静粛に。――これより、被告人グライス・ランズデーにかけられた容疑について、審理を開始する」
「被告人……? 俺が……? 何を言っている、俺は――」
カンッカンッ
「静粛に」
裁判官の冷然とした声が突き刺さる。
「ネイマン少佐。証言を」
「……はい」
ネイマンは証言台へと進み、淡々と語り始めた。
「私は昨夜、ランズデー大佐の名誉賞授賞式の後、個人的に祝いの席を設けよう思い、ワインを持参してランズデー大佐の屋敷を訪れました」
(そうだ…………。授賞式後に声をかけられてそのまま屋敷で飲み直した。そこまでは覚えている。しかし、そこからが思い出せない)
「酒が進むにつれ、大佐は気を良くされ……ある衝撃的な提案を私に持ちかけました」
「その内容とは?」
「――”皇帝陛下の殺害。”すなわち、クーデターです」
ざわめきが法廷を満たす。
「待て! そんなこと考えたことも口にしたこともない!」
「被告人は静粛に」
歯噛みをしながら、グライスは黙るしかなかった。
「当然、私は帝国軍人として大佐の発言は到底看過出来ませんでした。そして激しい口論となり……大佐は口封じの為、私を殺害しようとしました」
ネイマンは拳を強く握り締め、言葉を続ける。
「そしてあろうことか大佐は……それを止めに入った奥方様とご子息を…………」
声が震え、しかし次の言葉ははっきりと告げられた。
「大佐が自らの手で切り伏せたのです」
ざわめきが悲鳴に変わり法廷を包む。
(フィーとアレンを…………俺が?)
「ま、待ってくれ! フィーとアレン……妻と子供は無事なのか?本当に――」
「大佐! 見苦しいですよ!」
鋭く遮るネイマン。
「あなたが……あなた自身が……2人の心臓に刃を突き立てたではありませんか!」
「本当に死んだのか……?」
「えぇ。あなたが牢にいる間に埋葬したところですよ」
世界が揺れた。
激しい眩暈に襲われ、グライスは膝を折りかけるが、歯を食いしばって耐えた。
(フィーとアレンが死んだ? 殺した? 俺が?)
「判決を言い渡す」
裁判官の声が法廷に沈黙をもたらす。
「被告人グライス・ランズデーは、被告人の妻、実子の殺害、ネイマン少佐殺害未遂及び国家転覆を企図した罪により、帝国軍人の名誉の剥奪並びに、所定の拷問の後公開斬首の刑に処す」
「違う……! 俺はやっていない!」
グライスの必死の訴えも、近くの兵士に取り押さえられかき消される。
地面に押し付けられながらも証人台上のネイマンを見上げた。
「ネイマン何故だ! 真実を話してくれ! 一体、何が――」
俯いたまま沈黙するネイマン。
だが、その口元が――ほんの一瞬歪んだ。
その瞬間、グライスは悟った。
全てがネイマンの謀略であることを――
「ネイマン・・・・・・、貴様ぁぁぁあああ!!!」
取り押さえる兵士を振り解き、飛びかかろうとするも更なる大勢の兵士に無力化される。
「よくも・・・・・・よくもフィーとアレンを・・・・・・!!!」
憎悪に燃えた鬼の形相でネイマンを睨みつけるグライス。一方、ネイマンは冷ややかな表情で見下ろしていた。
「さすがは"不死身の戦鬼"ですね。魔力を封じられても、なおその力」
「何故だ! 何故2人を殺した⁉︎ 何故こんなことをする! 何故だ!」
「何を仰る。2人を殺したのは間違いなくあなたですよ」
ネイマンの瞳の奥には卑しい笑みが浮かんでいた。
「貴様だけは……絶対に殺す」
「それはそれは……。怯えながら処刑の日を待つことにしましょう」
そう口にするが恐怖の色は微塵もない。
「衛兵! 大罪人ランズデーを早く連れて行け!」
元帝国の英雄は引き立てられ、死よりも残酷な拷問室へと歩かされる。
蔑みの視線と罵声が、雨のように降り注いだ。
(帝国の繁栄の為、命を投げ打った結果がこれか・・・・・・)
「――以上をもって、閉廷!」
裁判官の声を背にし、グライスは歩く。
憤怒の炎を瞳に宿し、心臓に刻むのは……
復讐




