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必死の形相で婚約破棄してくる殿下、心の声で「結婚してくれ」と泣いてるんですが正気ですか?

作者: キュラス
掲載日:2026/01/31

王立学園の卒業記念パーティー。  きらびやかなシャンデリアの下、着飾った貴族の令息令嬢たちが談笑する華やかな会場に、水を打ったような静寂が訪れた。


 その中心にいるのは、この国の第二王子セオドア殿下と、その婚約者である私、リリアーナだ。


 殿下は、まるで親のかたきでも見るかのような、鬼気迫る形相で私をめつけていた。  普段から「氷の貴公子」とあだ名される彼は、ただでさえ無表情で怖いのに、今日の威圧感は凄まじい。周囲の生徒たちが、怯えて遠巻きにするほどだ。


 青ざめた顔。わななく唇。握りしめすぎて白くなった拳。  どう見ても、これから私を断罪しようとしている男の姿だ。


 彼は震える指を、ビシッと私に突きつけた。


「よく聞け、リリアーナ・ベルンシュタイン!」


 低い声が、広間に響き渡る。  そして、彼は決別の言葉を口にした。


「貴様との婚約は、本日ただいまをもって破棄する!」


 会場から「あぁ……」と嘆息が漏れる。  やはりか、という空気。  冷徹な王子が、愛想のない伯爵令嬢を切り捨てた。誰もがそう思ったことだろう。


 ――私にしか聞こえない、**『心の声』**を除いては。


(うわぁぁぁぁぁん! 言っちゃった! 言っちゃったよぉぉぉ! ごめんねリリアーナ! こんなこと言いたくないのにぃぃぃ!)


 私は無表情を保ったまま、心の中で盛大にため息をついた。  ……うるさい。


「……理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか」


 私が淡々と尋ねると、殿下はさらに眉間のしわを深くした。  その瞳は、怒りに燃えているように見える。


「理由だと? そんなこともわからぬのか。これまでの己の行いを胸に手を当てて考えるがいい!」


(僕のせいだ! 全部僕がヘタレなせいなんだ! 君が僕に微笑んでくれないのは、僕が緊張していつもにらみつけちゃうからだよね! 知ってる! でも好きなんだよぉぉ! 好きすぎて顔が見れないんだよぉぉ!)


 殿下の心の絶叫が、鼓膜ではなく脳に直接響いてくる。  そう、私には最近、なぜか自分に向けられた「強い感情」が声となって聞こえるという、妙な力が覚醒していた。


 おかげで分かってしまったのだ。  この「氷の貴公子」が、実はただの「こじらせすぎた恋愛下手」であるということに。


「貴様は、私の婚約者としてあまりに冷淡だった! 私が話しかけても、常に短文でしか返答しなかったな!」


(緊張して赤くなってる君の顔、最高に可愛かった! 「はい」とか「いいえ」しか言わないその鈴のような声を聞くだけで、僕はその日一日ご飯が三倍美味しかったんだ! でも僕じゃ君の笑顔を引き出せない……ッ!)


「それに、私の公務に同行した際もそうだ。貴様は常に一歩下がり、目立たぬようにしていた。あれでは王族のパートナーとして不適格だ!」


(僕の三歩後ろを歩く君のしとやかさ! まさに大和撫子! 後ろ姿だけで白飯が食える! でも、もっと自信満々に隣を歩いてほしかった……いや、僕が頼りないからだね、ごめんねぇぇぇ!)


 殿下の口から出る言葉は、私の心をえぐるような罵倒ばとう。  しかし脳内に流れてくるのは、私への限界突破した愛と、自己肯定感の低すぎる懺悔ざんげだった。


 周囲の令嬢たちが、ひそひそとささやき合っているのが聞こえる。 「やっぱり、リリアーナ様は愛されていなかったのね」 「殿下、あんなに怒っていらっしゃるわ」 「お可哀想に……」


 違うんです。  あれは怒っているんじゃないんです。  断腸の思いで好きな子を振って、自分自身にブチ切れているんです。


 私は扇子で口元を隠した。  そうでもしないと、笑いが吹き出しそうだったからだ。    殿下は私のその仕草を見て、さらに勘違いを加速させたようだ。  肩をビクリと震わせ、悲痛な表情(に見える顔)で叫んだ。


「なんだ、その目は! 私への不満か!?」


(泣かないで! お願いだから泣かないでリリアーナ! 君が扇子で顔を隠すのは、泣き顔を見せないためだろう!? 僕なんかのために涙を流さないでくれ! 君の涙一滴は、僕の命より重いんだぁぁぁ!)


 泣いてない。  むしろ、今にも吹き出しそうなのをこらえているだけだ。


 私は呼吸を整え、改めて殿下を見据えた。  ここで彼に流されて婚約破棄を受け入れてしまえば、彼は一生、部屋の隅で体育座りをして後悔し続けるだろう。  それはあまりに寝覚めが悪い。  それに何より――こんなに面白い逸材を逃すのは惜しい。


「殿下。私の至らなさについては理解いたしました」


 私が静かに認めると、殿下の顔が絶望に染まった。


「そ、そうか……。認めるか……」


(あああ終わった! 本当に終わっちゃった! 僕の初恋! 僕の人生! 明日からどうやって息をすればいいの? リリアーナのいない世界なんて、カスタードの入っていないシュークリームだ……いや、皮すらない……ただの虚無だ……)


 例えがいちいち甘党なのはどうでもいいとして。


「では、新しい婚約者の方はどなたなのでしょうか?」


 私が核心を突くと、殿下は待ってましたとばかりに、ある人物を手で指し示した。


「……隣国の、ハワード王子だ! 彼ならば、貴様のような無愛想な女でも、明るく導いてくれるだろう!」


 会場の入り口から、陽気なハワード王子が手を振りながら入ってくる。  どうやら、事前に話をつけていたらしい。  私が幸せになれるようにと、わざわざ性格の明るい優良物件を用意して身を引く。  その行動力と根回しの良さを、なぜもっと別の方向、具体的には私への求愛に使えなかったのか。


 殿下は、ハワード王子に私を託そうとしつつ、心の中では血の涙を流していた。


(ハワード頼むよ! 絶対にリリアーナを幸せにしてくれよ! もし彼女を泣かせたら、隣国だろうと何だろうと軍を率いて滅ぼしに行くからな! ……ううっ、でも本当は嫌だ! 渡したくない! リリアーナのウェディングドレス姿を見るのが僕じゃないなんて、そんな地獄あってたまるかぁぁぁ!)


 心の声が、会場のBGMよりうるさい。


 私は決意した。  このめんどくさい、けれど愛すべき婚約者を、私の手で「教育」し直そうと。


 私は一歩、殿下に近づいた。


「殿下」 「ち、近寄るな! 私の決意は揺るがんぞ!」


(近い! 近いよリリアーナ! いい匂いがする! 今日は薔薇の香水? センス良すぎない? 待って、その瞳で見つめられると石化しそう! 好き! 大好き!)


 私はもう一歩、踏み出す。  殿下は後ずさるが、後ろは来賓用のテーブルだ。もう逃げ場はない。


「揺るがない決意、結構です。ですが、最後に一つだけ確認させていただいてもよろしいでしょうか?」


「……な、なんだ。言ってみろ」


 殿下は、処刑台に立つ囚人のような顔で私を見下ろした。  心の声は、相変わらず混乱の極みにある。


(何を言われるんだ? 「最低」? 「鬼」? 「死ね」? うん、全部受け入れるよ。君の言葉なら、どんな罵倒でも遺言にして墓場まで持っていくからね……!)


 私は、可能な限り妖艶ようえんに微笑んでみせた。  そして、爆弾を投下する。


「もしも、私がハワード殿下よりも、セオドア殿下のほうをおしたいしていると言ったら……どうなさいますか?」


 会場の時間が、凍りついた。  周囲の野次馬やじうまたちが、信じられないものを見る目で私を見る。  当然だ。冷徹な王子に婚約破棄を突きつけられ、罵倒ばとうされた直後に愛を告げるなど、正気の沙汰さたではない。


 だが、誰よりも凍りついたのは、目の前の殿下だった。


「……は?」


 殿下の思考が停止したのが、音で聞こえた気がした。  そして次の瞬間、脳内に特大の爆音が響き渡る。


(えええええええええええええええ!? えっ? いま何て言った? お慕いしてる? 僕を? この氷のように冷たい(と自分でも思う)僕を!? ハワードじゃなくて!? 嘘だろ!? 夢か!? これは走馬灯そうまとうの一種なのか!?)


 殿下は口をパクパクと開閉させ、金魚のような動きを見せた。  氷の貴公子、形無かたなしである。


「き、貴様……何を、ふざけたことを……。私への当てつけか? それとも同情か?」


 必死に威厳を取りつくろおうとしているが、声が裏返っている。  顔は真っ赤で、耳まででダコのようだ。


(同情でもいい! 嘘でもいいからその言葉、録音しておきたかった! いや待て、期待するなセオドア。これはわなだ。彼女が僕ごときを好きになるはずがない。きっとこれは、最後に僕を油断させてから地獄に突き落とす高度な復讐ふくしゅうなんだ……!)


 どこまでもネガティブな思考回路だ。  私はあきれを通り越して、愛おしさすら感じ始めていた。  ここまで私のことを想い、勝手に悩み、勝手に爆発している人間が他にいるだろうか。


 私は殿下の胸元に手を添えた。  触れた場所から、心臓が早鐘はやがねを打っているのが伝わってくる。


「罠でも復讐でもございません。私は、不器用で、本当はお優しい貴方のことが、ずっと前から好きでした」


 真っ直ぐに目を見て告げる。  これは嘘ではない。  最初の頃こそ「怖い人」だと思っていたが、心の声が聞こえるようになってからは、彼の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが可愛くて仕方なかったのだから。


 殿下は、ヒッとのどを鳴らして後ずさった。


「な……な、な……」


(名前! 名前を呼んでくれたら信じる! いや信じないけど信じたい! リリアーナ! リリアーナぁぁぁ! 神様、もしこれが夢なら二度と目覚めさせないでください! 全財産あげるから!)


 神様への買収工作が始まった。  私は彼を安心させるために、とどめの一撃を放つことにした。


「セオドア様」


 耳元で、甘く囁く。


「心の声、全部聞こえておりますよ?」


「…………へ?」


 殿下の動きがピタリと止まった。  瞬きすら忘れて、私の顔を凝視ぎょうしする。


「ですから……『リリアーナのウェディングドレス姿を見るのが僕じゃないなんて、そんな地獄あってたまるか』とおっしゃっていましたよね?」


「……………………」


 殿下の顔から、急速に血の気が引いていく。  それと同時に、過去の自分の言動――心の中で叫び散らかしてきた数々の愛の言葉や、恥ずかしい妄想――が走馬灯のように駆け巡っているのが、手に取るように分かった。


(き、きこ……聞こえて……? 全部? あのポエムも? 『君の食べ残したパンになりたい』って思ったことも? 『君の靴底になりたい』って願ったことも? 全部!?)


 待って。  それは初耳だ。いつの間にそんな変態的なことを願っていたのか。  一瞬引きかけたが、もう手遅れだ。


「はい。全部、筒抜つつぬけです」


 私がニッコリと微笑むと、殿下はガクガクとひざを震わせた。  羞恥しゅうちと、驚愕きょうがくと、そして歓喜。  すべての感情がキャパシティを超えたのだろう。


「あ……あぅ……」


(じゃあ、嫌われてない? 僕の本音を知ってて、それでも好きって……言ってくれたの……? 結婚、できるの……? リリアーナと……?)


「はい。結婚しましょう、セオドア様」


 私が手を握ると、殿下は限界を迎えたようだった。    ブワッと鼻血を吹き出しそうなほどの紅潮こうちょうを見せたかと思うと、彼は白目をいた。


「幸せすぎて……死ぬ……」


 ドサッ!


 盛大な音を立てて、氷の貴公子が床に倒れ伏した。  会場に悲鳴が上がる。


「きゃあぁぁっ! 殿下が!」 「リリアーナ様が殿下を倒したぞ!」 「なんと恐ろしい……!」


 周囲の人々は勘違いしている。  私が何かひどいことを言って、殿下を打ちのめしたのだと思っているようだ。    けれど、床に転がった殿下の顔は、だらしなく緩みきって、今まで見たこともないほど幸せそうだった。  気絶しているのに、心の声だけはまだかすかに聞こえてくる。


(やったぁ……結婚……結婚だぁ……子供の名前どうしよう……へへへ……)


 私は倒れた婚約者の隣にしゃがみ込み、そのほおを指でつついた。


「起きてくださいませ、殿下。式の準備で忙しくなりますわよ」


 やれやれ。  どうやら私の婚約者は、私が思っていた以上に手のかかる人のようだ。  でも、退屈しない結婚生活になることだけは、間違いなさそうである。


 私は呆れたふりをしながらも、自然と緩んでしまう口元を扇子で隠した。  心の声がうるさい彼を、これからは私が独り占めして差し上げよう。


 ――こうして、王立学園の歴史に残る「婚約破棄騒動」は、一人の王子の気絶によって幕を閉じたのである。

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― 新着の感想 ―
台詞もなくフォローもされない、当て馬にされたハワード殿下が哀れです。
父王陛下の嘆きが聞こえてきそう。 「馬鹿タレが。ヘタレにも程があるぞ。大丈夫か」 でも、なんだか遺伝くさそうな気がする。 つまり、己を盛大に棚に上げてるわけで。 王妃陛下が横で更に嘆いてそう。 「…
セオドアの心の声がいちいち面白かったです(笑) リリアーナもまんざらではなさそうで、きっと幸せになりそうですね。
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