【朗報】悪役令嬢として処刑された私、なぜか「私を殺した男の娘」として生まれ変わったので復讐します
剣が振り下ろされる瞬間、私は何も考えなかった。
いや、考える時間がなかった、というのが正しい。
「悪逆非道なる罪により、エリシア・フォン・グラーデンを死刑に処す」
父の声は、いつも通り冷たかった。
公爵家令嬢として育てられた私を、父は一度も愛したことがなかった。
彼が愛したのは亡き母だけで、私はその「足枷」でしかなかった。
——けれど。
その理由を、私はこのとき知らなかった。
もちろん、私は何もしていない。濡れ衣だった。
王太子の婚約者を陥れた罪。毒を盛った罪。平民を虐げた罪。
どれも身に覚えがない。
だが父は、私に弁明の機会すら与えなかった。
証拠の検証も、反証の聴取もない。
まるで、最初から結論が決まっていたかのように。
——ああ、そうか。
最期に理解した。
これは父にとって、私を「排除」するための儀式だったのだと。
首が落ちる感覚は、意外なほど静かだった。
次に意識が戻ったとき、私は泣いていた。
赤子の身体に閉じ込められ、意思とは無関係に涙を流し続ける。
そして抱き上げる腕の持ち主を見上げた瞬間、理解した。
「エリア……我が娘よ」
私を処刑した男。
グラーデン公爵。
今生の父親。
——運命とは、ここまで残酷なのか。
彼に復讐など考えたこともなかった。
ただ状況を把握するのに精一杯で、気づけば彼の「娘」として生き始めていた。
けれど、すぐに私はその身をもって気付かされることになる。
彼が狂っていたことを。
「エリア、今日は何が食べたい?」
「エリア、寒くはないか?」
「エリア、こちらにおいで。父と一緒に本を読もう」
溺愛、という言葉では足りない。
いや、執着、束縛。異常なまでの愛情。
前世で一度も向けられなかった感情が、今は息苦しいほど注がれる。
「……平気」
三歳になった私は、最小限の言葉で応じるようになった。
油断して多くを語れば、何かしらボロが出る。
前世の記憶があることを悟られるわけにはいかない。
「そうか。エリアは賢いな」
そう言いながら彼は笑う。
その笑みには、どこか必死なものがあった。
夜、彼が書斎にこもる時間だけが私の自由だった。
そんなある日、使用人たちの会話を聞いた。
「公爵様は、前の奥方様を亡くされてから……」
「ええ。そして前妻の娘さんも、確か処刑されたとか……」
「今のお嬢様には、本当に優しいですね」
――前妻の娘。
つまり、私。
エリシアという名前は、彼らの記憶から消えつつあるらしい。
だが、父は覚えているはずだ。
自分の手で殺した娘のことを。
ある晩、彼の書斎に忍び込んだ。
机の引き出しには、鍵がかかっていた。
だが、子供の身体は小さく、隙間から手を伸ばせば開く。
中には、古い肖像画があった。
――母と、幼い私が写っている。
そして、端に添えられたメモ。
『エリシア。許してくれ』
走り書きの文字はひどく震えていた。
何度も書き直した痕がある。
「……何を」
許すものか。
私は静かに引き出しを閉め、そっと部屋を出た。
七歳になった私は、父の書庫で多くの本を読むようになった。
彼は喜んで、あらゆる本を与えた。
歴史書、魔法書、そして――この国の裁判記録。
「エリア、そんな難しい本を読んで……」
「これが面白いのです」
「……そうか」
その中に、私の裁判記録があった。
『被告エリシア・フォン・グラーデン。王太子妃候補への毒殺未遂、平民への暴行、領地での搾取――』
ここに書かれていることは全て、嘘だ。なんせ、その本人がここにいるのだから。
だが、そこには「証人」の名がずらりと並んでいた。
そこには私の侍女たち。執事。そして――王太子妃その人。
全員が、私を陥れた。
「……なぜ」
呟いた瞬間、背後から父の声。
「どうした、エリア?」
「――いえ、何でも」
私は本を閉じ、彼に微笑みかけた。
前世では一度も見せなかった、作り物の固まった笑顔。
彼は安堵したように笑い返した。
ある夜。
私は、父の書斎で「最後の答え」を見つけた。
それは裁判記録でも、再調査報告書でもなかった。
奥の金庫に隠された、一通の密書。
『王命:グラーデン公爵へ
王太子妃殿下の安全を最優先とせよ
——真実が明らかになった場合
貴公の一族の存続は保証されない』
そして、その下に添えられた父の自筆の覚書。
『王太子妃は罪を犯した
だが、それを暴けば王家は揺らぐ
——エリシアを生かせば、国が壊れる』
震える指で、私は続きを読んだ。
『娘一人を犠牲にすれば
領地も、家名も、使用人も守れる
それが、公爵としての責務だ』
……ああ。
そういうことか。
父は、選んだのだ。
正義ではなく、
真実でもなく、
「国」と「家」と「自分自身」を。
私は、愛されなかったのではない。
最初から秤にかけられ、切り捨てられたのだ。
私は唇を噛んだ。
それでも、彼は私を殺した。
そして今、「新しい娘」で罪を埋めようとしている。
その「新しい娘」が自分の手で殺した娘だとも知らずに。
「……許さない」
十二歳の誕生日。
父は盛大な宴を開いた。
貴族たちが集まり、私を祝福する。
その中には、あの王太子と、その妃もいた。
「エリア様、ご立派に成長されてお美しいです」
妃は微笑む。
私を陥れたその口で、祝辞を述べる。
「……ありがとう」
私も微笑み返した。
宴の終わり、父が私を抱きしめた。
「エリア。父はお前を、誰よりも愛している」
「……知っております」
固まった笑顔を向けながら答えた。
その腕の中で、私は決めた。
そろそろ、終わりにしよう。
最後の十二歳の夜。
宴が終わり、屋敷が静まり返った頃。
私は再び、父の書斎に立っていた。
「父上」
振り返った彼は、いつものように微笑んだ。
慈愛に満ちた、外向きには完璧な父の顔。
「どうした、エリア。眠れないのか?」
その声を聞いた瞬間、なぜか胸の奥で何かが完全に切れた。
「ええ。眠れませんでした。あなたが、あまりにも――よく眠っていらっしゃるようだったので」
「……?」
私は一歩、書斎の奥へ踏み込む。
机の上には、裁判記録と密書、そして父の署名が並んでいる。
「エリシア・フォン・グラーデン処刑命令書」
「王命の写し」
「そして、あなた自身の覚書」
一枚ずつ、指で叩く。
「すべて、読みました」
それを見た瞬間、父の笑顔が、初めて歪んだ。
「……お前、それを、どこで…!」
「…知っているか、ですか?」
私は小さく笑った。
「自分が殺した娘の魂が、目の前にいるとは思いませんよね」
だが、彼はすぐに理解したらしい。
「……エリシア、なのか」
その声に、後悔はなかった。
あるのは計算と警戒だけ。
「やはり、そうか」
「どこかで辻褄が合わないと思っていた」
——ああ。
この男は、最後まで“公爵”だ。
「あなたは知っていましたね、私が無実だと」
「もちろんだ」
即答だった。
「だが、それがどうした?」
私は、言葉を失いかけた。
「国のためだ。家のためだった。一人の娘と引き換えに、すべてが守れるなら安い犠牲だろう…」
「……それで、私を愛しているつもりだった?」
「当然だ」
彼は、悪びれもせず言った。
「お前はよく分かっている」
「殺したからこそ、今度は失敗しない」
「従順で、疑わず、私だけを見る娘を育てる――」
ぞっとするほど、はっきりとした悪意。
「お前は、私の理想の“娘”だ」
その瞬間。
私の中で、復讐という言葉が、ただの処理に変わった。
「……なるほど」
私は机の引き出しから、短剣を取り出した。
それは、私が処刑された日に使われたもの。
「では、これは――“公爵”としての判断ですよね」
「待て」
父は一歩下がった。
「エリシア。感情で動くな!私はお前に全てを与えた。地位も、教育も、未来も…」
「ええ。だからこそ」
私は、にっこりと笑った。
「あなたを殺します」
「……なっ」
「安心してください、国は揺らぎません。証拠はすでに、王家と敵対派閥に渡してあります」
父の顔が、真っ青になる。
「王太子妃の罪も、あなたの取引も、すべて、“明日”には表に出る」
「ば、馬鹿な……!」
「あなたが教えてくれたんですよ。“先に動いた者が勝つ”、と」
私は、一歩踏み込む。
「これは、娘の復讐じゃありません」
刃が、父の胸に触れる。
「あなた自身が作ったルールでの、敗北です」
「やめろ……!私は、お前の父だぞ!」
「いいえ」
私は、はっきりと言った。
「あなたは、私を一度も父として見なかった」
「だから――」
刃を突き立てる。
「私は、あなたを父として殺しません」
ぐらり、と父の身体が崩れ落ちた。
「……化け物、め……」
最期の呟き。
「ええ」
「あなたが作った、化け物です」
翌朝。
グラーデン公爵は急死した。
不正と王家への背信が暴かれ、家は没落。
王太子妃もまた、歴史から消えた。
私は、すべてを終えたあと、屋敷を去った。
もう振り返らない。
今度こそ、過去は終わった。
風が頬を撫でる。
空は、どこまでも広い。
「……自由だ」
誰の娘でもない。
誰の所有物でもない。
エリシア・フォン・グラーデンは、
自分の意志で、生き直す。
——これは、
処刑された悪役令嬢が、
本当の意味で“救われた”物語だ。
【完】




