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乗客エピソード 星夜と夏海と天の川

 七月五日、高校一年生になってまだ三ヶ月の俺『佐野(さの) 星夜(せいや)』は、週に一回のペースでとある神社へ向かうのが日課となっていた。

 その神社は下り坂の突き当たりに、街を見上げるような形でポツンと存在していた。行きは足への負担が少なくて楽なのだが、帰りは上り坂となるので部活帰りの足にはきつい。それでも行きたいと願ってしまう。

「こんな場所があるなんてな...」

 首に巻いたタオルで汗を拭いながら、近くのベンチに腰掛けた。太陽が沈みかけていて、空はオレンジ色に染まっていた。中学生の頃の俺はこの景色を見てどう表現するだろうか。

 すると、本殿の背後からガサガサと音がした。

「なんだ...?」

 気がつけば俺は音の正体が気になって、疲れ果てた足を動かしていた。

 そこには、白いワンピースを着た少女が茂みに顔を突っ込んでいた。


「...何してんだ?」

 声をかけてみたが、少女からの返事はなかった。

 確かに日本の国民全員に『黙秘権』は保証されているが、こうもあっさりと無視されると心にグサっと刺さる。

「...何か探し物でもあるのか?」

 俺はもう一度声をかけた。

 すると、その少女は突然立ち上がって俺の方を向いた。

「うるさい!このロリコン!」

 ...ロリコン?

 彼女は泣いていたのか、頬が少し赤かった。

「あんたが『くうちゃん』を隠したんでしょ!さっさと返してよこの腐れ外道!」

 マシンガンのように罵詈雑言が少女の口から飛び出してきた。そして一言も発しなくなったと思ったら、今度は泣き出した。泣きたいのは俺もなんだが。

「いや、俺は青春バカだからよ...。ロリコンとか腐れ外道じゃないぞ」

 何言ってんだ、俺?動揺してるのか?

 その言葉を聞いた少女は驚きの表情をしていた。

「あ、いや、なんかすまん...」


 およそ十分後に少女は泣き止み、冷静さを取り戻した。その間に、太陽はとっくに半分も沈んでいて、空は深い青色に染まりつつあった。

「くうちゃんは...この辺りに住んでいる黒猫なの。でも、最近は姿を見せなくて。心配で茂みとか森を必死に探していたの」

 神社の境内にあるベンチに座り、少女は内容を語った。

「どこに行ったんだろう......」

 俯く少女が可哀想で、『何とかしてやりたい』という気持ちでいっぱいになった。

「なら明日、俺と探しに行こう。明日は土曜日だから部活もないし、人数が多いほうが見つかりやすいだろうから」

 俺は少女にそう提議すると、驚いた表情をしていた。

「いいの?こんな身元も知らない人間のために...」

「ここまで関わっちゃあ、もう戻れないからな」

 すると少女は照れくさそうに言葉を口にした。

「ありがとう、ロリコンさん」

「ロリコンじゃねぇっての。星夜だ。佐野星夜。そういや、名前聞いてなかったな」

「...夏海。真島(まじま) 夏海(なつみ)

 少女は...夏海は顔を赤らめながら言った。いや、恥ずかしさのせいではなく、太陽の赤さのせいだろう。

 これが、俺と夏海の出会いだった。


 翌日の七月六日。

 早速、朝から神社の裏手にある山へと入った。

「あ、足跡!」

 夏海が猫のような足跡を見つけ、まじまじと見つめていた。

「追ってみようよ!」

 夏海は足跡を追い、俺は夏海を追った。

 しかし、途中で足跡が忽然と消えていて何も成果が得られなかった。あったとすれば...。

「これ、人の足跡だな」

 猫の足跡のかわりに人の足跡があった。いくつも残っているから複数人だろう。

 結局この日は、くうちゃんを見つけられなかった。

(もうどうしたらいいか何もわからねぇや)

 心の中で叫んでも、ただ(むな)しいだけだった。


 神社に戻ると、あからさまに夏海の気分は下がっていた。

「今日も見つからなかった...」

「大丈夫だ。明日にはきっと見つけられるさ」

「そ、そうだよね。きっとご飯をねだって出てきてくれるよね」

 無理やり作ったような夏海の笑顔は、俺には悲しそうに見えた。

 心のどこかで薄々気づいているのかもしれない。

『もう二度と会えないかもしれない』と。


 日曜日、俺は太陽の真下で自転車を漕いでいた。もちろん、目的地は昨日と同じであの神社だ。

 今日は午前だけ部活の予定が入っていて、腕も足もくたくただった。でも『明日きっと見つけられる』と言ってしまった以上、くうちゃんを見つける手伝いはしないと。

 神社まであと少しといったところで、四人の小学生とすれ違った。

「まったく、手こずらせやがって...」

「でも、目的が果たせたからいいじゃん」

「次はいつにする?」

「俺は次なんてごめんだ!」

 ゲームの話だと思って、俺は四人の会話を聞き流した。

 ただ、一人が持っていた何重にもされたビニール袋がずっと気掛かりだった。


 とりあえず俺は近くの駐輪場に自転車を置き、神社の境内へ入った。

「夏海〜?いるか〜?」

 名前を呼んだが、返事はなかった。

「...?」

 耳を澄ませると、誰かの荒い息づかいが聞こえてきた。...…本殿の裏だ。

「夏海っ!」

 俺は走ってそこへ向かうと、予想通り夏海はいた。

 ...無惨な姿の黒猫もいた。


「ロリコンさん...」

 夏海は涙を浮かべながら俺を見た。俺に突っ込む余裕なんてなかった。

 その黒猫は頭が無く、胴体だけが横たわっていた。そして地面には黒色の毛が散らばっていた。

「誰が...」

 そこで俺はふと思い出した。来るときにすれ違ったあの小学生四人のことを。

 あの袋はなぜあんなに何重にもなっていたのか?

 あの会話はゲームの内容じゃないのか?

「...今時の小学生は狂ってやがる」

 俺の中から何とも言い表せない感情が湧き出てきた。

 これは怒りか?悲しみか?いや、どっちもだ。

 気がつけば俺は、地面を蹴って走り出していた。

「ま、待って!」

 夏海の声が聞こえた気がしたが、俺の心には届かなかった。


 とっくに疲れ果てているはずなのに、俺の足は止まらなかった。全力で坂を上っていく。そのおかげで、あの小学生たちにすぐに追いつけた。

「き、君たち。ちょっといいかな...?」

 深呼吸をして呼吸を整えながら、小学生たちに声をかけた。

「誰だ?兄ちゃん」

 リーダー格のような男子が代表して応えてくれた。

「その袋の中、見せてもらってもいい?」

「っ...これはその、大事なものが入ってて」

「ほんと、一瞬だけでいいから。お願い」

 小学生たちが挙動不審になっているのを見て確信した。

(クロだな)

 そこで、俺はもう一押しした。

「...嘘をつくなって、隠し事はいつかバレるって、教えてもらわなかった?」

「「「「...!」」」」

 すると、リーダー格の男子が持っていたビニール袋を差し出してきた。

「ごめんなさい...ごめんなさい...」

 中を見ると予想通りで、黒猫の頭部が入っていた。

 一番内側の袋にはところどころに赤い液体が付着していて、何重にもされているのはこれを隠すためだろう。

 背後では小学生四人が泣いていて、泣き声の大合唱をしていた。

 俺は『殴り倒したい』という気持ちを抑え込んで、冷静であることを取り繕った。

「事情を...話してくれる?」

 泣きそうになりながらもつかみ取った『現実』とは、こんなに残酷なものなのか。


 その小学生たちは俺の母校出身の後輩だったので、俺の元担任だった黒川や、現在の校長、教頭がやってきた。ついでに警察まで。

 ただ電話で知らせただけでこんなに大事になるなんてな...。いや、分かってはいた。

 彼らの動機は『お菓子を取られたから』というちっぽけなものだった。そこから復讐心が出来て現在に至るわけだ。

「くだらない…」

 俺は小さく呟いた。

 ただ罪悪感はあったようで、ずっと『ごめんなさい』を言い続けていた。

「佐野くん、本当に申し訳ない。俺の指導が足りてなかった」

 黒川が小学生たちを叱った後、俺に深々と髪の薄い頭を下げてきた。

「俺はただ、人の手伝いをしただけで...」

「や、やっと見つけた!」

 すると、背後の坂から夏海が走ってきていた。

「はぁ...はぁ...。ごめん、心を落ち着かせてたらこんなに遅れちゃって」

「夏海...すまんな。生きた状態で見つけてあげられなくて」

「...大丈夫。こんな姿になっちゃってるけど、くうちゃんは帰ってきてくれたから」

 また、夏海は無理をして笑顔を作った。

「ありがとう、星夜」

 出会ってから初めて、俺の名前を呼んでくれた。


 事情聴取がおわった頃には、太陽は完全に沈み切っていた。

 俺と夏海は神社の境内で夜空を見上げていた。

 今日は七月七日、七夕の日。雲一つないおかげで、空にはいくつもの星が輝いていた。

「あれって天の川かな?」

 夏海が指をさした場所には、本当に天の川があった。友人に何回も教え込まれたので自信はある。

「くうちゃんは、星になって私たちを見ているのかな?」

「...多分そうだろうな。確証はないけど」

 俺たちは帰るまでずっと、目を合わせなかった。けれど、お互いに手を繋いで静かに空を見上げていた。


 あと三か月で二年も前のことになるのか...。俺はあの時の出来事を思い返していた。

 あの出来事からおよそ一か月後、夏海は遠くへ引っ越した。それ以降は会っていない。

「今頃、何してるんだろうな...」

 すると、駅に電車が入線してきた。

 今日、電車が空を駆けるというので、興味本位で乗ってみることにした。

 それと、もしかしたら夏海と出会えるかもしれないから。空を駆けるということは、必然的に星に...くうちゃんに近づくことになるからだ。

 区長の挨拶が終わり、電車に乗る時刻となった。『開ける』のボタンを押そうとしたとき...女性の手と重なった。

「あ、すいません...っ!」

「いえ、こちらこそ...えっ?」

 その女性を見ると、どこかで出会ったような感覚になった。

「...星夜?」

「もしかして、夏海か?」

「...久しぶりだね」

 あの時、無理やり作った悲しそうな笑顔ではなく、本物の笑顔を俺に向けてくれた。

 くうちゃん、こんな運命を用意してくれてありがとうな。

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