28話 滑走
今日もEF510形が走っていた。毎日お疲れ様です。
西松任駅に停車した辺りから、空の様子が怪しくなってきた。一応ワイパーのスイッチの位置を確認して……。
ポツ……ポツ……
「あ、降ってきた…」
これくらいなら走行に支障はないk
ピシャンッ!
どす黒い雲の中で雷が走り、光と音が辺りを包んだ。
まさに『DAISUKE』。いやそんな悠長なことを言っている暇はなくて。
『マスター、大丈夫ですか!?』
すぐにミズハから無線が飛んできた。
「あ~、うん。目も耳もなんともない。運転はできるよ」
『私の方も問題ありません。屋根などに落ちなくてよかったですね』
「ホントにそうだよ。でも……」
あの雷が鳴った直後、窓に叩きつけるように雨が降り出した。
のめり込むように前の風景を眺めている人がいるから、助士側のワイパーもオンにして……。
「難易度上がっちゃったね」
雨は上がってないけどねw。
こういう時に気を付けないといけないのが『滑走』である。
滑走・・・ブレーキ時に車輪をロックしたままレールの上を滑る現象。自動車で例えるなら『ハイドロプレーニング現象』である。これが起きると制動距離が伸びたり、車輪が摩耗したりする。
この現象は速度計に現れやすく、速度計の針が一気に0 km/h側へ振れる。なのに体感速度は遅くならない。そこで運転士は『あ、滑走してる』と気付く。
521など多くの電車には『滑走再粘着制御』というものが付けられている。電車のブレーキ時に滑走を検知した場合、ブレーキ力を自動的に弱めて再粘着させる技術である。自動車の『ABS』のようなものだ。
〈 結 論 : 悪 影 響 し か な い 現 象 〉
ゲリラ豪雨は五分ぐらいで止んだ。本当に一瞬だった。
そうなるとワイパーを動かす意味はない。僕は両方のワイパーを止めた。
それでも油断してはいけない。レールにはまだ水が浮かんでいるから。
と思った矢先、速度計の針が一気に10 km/hくらい触れた。もちろん0 km/hの方向に。
「……!」
ゴトン
すると、速度計は正常と思われる速度を示しだした。多分、滑走再粘着制御が働いたんだと思う。あの『ゴトン』という音がそうだったのかは分からないけど。
『まもなく加賀笠間、加賀笠間です』
……滑走以外は順調だなあ。
ゲリラ豪雨の後はまた快晴になった。コロコロ変わって、あまりにも気まぐれすぎる。誰か操作してたりして……んなわけないないない。
運転席の後ろにある窓に貼られているとおり、僕たち運転士は日差しの強さによってはサングラスをかける。一応言っておくが、ふざけているわけではない。
よく子供たちからは『ハンターだ!』と叫ばれることがある。まあ、似ているかと言われれば……服が黒くてサングラスをかけていることくらいしか共通点がない。
あとはスモーク加工のサンバイザーとかいろいろ。
『まもなく能美根上、能美根上です』
そういえば、ミズハが何も言ってこないなんて珍しい……いや、業務中に私語を話す方がおかしいよな、うん。
僕たちはあっさりと小松駅にたどり着いた。この時間でも乗客はいるんだなあ。
小松駅は金沢駅とは違って、『スラブ軌道』……砂利ではなくコンクリートになっている。メンテナンスの頻度は砂利の『バラスト軌道』よりも減るが、振動や騒音が大きくなる。線路の横には住宅が多く並ぶ場所もあるから、ほぼバラスト軌道が採用されている。
若干高い所にあるし、騒音の被害が出ないからこうなっているんだろう。
「ゲリラ雷雨になったときは 」
ゴオォォォォォォォォォォッッ!
「え、何て?」
むしろ飛行機の騒音の方がひどく、ミズハの言葉の後半がよく聞こえなかった。小松空港が車で十分のところにあるからだ。
僕が聞き返すと、ミズハは僕の耳元へ歩み寄ってきた。
「ゲリラ雷雨になったときはどうなるかと思いましたよっ」
「僕もちょっと焦った」
雪の日とは違った緊張感があった。
「でも、やっぱりマスターと一緒に仕事をするのが一番ですね」
ミズハは少し照れくさそうに言った。
な、なんか……。
「壊れた……?」
「失礼ですね!」
こ、こんな喋り方だったっけ……。こんなに感情を露わにしたっけ……。
いや、待てよ……六月から僕以外の運転士と仕事をする前はこんな性格じゃなかった。ということは。
「悪知恵を教えられた……」
「『悪』は余計ですよ!」
「加賀谷の女子会も少なからず」
「マスターのことなんて知りませんっ」
結局、この日に結論が出ることはなかった。
そういえば、僕は六月末に言う言葉がある。
『とても素敵な六月でした』
Eightさんの曲名がまさにピッタリだった。




