一九九七ペア・3
夢を見たけど、内容を覚えていない。
不思議な場所から脱出できた翌日、僕は病院を巡っていた。診断結果はなんの問題もなく、健康体だった。けれど、
『念のため、二日ぐらいは休んでくれ』
と金石区長に命じられた。仕方ないので二日間、家でゆっくり過ごした。
ミズハは加賀谷と共に仕事をしていたようで、加賀谷が家まで迎えに来ていた。二人には頭が上がらない。
あのスープラの所有者は軽度の認知症を患っていて入院中らしい。そこで所有者の弟が『一週間ほど預かっておいてもらえないだろうか?』と言ってきた。預かるのはいいんだけど……。
「翫くんの家にスペースは……」
「あるにはありますけど、防犯の面が心配で」
家の駐車場にはガレージもなければ防犯カメラもない。盗まれる可能性が高いのだ。
「いっそのこと、会社の敷地内に置くのはどうでしょう?」
「それだ!」
ミズハの案は僕も納得できる。そもそも関係者以外立ち入り禁止だから勝手に入れば不法侵入だし、出入り口にはバリケードもついている。
それに、FL5シビックやR32型スカイラインGTS25を乗っている同僚もいるから紛れやすい。
「ならさっそく移動だ!」
金石区長が意気込んでいたが、スープラを動かすのは僕である。
「……かっけえなあ」
「やっぱり変わりましたね、時代の流れで」
FL5とスカイラインの間に挟むようにスープラを停めた。
「俺も面倒見てやっからよ」
彼は『見上 杉生』。歳を感じさせない元気さが特徴だ。スカイラインの持ち主で、運転士をしてもうすぐで十年になるベテランだ。僕もよく豆知識を教えてもらっている。
「いい笑顔してるね…!」
スープラに語り掛けている彼は『輪嶋 近之介』。僕の一つ下にあたる後輩だ。眼鏡に少し長い前髪は本物の陰キャ……実際にそうである。
「輪嶋、人の車だぞ」
「あっ、ごめんなさい見上さん」
この二人なら大丈夫だろう。だって。
「けど、やっぱ俺のスカイラインが一番だな」
「僕も、シビックが一番ですよ」
既に愛車を持っているから、盗むことがない。
会社の中に戻ると、真剣な表情で金石区長が電話で話していた。
「……分かった、すぐに向かわせる」
「ミズハ、何かあったの?」
近くにいたミズハに状況を尋ねた。
「それが…」
「翫くん!」
「は、はい」
突然、金石区長から名前を呼ばれた。
「すぐに森本駅へ向かってくれないか。ミズハは連れて行かずに」
「えっと、何かあったんですか?」
「出たんだよ、君が言っていた681系が」
「えっ?」
「ちょっと待ってください!なぜ私は行ってはならないのですか!」
ミズハが金石区長に詰め寄った。それでも区長は表情を変えなかった。
「微量だが磁気を放っている。そんなところに連れて行けば、最悪……故障につながる」
「それでも…!」
「ミズハ」
声を荒げるミズハの頭に手を置いた。
「本当に悲しいけれど……区長がダメっていうから連れていけない」
「……分かりました」
ようやく感情を抑えてくれた。やっぱりミズハを抑制できるのは僕だけなのかもしれない。
「絶対、帰ってきてください」
……盛大なフラグを立てたよ、目の前の彼女は。
「僕だって、まだ生きていたいよ」
まるで対抗するかのように、僕もフラグを立てた。




