一九九七ペア一・2
「お邪魔しま~す……」
スープラの中は意外と綺麗だった。カビの臭いも小動物の亡骸もない。まるで最近まで誰かが手入れしていたみたいだ。
刺さったままの鍵を捻ると、すんなりエンジンがかかった。マフラーからは少量の煤が噴き出し、慌てて鼻を覆った。これって吸ったらダメなやつかも……。
ただ、煤は数分間アイドリングしてやると出なくなった。
「えっと、とりあえずエンジンは切って……」
僕はトランクルームやグローブボックスなどを探しまくった。その結果。
「写真が出てきた……」
サンバイザーから、おそらく持ち主の老けた男性とスープラが映った写真が見つかった。そこに映っている男性は笑顔でピースしていた。
『君に決めて良かった』
写真の裏にそう綴られていた。
「ピースだけに……ってことか」
アニメに詳しいおじいさんって存在するんだ、と思ってしまった。
「隅々まで探してみたけど、681系に関係してそうなものはなかったなぁ……君ら何でここにいるの?」
今のところ共通点は『1997年』しかない。
コツ、コツ、コツ……
線路の続く先から足音が二つ聞こえた。ようやく助けを呼べる!
すみません、と声を暗闇に向かってかけようとしたときだった。
「ここにお宝があるのか?」
「それがあるんだよ。傷さえつけなきゃ1000万だ」
「本当か!?」
うん、これは助けを求めてはいけないタイプの人間だ。令和でもトレジャーハンターは存在しているんだな。
僕は何も考えずにスープラの運転席に座った。でもこれ、逆光で見えづらいとはいえすぐにバレるんじゃ……?
「今、音がしなかったか?」
「ああ、何かバタンって」
「……俺らの獲物を横取りする輩がいるのかもな」
やらかした。ドアを閉めるときに音を出してしまった。だって半ドアだと違和感で気付かれるし……どちらにしろ、気付かれるじゃないか!
ならもうスープラで逃げる他ない。
タタタヴォッヴォヴォヴォ……
「っ、おいドライバー!聞いてるか!」
ヴァンッ!Stu tu tu tu………
挨拶代わりにエンジンを吹かしてみた。可愛らしい笑顔とは裏腹に、整ったサウンドと何か掃除機みたいな音がした。
3000回転くらいで回転数を保ち、一気にサイドブレーキを解放した。
グオッ!
「うわっ…!」
スープラは猛烈なスタートダッシュを決めた。カローラスポーツや521では体感したことのないほどのGが体にかかった。
「くそっ!」
スープラは毒づいている窃盗団を無視して、線路の隣をひたすらに加速していった。
「逃げられはしたけど、これってどこに繋がっているんだろう?」
ちょっと不安になってきた。壁で行き止まりだったらどうしよう。
スピードメーターを見ると138 km/h……今140 km/hになった。
その瞬間、外の景色が真っ白になった。あまりの眩しさに僕は目を瞑った。
この時だけ『Daisuke』のポーズをとっていたと思う。
「ん……あれ?」
目を開けると、西金沢駅の西口、しかもロータリーにいた。もちろんスープラの車内で目覚めた。
それにしても、140 km/hで転移(?)って……デロリアンかよ。
ピコピコピコピコピコ……
ポケットに入っていた僕のスマホの通知が鳴りやまなくなった。マナーモードにしておいて正解だったけど、これはこれでウザい。
「誰だろう……」
画面を開いてみると、加賀谷が現在進行形でメッセージを連投していた。
『ダイジョブですかぁ~?』
……指がズキズキしてきた。主に親指以外が。
というか、ギガが飛んでくからやめれぇ~!
『何時だと思ってるの?』
そう打ち込んでメッセージを送った。瞬時に既読が付いたと思ったら電話がかかってきた。
『翫さん!本当にダイジョブなんですか!?我慢してるだけじゃないんですか!?』
「なんで電話にはノイキャンがないんだろう……ちゃんと足も腕もあるよ」
『よ゛か゛っ゛た゛!゛』
高音で叫ぶのはやめてほしい。鼓膜に負荷がかかってしまう。
『ところで、翫さんの声が聞こえにくいんですけど?』
「そっちの電波が弱いんじゃないの?僕は今外にいるし」
『私、家からかけてるのでWi-Fiはバッチリですよ』
「……あ、僕側が原因だった」
思えば、スープラのエンジンがずっとかかりっぱなしだった。マイクがその音を拾って聞こえにくくなっているようだ。
エンジンを切ると、僕も加賀谷の声がよく聞こえるようになった。
『今、ミズハが翫さんが発信してる電波を受信して……あ、待って!』
ツー…ツー…ツー…
「か、加賀谷?」
唐突に電話が切られた。加賀谷は嵐なのか?
「ミズハが、電波を受信?」
ありえない話ではない。だってアンドロイドだし。
すると、一台の白いセダンがロータリーに入ってきた。トランクにつけられているリアウイングがとてもかっこよかった。
「お主が、PUPAが目をつけた運転士か……」
「き、狐?」
「ん、お主には我の耳が見えておるのか。これは面白い」
セダンの運転席から、狐の耳が生えた女性が降りてきた。髪はセダンと同じで白色だった。というか、さっき『PUPA』って……?
「お主、邪気が纏わりついておるな」
「邪気……ですか?」
「うむ。何か『終わりを迎えようとしていたモノ』に触れなかったか?」
「終わりを迎えようとしていたモノ……」
白髪の女狐さんにそう尋ねられた。考えられる候補と言えば二つしかない。
「このスープラとか……」
「これではない。それどころか『今から始まろうとしているモノ』じゃ。もっと大きなモノじゃよ」
もっと大きなモノ、となれば……あれしかない。
「少し前に、ボロボロの681系に触れました」
「……なるほどな」
すると、女狐さんは僕の頭に手を置いた。その瞬間、肩の荷が下りたような感覚になった。これが邪気なのかな?
「これでよし。邪気が纏わりついた状態じゃと、災難を呼び寄せてしまうのでな。場合によっては命を落とす」
「そんなにヤバい状況だったんですか…?」
「なぁに、もう心配せんでよい。邪気は感じられなくなったからな」
「ありがとうございます……えっと、おいくらで?」
「いらんいらん。我の善意じゃ」
女狐さんは白いセダンに乗り込み、窓を開けた。
「また近いうちに会うかもしれんな。良い夜を」
「……おやすみなさい?」
「ふっ、なぜ疑問形なんじゃ?」
「これで合ってるのかなって」
「……本当に面白い運転士じゃな」
そう言い残して女狐さんとセダンは去っていった。セダンのエンジン音はどこか心地が良かった。
「あ、PUPAさんとの関係性、聞くの忘れた!」
「681系か……大事にならなければいいがの。そういえば名乗るのを忘れておったわ」
女狐…ラナドールはハンドルの六連星を指でなぞった。




