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サンライズ・3

 朝の七時半。

「着いた~!高松駅!」

 僕はスマホで駅の外観を撮っていた。こうやって見ると、本当に香川県に来たんだなぁ。

「それでマスター、ノアさんとはどのようにして会うのですか?」

「確か……『大人になったらレビンを買う』って小学生の時言っていたはず。本当に買ったのかは知らないけど」

 そんなとき、甲高いエンジン音が聞こえた。その方向を向くと、パンダカラーのAE86『レビン』が走ってきていた。

「えぇ……まさか」

「お待たせ!」

 色の薄いサングラスを外しながら、一人の青年が降りてきた。長い襟足で首筋を隠していて、艶のある黒髪が印象的だった。というか、サングラスって…。まだ梅雨入り前なんだけど。

 あの頃から変わらない声からして、間違いなくノアだ。

「ま~さか彼女持ちとは!」

「そう言うノアも()()持ちじゃんか」

「はは、そうとも言う」

 すると、ノアはミズハに向かって自己紹介をした。

「初めまして、お嬢さん。僕はノアといいます。かなでは手のかかるところもありますが、そんな彼を支えてやってください」

「彼女じゃないって。そもそもミズハは…」

「確かにマスターは手のかかる点がありますが、それでも楽しく手伝っています。お気遣い感謝します」

「マスター……かなでってそういう趣味」

 人ではないものを見るような顔で、ノアは僕を見てきた。その顔を見た僕はちょっとカチンときた。

「それ以上言うとレビンのエンジンルームにかご形三相誘導電動機積むぞ」


「なるほどなるほど。かなで専用のアンドロイドなんだね」

 運転席にノア、助手席に僕、後部座席にミズハが乗り込み、レビンで瀬戸大橋通りを走っていた。

 あの後、(ミズハから許可を得て)ノアは彼女の肌に触れた。それでようやくアンドロイドであることを信じてくれた。

「開発費が五億円か……それだけあったらレビンをフルレストアさせてやれるのに」

「というか、ノアは何で香川県にいるの?」

「手術後にここに移ったんだ。それで、ここが好きになっちゃってさ」

 ノアは僕と別れた後のことを話してくれた。

 東京での手術は上手くいき、あとは回復を待つだけだった。けれど、あいにくどこの病院のベッドも埋まっていて、地方に移る選択肢しかなかった。それで選んだのが香川県だった。

「声は二か月で出せるようになった。今でも手話はするけどね」

「え、手話を習得してたの?」

「そうだよ。でも、かなでは手話分かんないでしょ?だから読み上げアプリを使って会話してたんだよ」

 そんなこと、僕は初耳だった。

「ねえかなで。僕とレビンの出会いについて知りたい?」

「別に」

「知りたいよね~!よっし、一から話そう」

 僕の意見は無視ですかそうですか。


 声がしっかりと出せるようになった頃、ノアは自動車の運転免許を取得した。

「おうい、ノア君」

 ノアが住むアパートの近くに、一人のおじいさんがいた。彼はよくノアのことを本当の孫のように気にかけてくれていた。この辺りの地理やご近所さんなどの紹介など様々。

「どうしたの、じっちゃん?」

「君、車は好きか?」

「『大』が付くくらい好き」

「そうか。……君に渡したいものがある」

 おじいさんに招かれ、ノアは敷地内のガレージに入った。

 そこには、布を被せられた一台の車があった。

「これは?」

「布、取ってみな」

 おじいさんに言われて、ノアは布を取った。埃が舞い、思わずむせた。

「けほっ……おお!」

 布の下にはレビンが隠れていた。一見すると、塗装の剥げもなく綺麗だった。

「こいつを、君に預けたい。これ鍵な」

「……は?」

「予備のパーツは一式揃っているから、自由に使ってくれ」

「いやいやいや、じっちゃんの車でしょ?」

 ノアはガレージから出ていこうとするおじいさんの肩をつかんだ。

 おじいさんの目には涙が浮かんでいた。

「……俺、肺がんを患ってるんだ」

「…じっちゃん、マジで?」

「あと一週間生きられるかどうかさえ分からない。だから……」

 そう言っておじいさんは家の中に入ってしまった。

 

「エンジンは……生きてる」

 ガソリンを用意し、4AGエンジンに火をつけた。アイドリングも安定していて、調子は良さそうだった。

「じっちゃん、本当にいいの?」

 ノアは家に向かって呼びかけた。しかし、返事が返ってくることはなかった。

「じっちゃん……?まさか」

 嫌な予感がした。そして、ノアの感じた予感は当たりやすい。

 玄関から中に入り、様々な部屋を巡っていく。寝室、キッチン、サンルーム……。しかし、どこにもおじいさんの姿はなかった。

 そうして最後に残ったのは風呂場だった。

「じっちゃん、いる?……入るよ」

 ノアは声をかけ、風呂場の扉を開けた。

 浴槽に真っ赤な水が溜まっていた。

「…………」

 あっけない。ノアはそう感じた。涙を流すでも、嗚咽を漏らすでもなく、ただただそう感じた。

 不思議と力が入る手で、ノアは警察に連絡した。


「じっちゃん、ずっと一人でさ。妻も息子も孫もいない。親戚のことなんて忘れてた。誰もレビンを引き継ぐ人がいなかったから俺が引き継いだってわけ」

 おじいさんは肺がんで亡くなったわけではない。それはノアでも分かったらしい。そりゃあ浴槽が真っ赤ならね……。

「でも、はっきりとした死因は教えてくれなかったんだよね」

「まあ、ノアは『他人』だし?」

「そりゃそうだ。近所に住むお兄さんだよ」

 電車ならそんなことは起きないと思う。保有しているのは会社だから。ただ、521はJR西からの譲受車だけど。

「はい、悲しい話は終わり。朝食はここでとろう」

 高松駅から走り続けて十五分。僕らはとあるうどん屋に来ていた。

 ……うん、なんとなく予想はしていた。

ノア「予備のパーツと一緒にターボチャージャーもあったけど、使うことはないかな」

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