ミズハによる喧嘩両成敗
今日も今日とて、520を運転していた。隣にミズハを乗せて。
「空が暗いですね」
「まあ、今は梅雨だからね…」
雨の日は制動距離が伸びるから運転がしづらくて困る。
案の定、始発の金沢駅を発車するとすぐに大雨になった。
「マスター、注意して走りましょう」
「了解」
西金沢駅を降りるときのコツ(?)は『クモハ521』の優先座席の横のドアから降りることだ。ぴったりとはいかないまでも、階段の側で降りることができる。逆に、四両編成の端に乗っている人はエレベーターか階段まで歩くしかない。結構大変なんだよね。
エレベーターは先客がいると乗れない場合があるので、あまりおすすめはできない、
そんな西金沢駅にて。発車時刻になったので、520はゆっくりと動き出した。そのときだった。
「どうしてくれんだよっ!」
背後で男性の怒鳴り声がした。
「お前らのせいで降りられなかったじゃねえか!」
この感じ、だいぶトラブってるな…。
その様子を、シェードの隙間からミズハが見ていた。
「ミズハ、今どんな状況?」
「……一人の中年男性が、四人の女子高生に対して怒鳴っています」
先ほど聞こえてきた内容からして、中年男性が西金沢駅で降りようとしていたけど、女子高生たちに阻まれて降りられなかった…ってところだろう。
「あと二分でなんとかなりそう?」
野々市駅までは一直線で、遠くに小さく見えている。
「自然に解決するのは難しいと思います。なので、私が行ってきます」
ミズハはそのまま運転室を出ていった。
「お客様、どうかなさいましたか?」
私はマスターの許可を待たずに運転室から出ていきました。
「聞いてくれよ!こいつらが周りを見ずにぺちゃくちゃと喋ってたから、俺降りられなかったんだよ!」
「違っ…この人が気付くのが遅れて降りられなかっただけです!」
まったく、責任の押し付け合いは醜いですね。
「まず、あなたに」
私は中年男性の方を向きました。
「確かに彼女たちに非があるかもしれません。しかし、アナウンスは聞こえていたはずです」
「イヤホンしてたから気付かなかったんだよ!もっと大きくしてくれよ!」
「現状は『イヤホンをしていても気付ける』大きさです。イヤホンの音量に問題があると思います」
「俺が悪いってのか!?舐めんじゃねえぞテメェ!」
中年男性が拳を握り、私を殴ろうとしてきました。
私はそれを避け、鳩尾を力強く叩きました。
「ぼっ…」
「正当防衛なので問題ありません。防犯カメラにも映像が残っていますので」
防犯カメラは埼京線のおかげでしょうね。
次に、四人の女子高生たちの方を向きました。
「荷物は前に担ぐか、手に持つように促すアナウンスは聞こえていませんでしたか?」
「え、いやだって、面倒だし…」
「面倒と思って、そうしなかった結果がこれです」
「……」
彼女たちは俯き、黙り込んでしまいました。
「次からは気をつけてください」
話が纏まったところで、521の減速が始まりました。
野々市駅に入線すると、救急隊と二人の警察官が立っていた。
あれ、僕なんかやっちゃいました?
ドアが開くようになると、救急隊が手際よく男性を引っ張り出していた。その隣で警察官が四人の女子高生たちに事情聴取をしていた。
「ただいま戻りました」
「あ、おかえり…」
何事もなかったようかのようにミズハが戻ってきた。
「マスターの予想通りでした。あとで防犯カメラの映像を警察へ提出します」
「何したの?」
「正当防衛です」
「え……やっちゃったの?」
「はい」
「マジか……」
その後、二分遅れで野々市駅を発車した。ミズハが対応していなかったら、さらに遅れていたかもしれない。その点は感謝だ。
業務を終え、先ほどミズハが言っていた防犯カメラの映像を確認してみることに。
机にあるパソコンに、記録データを読み込ませてみた。
『俺が悪いってのか!?舐めんじゃねえぞテメェ!』
確かに、救急隊に運ばれていった男性が逆切れしていた。そしてそのまま拳を振り上げ…。
『ぼっ…』
うめき声を上げて、その男性が倒れた。
「え、なんで?」
映像を巻き戻してもう一度見返した。それでも、男性が倒れた理由が分からなかった。
「カメラが追いついていませんね…スローにしてみてください」
ミズハに言われた通り、映像をスローで再生した。
腕のような残像が一瞬見えた。
「これって、ミズハが…」
「最高出力で叩きました」
「……」
警察官たち、この映像を見て、今頃混乱しているんじゃないかな?
「今回はもうやっちゃったから仕方ないけど、次からはもう少し弱めの力でお願い」
「分かりました」
こうでも言っておかないと、ミズハがそのうちケガ人を出してしまう。
...もう少し注意深く見ておかないと。




