12話 E235系シミュレータ
僕はE235系のシミュレータを体験したことがないので、オリジナルとは違うと思います。ご理解のほどよろしくお願いします。
「着いた〜!」
りんかい線や湘南新宿ライン、ニューシャトルを乗り継ぎ、目的地の鉄道博物館へやってきた。
「マスターは何を目当てにここへ?」
「E235系のシミュレータをしてみたいんだ」
「...はい?」
そう、僕の目的はシミュレータだ。
「でも、マスターの本業は運転士でしょう?する意味はあるのですか?」
「それは『521だけ』だから。首都圏の車両がどういうものなのか体験したいんだ」
車両の数も、区間も違う。だからこそだ。
「...なら、競ってみませんか?私とマスターで」
「ど、どんなことするの?」
「どちらが停止位置の誤差をゼロに近づけるか、です」
そんなの、AIのミズハの方が有利でしょ、と言おうとした。
「私もマスターも、『E235系は未経験』という同一条件を背負っています。どちらもお互い様です」
「絶対に同じじゃないって...」
「お願いします!私と競ってください!」
ミズハが深々と頭を下げた。周囲からの視線が痛い。
「はぁ、分かったよ。一回だけならね」
正直、勝てる気なんてまったくしない。
E235系は、元から配備されていたE233系の後継車両として開発された。最初の頃は山手線に導入することを目的としていたのだとか。
2015年から導入され始め、もう十年も前の車両だ。...十年?つい最近の車両だと思っていた。
山手線に導入されているのは『0番台』。起動加速度は3.0km/h/sとなっている。ラッシュ時は1000人も運ぶわけだから、それだけのパワーがないとダイヤに間に合わせられない。
さて、僕たちは無事にシミュレータの枠に滑り込むことができた。その数分後には枠がいっぱいになっていたから、本当にギリギリだった。
シミュレータ近くで待っていると、予想もしていなかったことが起きた。
「「「頑張れ〜!」」」
体験中のお客さんに、子供たちが声援を送っていた。
「えぇ...」
本来は運転士に話しかけるのはやめてほしいが、子供たちに悪意はないからなぁ...。
「私たちもあんな風に声援をかけられるとなると、かなりのプレッシャーですね。まあ、私はアンドロイドなのでそんなものは感じませんが」
「やっぱり条件が一緒じゃないって…!」
いよいよ僕の番が回ってきてしまった。いつもの癖で各部のチェックをすると...。
「お兄さん頑張れ〜!」
「本物の運転士さんみたい!」
子供たちが叫んでいた。もちろんです、本業ですから。
体験する区間は『山手線 外回り:池袋〜駒込』。停車位置の誤差をゼロにできるチャンスは三回だ。
「信号よし」
池袋駅の信号が青になったのをしっかり指で指し、マスコンを引いた。
とても十一両とは思えないほど滑らかに動いた。
「本日も、山手線をご利用頂き誠にありがとうございます。次は、大塚、大塚です」
僕はアナウンスを口ずさんだ。本当のアナウンスがどんなものか知らないので、あくまで自己流だ。
三分間ほど走ると、ブレーキポイントが画面に表示された。ブレーキは弱すぎず強すぎないくらいでかけるのがミソだ。
結果はというと...。
『誤差:+0.2メートル』
少し前に出過ぎてしまった。
「気持ち早めにブレーキするべきかな...」
次の停車駅の巣鴨駅では、これといった見せ場もなく『-0.2メートル』だった。く、悔しい。
でも、まだ駒込駅が残っている。そこで挽回しよう。
平常心を保ちながら走ると、ついに駒込駅が見えてきた。
ここだ!目押しの要領でブレーキをかけた。
台車が甲高い音で鳴きながら、ホームへ入線していった。そして速度計は0km/hを示した。
「どうだろう...」
『誤差:-0.1メートル』
これが、僕の記録。まあ、頑張った方だ。
「ふう、やっぱり521とは違うね」
「一編成が十一両ですから」
「それじゃあミズハ、頑張ってきてね」
「ええ、必ずマスターの記録を超えてみせます」
ミズハはそう言った。『誤差なく止める』と言っているのと同じだった。
ミズハの運転は綺麗だった。いや、比喩じゃなくて。
まず、背筋が真っ直ぐに伸びていて、着座姿勢が良かった。そうすることで、正しい位置でマスコンを握ることができる。
傍から見れば、どこかのご令嬢が運転士をしている状況にしか見えないだろう。
ただ、僕には理解できない行動をとっている。
カタッ...
ブレーキをかけた後、必ずマスコンを一段階戻すのだ。そのせいで、毎回『誤差:+0.2メートル』を叩き出している。
「戻さなかったら『±0』なのに…」
無意識なのか、それともわざとなのか。...運転中なので、聞くのは後でにしよう。
そして駒込駅では、寸分狂わず停車しようとしていた。
「「「おおっ...!」」」
ついに誤差なく止めるか!と思ったら。
カタッ...。
またマスコンを戻していた。その結果...。
『誤差:+0.1メートル』
「「「惜しいっ!」」」
僕やお客さんたちは口をそろえて言った。僕たちの期待値を上げてから落としていた。もしかしてバラエティとか得意なんじゃ?
「ちょっと、ミズハ?今日もしかして調子悪い?」
「このマスコン、ちょっと力を加えただけで戻ってしまいますね」
「......」
これは言い訳なのか?それとも本気なのか?僕には判断できなかった。
「とりあえず、対決の結果は僕が『-0.1』で、ミズハが『+0.1』だから引き分けだね」
「そうですね。あれだけ豪語しておきながらこの結果...私もまだまだですね」
ミズハはしょんぼりしていた。その顔が少し悲しくて、僕はとある提案をした。
「何かジュースでも飲む?」




