11話 博物館に行く前に
朝の七時に僕は目覚めた。いつもと比べて遅めである。
カーテンを開けると、ビルに反射した太陽光が部屋を照らしていた。石川じゃこんなことは起こりづらいだろう。
「おはようございます、マスター」
「ドワァッ!!」
洗面所からひょっこりとミズハが顔を覗かせていた。
「大声はホテルに迷惑ですよ」
「原因はミズハだけどね...」
ホテルの食事はバイキング方式だった。必要な分だけ取れるから、これはこれで楽だ。でも、旅館の食事も良いんだよね。
皿にパンやサラダを取っていると、山盛りにされた焼きそばを見つけた。
「朝から重たいよねこれ」
「私もおすすめはしません」
「ちょっと失礼しますね」
「あっ、すいません」
スーツ姿の男性が焼きそばを皿に盛り始めた...いや多すぎでしょ。もう載らないくらいまで盛っていた。
「よっと」
すると、その男性は皿を置き、元々焼きそばが載せられていた大皿を持ち上げて去っていった。
「ええ......現実でもそんな人いるんだ」
「手つきが慣れていましたね。まさに『閃光』...」
ミズハは冷静に分析していた。
ちなみに、朝食を食べ終えても加賀谷が会場にやってくることはなかった。まだ寝ているのかもしれない。
現在の時刻は午前八時。鉄道博物館が開館するまで二時間もある。
「...身支度くらいはしておこう」
そう思ってベッドから立ち上がったときだった。
テッテレテッテッテッテッテッテ―テレーテテー...…
「マスターのスマホから、松任駅の音が鳴っていますが...これは?」
「僕の電話の着信音だよ」
スマホを手に取り、相手の名前を見た。
「え、豊沢さん?」
高校を卒業して以来、話す機会がなかったから上手く話せるかな…。僕は不安に思いながら電話に出た。
「もしもし?」
『あ、よかった!出てくれた!翫さん、今時間あります?』
焦っているのか、少し早口だった。
「あるけど、どうしたの?」
『実は質問があって![CVCF電源]って何ですか?』
「無停電電源装置」
『早っ!?』
「521に搭載されてるからね」
補助電源が壊れた時には主回路用インバータをCVCF制御することで補助電源のバックアップとしている、と物知りの先輩運転士に教えられたことがある。
『答えは二番です!』
スマホ越しにそんな声が聞こえてきた。クイズ番組にでも出てるのかな?
「マスター、テレビのチャンネルを”6”にしてみてください」
「6…?」
ミズハに言われた通り、6チャンネルをつけてみた。
『正解っ!雫さん、なんと全問正解!』
「……」
開いた口が塞がらなかった。なんと、豊沢さんがバラエティ番組に出演していた。
『翫さん初めまして。MCの椎名です』
テレビとスマホの両方からMCの声がした。
「は、初めまして」
『それにしてもすごいですね!CVCF電源をご存じとは!』
今やっていたのはマニアックなクイズを出題する企画で、豊沢さんは友人に電話して回答を得る『テレホン』をしたらしい。
「少し前に、先輩に教えられたんです」
『ごめんなさい、急に電話しちゃって。寝てました?』
「いや、ホテルでゆっくりしてたよ」
そう答えると、豊沢さんは驚いていた。
『え、運転士って出張とかあるんですか?』
「出張……なのかな?今回の業務は」
僕にもよく分かってないんだよね。急だったし。
『そうなんですか…。都合が合えばどこか行きましょうね!』
「分かったよ。忘れてなければね」
『そこは[絶対]って言ってくださいよ…』
「ごめんごめん。それじゃあ最後に。豊沢さん、高校の時より元気そうで良かったよ」
そう言って、僕は電話を切った。スマホを机に置き、タオルを持って洗面所へ向かった。
「いいんですか?もっと話さなくて」
「豊沢さん、あの感じだと最近忙しそうだし。僕なんかが時間を奪っちゃういけないよ」
「人の寿命は基本的に八十年前後なので、時間ならあると思いますよ」
「それはそうだよ。でも、良い時間を過ごしてもらいたいからね」
僕らのタイムリミットなんて未完成だ。




